太田述正コラム#7116(2014.8.13)
<英米性革命(その4)>(2014.11.28公開)

 「もうたくさんだ(There's been enough of that around)」、と彼は宣言したのだ。
 私は、原動力たるマンハッタンの下町の公共劇場(Public Theater)<(注20)>の政治的にリベラルな創設者のジョセフ・パップ(Joseph Papp)<(注21)>が、『ヘア』が1967年に彼の劇場で初演された時、その検閲を行ったことを知って驚いた。 

 (注20)シェークスピア劇の劇団(workhouse)として、ジョセフ・パップによって1954年に設立され、1967年に劇場を設置し、こけら落としに『ヘア』を上演した。
http://en.wikipedia.org/wiki/The_Public_Theater
 (注21)1921〜91年。米国のユダヤ系の演劇の制作者にして監督。大学に行っていない。
http://en.wikipedia.org/wiki/Joseph_Papp

 この水瓶座の時代的ミュージカル(The Age of Aquarius musical)<(注22)>は、その自他共に許す酩酊的にして反戦的な筋において、自由恋愛とベトナム戦争徴兵票群焼却を唱道したことから、革命的であると考えられた。

 (注22)「「水瓶座の時代」(・・・age of aquarius)<という>呼称は西洋占星術に由来し、地球の歳差運動によって黄道上を移動し続けている春分点が、ちょうど20世紀の後半に、黄道十二星座のうお座からみずがめ座に入る、との主張による。この主張では、春分点がうお座にあった時代は、ほぼキリスト生誕から現在までの約2000年間と重なる。さらに、キリスト教には、イエスを魚によって象徴させる慣わしがある。このことから、「ニューエイジ」という言葉には、今こそ既存の西洋文明・キリスト教の支配する時代が終息し、自由で解放された「新時代」(=水瓶座の時代)の幕が開いた、という意味が込められている。
 なお、ミュージカル「ヘアー」の1曲目は「アクエリアス(水瓶座)」である。曲の中には「This is the dawning of the age of Aquarius」というフレーズも登場する。・・・
 水瓶座の時代<を>ニューエイジ(New Age)と<も呼ぶ>・・・。この表現の背景には、ヨハネの黙示録に見られ、一部のキリスト教徒が採用している千年思想がある。すなわち、神と悪魔の戦いが千年続き、最後に神が勝利して、ニューエイジ=新しい世界がやってくるというものである。基本的には、伝統的な教えの中から、古くて役に立たない教えを廃し、真の意味での教えを明らかにしようという運動である。
 ただし、現在「ニューエイジ」(ニューエイジ・ムーブメント、ニューエイジ運動)と言うときには、<米>国、とりわけ西海岸を発信源として、1970年代後半から80年代にかけて盛り上がり、その後商業化・ファッション化されることによって一般社会に浸透、現在に至るまで継続している、霊性復興運動およびその生産物全般、商業活動全般を指す場合が多い。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%A8%E3%82%A4%E3%82%B8

⇒米国では、超リベラルの反体制派ですら、文字通りのリベラルキリスト教徒であって、いかにキリスト教的論理に骨の髄まで毒されているか、慄然とさせられます。(太田)

 しかし、そのクリエーター達であるジェローム・ラグニ(Gerome Ragni)とジェームズ・ラドー(James Rado)の抗議にもかかわらず、パソコン時代より前としては、制作者のパップはポリティカルコレクトネスの観点からは正しかったのだ。
 性、「カマ掘り(Sodomy)」、及び「反体制派(Black Boys)<(注23)>」への汚い(raunchy)ミュージカル・オマージュを削除するとともに、今や有名となった小合唱曲のヌードシーンに検閲を加え、極めてかすかな明りしか付けなかったので馬達ですらそれに恐れをなしたりすることがなくした。

 (注23)「反体制派」は私の意訳。
 ブラック・ボーイズは、英領北米植民地時代のペンシルヴァニアで、顔を黒く塗りインディアンの服装をして、フレンチインディアン戦争が1765年に終わった後、1769年までの間に、(戦争中、フランス側に立って戦い、その過程で1764年に小学校で10人の生徒を殺し頭の皮を削いだ残虐行為等を働いた)インディアン部族との交易再開方針を英本国/植民地当局が決めたことに抗議し、運搬中の植民地政府の武器やインディアンへの贈り物や商人が交易再開の合法化を見越して当局のお目こぼしの下に忍ばせたインディアン向け商品を奪取したり、投獄された自分達の仲間を牢獄襲撃によって救出したり、英本国軍の砦を攻撃したりした叛乱を行った。
 このブラック・ボーイズの叛乱は、1765年の印紙法の危機の陰に隠れてしまったが、米独立革命の先駆事件(precursor)であると考える歴史学者達もいる。
http://en.wikipedia.org/wiki/Black_Boys

⇒英領北米植民地人の好戦性には凄まじいものがあります。(太田)

 しかし、削除部分は、「LSD的舞台装置のバスビー・バークレー(Busby Berkeley<(注24)> of the acid<(注25)> set)」として知られた、トム・オホーガン(Tom O'Horgan)<(注26)>監督の下で『ヘア』がブロードウェーに移された時に戻された。

 (注24)1895〜1976年。極めて影響力の強い、ハリウッドの映画監督にしてミュージカルの振付師。(学歴不明。)
http://en.wikipedia.org/wiki/Busby_Berkeley
 (注25)acidをLSDと訳した。
http://ejje.weblio.jp/content/acid+
 「リゼルグ酸ジエチルアミド(リゼルグ酸ジエチルアミド、リゼルギン酸ジエチルアミド、・・・lysergic acid diethylamide)は、非常に強烈な作用を有する半合成の幻覚剤である。ドイツ語「Lysergsaure Diathylamid」の略称であるLSD(エルエスディー)として広く知られている。・・・一般にLSDは感覚や感情、記憶、時間が拡張、変化する体験を引き起こし、効能は摂取量や耐性によって、6時間から14時間ほど続く。日本では1970年に麻薬に指定された。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/LSD_(%E8%96%AC%E7%89%A9)
 (注26)1924〜2009年。米国の演劇・映画監督、作曲家、俳優、音楽家。ヒットしたミュージカルの『ヘア』、『ジーザス・クライスト・スーパースター』の監督として有名。デポール(DePaul)大学卒。
http://en.wikipedia.org/wiki/Tom_O'Horgan

 <このミュージカルは、>何本もの訴訟を起こされたが、最高裁は、最終的に、この出し物を続けてよいと判示し、ホフラー氏は、勝利は必然であったといった筆致で、検閲的諸時代は1960年代以来、大きく変わったため、『ヘア』の最近のブロードウェーにおける復活公演の間に、ニューヨーク州で同性婚が合法化された直後に、セント・ジェームズ劇場の舞台上で、ゲイとレスビアンのカップル群が結婚式をあげた、と記す。

(続く)