太田述正コラム#7152(2014.8.31)
<現代哲学におけるアングロサクソンと欧州(その5)>(2014.12.16公開)

 過去、50年間にわたって、「大陸哲学」という言葉は、ヘーゲル観念論(Hegelian idealism)<(注21)>、マルクス主義、解釈学(hermeneutics)<(注22)>、そして、とりわけ、ポスト構造主義(poststructuralism)<(コラム#5238)>や脱構築(deconstruction)<(注23)>、といったところの、他の多くの欧州の諸運動へと拡張されてきた。

 (注21)見慣れない表現だが、ヘーゲルは、「ドイツ観念論哲学の完成者であり、近代哲学と現代哲学の分水嶺として位置づけられることも多い」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%82%AA%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%83%98%E3%83%AB%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%92%E3%83%BB%E3%83%98%E3%83%BC%E3%82%B2%E3%83%AB
ことから、こような言葉を用いたのだろう。
 なお、「ドイツ観念論・・・は、18世紀末から19世紀半ばにドイツの主にルター派地域において展開された哲学思想であ<って、>・・・神または絶対者と呼ばれる観念的原理、の自己展開として世界および人間を捉えることをその特徴とする。・・・
 <ちなみに、>カント哲学とドイツ観念論を分けて考える学者が多い。その根拠は、・・・カントが認識理性の対象ではないとした神・・・が、ドイツ観念論では哲学のもっとも重要な主題<となったこと等である。>」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E8%A6%B3%E5%BF%B5%E8%AB%96
 (注22)予定を変えて、ここで簡単に説明をしておこう。
 「<長く、>文献学における解釈の対象はギリシア・ローマの古典に限られ、古代ギリシア・ローマ時代の作家の思想を、後の時代に生きている者が理解できるのは、二つの時代をつなぐ共通の「精神」があるからであり、文献学的教養を積むことによって二つの時代の異質な言説の差異は解消されるとされていた。・・・
 19世紀前半、<ドイツの>神学者・哲学者の・・・シュライエルマッハーは、こ<れ>・・・を批判し、解釈学の対象は古典作品に限らず、ひろく日常的な会話までを含むものとした上で、語る者と受け取る者の基本的な関係は精神ではなく、「言語」であり、その基本条件をなす規則を相互の完全な連関を含む形で抽出するのが解釈学の一般理論であるとした。
 そして、言語は、ある時代のある語り手の言説の「文法的側面」のみならず、その語り手の個性さえを踏まえた心理過程を経て言説が表現されるという「心理的側面」の二つの側面を有するから、解釈もその二つの側面に即してなされるべきであるとした上で、直接に理解されるべき対象に向かってその個性を捉える「予見法」と理解されるべき対象を含む大きな普遍を設定し、そのなかで同じ普遍に属する他の対象と比較して理解されるべき対象の個性を探ろうとする「比較法」を用いて、その二つの方法の連続した循環の中から文体と作家の個性のそれぞれに二つの方向から肉薄することによって豊かな発展的理解の可能性<を>見出そうとした・・・。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A7%A3%E9%87%88%E5%AD%A6
 (注23)「デリダは<、以下のように、>ギリシャ以来の西洋哲学全体に潜む諸前提を暴き、その前提は維持できないとする。・・・
 西洋哲学は、・・・「本質(としてのイデア)/見かけ(としての個物)」、「自我/対象」のような、二つの項からなる対立関係(「二項対立」)からなる<が、>二項対立の前項と後項は、「右と左」のように対等であるわけではない。プラトンはイデアによって、個物は成立するとした。二項対立は、前項が後項に優越するヒエラルキー(階層性)をあらわす。
 <要するに、西洋哲学は、>イデア(プラトン)、神(アウグステイヌスなど)、<自我>(デカルト)、絶対精神(ヘーゲル)など、すべてに優越し、すべての基礎となり、あるいはすべての過程の目的となる究極の存在を常に求めてきた。・・・
 ところが、<例えば、>プラトンの場合、実際に経験し確かめることができるのは個物だけであり、イデアは、個物と反対の特徴を持つものとしてしか規定できなかった。すなわち公式には、二項対立の前項が後項を生み出すとされても、実際には後項があって初めて、その対立物として前項が生み出されているのである。
 <このように、>個物などの説明される事柄によって、本質などの哲学の原理が作られていることを暴くデリダのやり方を「脱構築」とよぶ。
 <西洋>哲学の前提には、男性を女性の上位におく「男根中心主義」、ヨーロッパを世界の中心とする「<欧州>中心主義」などもある。これらを批判するデリダの思想は、フェミニズムやオリエンタリズム批判にも影響を与えた。」
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1496204449
 「19世紀まで、論理整合性を重視する英米哲学と、主観性や社会性を問題にする独仏哲学は、それぞれ独自に議論を重ねてきたが、<脱構築>に至り、活発に相互参照と議論交流が起こ<った。>・・・
 脱構築は、哲学のみならず、人文系・社会系の学問でも広く応用され、有力な批評理論の一つともなっている。」←左掲の部分等を除き、この日本語ウィキペディアの全般的な出来は極度に悪い。(太田)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%84%B1%E6%A7%8B%E7%AF%89

→デリダは、ユダヤ系フランス人であって、26〜27歳の一年間、公費でハーヴァードに留学していますし、その後、米国の大学の客員教授をいくつも務めていて、1986年からは彼が死去する2004年まで、カリフォルニア大学アーヴァイン校の教授を務めています。
http://en.wikipedia.org/wiki/Jacques_Derrida
 これは、米国がアングロサクソン文明と欧州文明のキメラだから、その限りにおいて欧州哲学者たるデリダともそりが合った、というよりは、デリダの方が、非欧州哲学者的であって、米国のアングロサクソン文明部分に惹かれたためではないか、と私は想像しています。
 というのは、一つには、彼の脱構築論が、極めてアングロサクソン的な代物のように私には受け止められるからですし、もう一つには、フランスの最高峰の高等師範学校(Ecole Normale Superieure)の教授を20年間も務めながら、
http://en.wikipedia.org/wiki/Jacques_Derrida 前掲
彼が、その後、決して超一流校とは言えないアーヴァイン校
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AA%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%AB%E3%83%8B%E3%82%A2%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%90%E3%82%A4%E3%83%B3%E6%A0%A1
で18年間も教鞭を執り、しかも、そこで生涯を閉じているからです。
 それなのに、そんなデリダに、米科学アカデミー(American Academy of Arts and Sciences)は、哲学分科への入会を認めず、文学分科への入会を認めた、
http://en.wikipedia.org/wiki/Jacques_Derrida 前掲
というのですから、子の心、親は知らず、といったところでしょうか。(太田)

 これらは、現象学や実存主義にはしばしば反対の立場をとっているのだが、分析哲学者達は、依然、これらが、明晰性と厳密性の諸標準にはるかに達していないと見ている。
 その結果、ブライアン・レイター(Brian Leiter)<(注24)>が強調したように、「大陸哲学」は、今日では、「その人物群が殆ど[相互に]全く共通性を持たないところの、部分的に重なり合う一連の哲学の諸派(traditions)」を指すものとなっている。

 (注24)1963年〜。米国の哲学者にして法学者。現在、シカゴ大学法理学教授。プリンストン大学卒、同ロースクール卒、同博士(哲学)。専攻は法哲学と大陸哲学。
http://en.wikipedia.org/wiki/Brian_Leiter

(続く)