太田述正コラム#7096(2014.8.3)
<ロシア亜文明について(その5)>(2014.11.18公開)

 プロト欧州文明回帰にあたってもう一つ障害となるのが、ソ連時代に宗教弾圧を行ったため、宗教が自然風化した欧州諸国以上に、ロシアで脱宗教化が進展していたことです。

 「1億4,000万人のロシア人達の80%が自分達自身を文化的にはロシア正教徒だと思っているが、実際に教会に行っている者の数は少ない。
 ロシア正教会は10%近いと言っているが、専門家達は長らく3%前後に蟠っていると言っている。・・・
 <さて、先般、>ロシア正教信仰の聖座(seat)にしてロシア最初の修道院である聖セルギウス<(注13)>三位一体修道院(Trinity Lavra of St. Sergius)<(注14)において、>・・・その創健者にして名称付与者の生誕700年祭<が挙行された。>・・・

 (注13)Sergius of Radonezh(1314〜92年)。ロシア正教における最も尊敬されている聖人達の一人。
http://en.wikipedia.org/wiki/Sergii_Radonezhsky
 セルギウスは、1380年のモスクワ公ドミトリー・・後に聖ドミトリー・ドンスコイ(St. Dmitry Donskoy)との称号・・率いるロシア軍がキプチャク汗に勝利したクリコヴォ(Kulikovo)の戦いを応援し、2人の僧を戦士として派遣した。(うち1人は戦死。)セルギウスは、1422年にロシア国家の守護聖人(Abbot of Russia)とされた。
 ロシア正教、カトリック教会の聖人。
http://en.wikipedia.org/wiki/Battle_of_Kulikovo
http://en.wikipedia.org/wiki/Trinity_Lavra_of_St._Sergius
 (注14)モスクワの東北約70kmに位置する、ロシアの最も重要な修道院にしてロシア正教のの精神的中心。1345年にセルギウスによって創建された。1408年にキプチャク軍の攻撃を受け、焼け落ちている。(ウィキペディア上掲)

 14世紀末、最初の修道院を創建したほか、聖ラドネツのセルギウスは、ロシア諸公に対して、殺人的な身内同士の闘いを止めてモンゴルの軛を投げ捨てるよう説得した。・・・
 セルギエフ修道院における生誕祭では、聖セルギウスの統一されたロシア形成に果たした役割が強調された。
 この物語は、プーチン氏が信奉するナショナリズムと保守的諸道徳にぴったり当てはまる。・・・
 プーチン氏は、この記念祭に、ロシア政府を多くの人々が非難したところの、ウクライナでの民航機大事故から24時間も経っていない時に出席した。・・・
 しかしながら、歴史学者達と教会関係者の何人かは、ある批判者が「公的カルト」と呼んだところのものを醸成するとの政治的諸目標を促進するために、この聖人の遺産を再形成する、彼らが言うところの、クレムリンの諸努力に対して不快感を表明(cry foul)している。・・・
 聖セルギウスを持ち上げるもう一つの理由は、現在のウクライナにおける危機だ。
 ロシア正教の生誕は、キエフ大公の大ウラジーミル(Vladimir the Great, grand prince of Kiev)<(注15)>と、988年の彼の命令(behest)によって遂行された<臣民達の>一斉洗礼でもって、<キエフ大公国、転じて>聖なるロシア(Holy Rus)となった地域に、キリスト教が導入された時に遡る。

 (注15)ウラジーミル1世。955?〜1015年。在位:978〜1015年。「父スヴャトスラフ1世存命中からノヴゴロド公に任じられていた。・・・父の死後の975年に長兄・・・が次兄・・・と争い、殺害にいたると、977年ウラジーミルはスカンディナビアへ逃亡した。37歳の時、ノルマン人(ヴァリャーグ)人を率いて帰還、<長兄>を破り、キエフ大公として即位した。・・・980年頃、ルーシに伝統的な異教信仰を基盤に据えた国制改革を行ったとされる。伝統的なルーシの異教信仰に近隣諸民族の神を加えた大規模な祭祀を行ったが失敗した。こうして、・・・988年にはキリスト教を国教として導入、加えて東ローマ皇帝バシレイオス2世の妹アンナと結婚し、キエフ大公国の権威を上昇させると共に、当時最先端であったビザンツ文化を取り入れるなど、優れた手腕を見せた。・・・
 キリスト教(正教会・カトリック教会・聖公会・ルーテル教会)の聖人で、亜使徒・聖公ウラジーミルと呼ばれる。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%A9%E3%82%B8%E3%83%BC%E3%83%9F%E3%83%AB1%E4%B8%96

 しかし、今や、ロシアとウクライナは代理戦争でにっちもさっちもいかなくなっており、ロシア政府とロシア正教会は、重要な宗教的象徴との物理的繋がりが断ち切られつつあることを自覚している。・・・
 すなわち、聖ウラジーミル自身の諸遺物はもちろんのこと、これらルーツは疎遠になった隣人の領域内にあるため、ロシアは、聖セルギウスに彼の代替者としての役割を与えつつあるように見える。」
http://www.nytimes.com/2014/08/03/world/europe/from-pilgrims-putin-seeks-political-profit.html?hp&action=click&pgtype=Homepage&version=HpSumSmallMediaHigh&module=second-column-region®ion=top-news&WT.nav=top-news&_r=0
(8月3日アクセス)

 ウクライナにロシアがどうしてあれだけこだわるのか、痛切なほどよく分かるというものです。
 しかし、ウラジーミルにしてもセルギウスにしても、(そして、ドンスコイにしても、)何とも生臭い、というか血腥い聖人達であることには変わりはなけれど、いかにもウラジーミルに比べてセルギウスは小者ですね。
 ロシアのプロト欧州文明回帰は、この点では多難であると言わざるをえません。

(続く)