太田述正コラム#7074(2014.7.23)
<米独立革命とキリスト教(その4)>(2014.11.7公開)

私は、彼らの哲学的著作が。一般に言われてきたものの大部分に比べて、はるかに洗練(sophisticated)され、学識(erudite)に基づき、世界主義的(cosmopolitan)で、かつ、破壊的(subversive)であることを発見して驚愕した。
 <すなわち、>米革命の革命的部分にとって何か決定的なものであるところの、米建国の父達の忘れられた哲学的側面を見たのだ。
 その部分は、人間達が自分達自身を統治する方法における変化に係るものだった。」(E)

 「私は、スピノザ、ロックの各々と米独立革命とを種々結び付け始めた。
 しかし、私は、イーサン・アレンの『理性の神託群(Oracles of Reason)』に遭遇するまで、その結び付きが分かっていなかった。
 この200年前のぶっきら棒な著作によって私は衝撃を受けたのだ。
 というのも、オランダ啓蒙主義から北米に至る急進的思想の連続性(continuity)が存在することを、この著作はっきりさせたからだ。
 アレンは、1765年に、「オルバニーの息子達(Sons of Albany)<(注17)>」の指導者として、印紙法諸暴動という、最初の主要な抵抗活動の中で<舞台に>登場する。

 (注17)1754年のオルバニー会議(The Albany Congress)の精神の継受者達の意味か。
 フレンチ・インディアン戦争勃発を受けて開かれたこの会議には、13の北米英領諸植民地中の7の植民地の議会から派遣された代表がニューヨーク植民地のオルバニーに集まり、インディアンとのよりよい関係の構築とフランス領カナダからの脅威に対する共同防衛諸措置について議論した。これは、諸植民地が一堂に会した、史上初めての会議だった。
http://en.wikipedia.org/wiki/Albany_Congress

 彼は、非常に興奮してボストンに赴き、現地の急進主義者達に合流した。
 彼は、すぐに頭角を現し、サミュエル・アダムズ(Samuel Adams)<(注18)>の右腕になった。

 (注18)1722〜1803年。ハーヴァード大学士、修士。「<米>国の指導者、政治家、著作家、政治哲学者であり、<米>国建国の父の一人である。アダムズは、イギリスに対する反抗に植民地人の支持を集める時の主唱者であり、<米>独立につなげた。また、<米>共和政治の原則を形作る者の一人となり、<米>政治文化を育てた。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%80%E3%83%A0%E3%82%BA
 
 彼は、ボストン通信連絡委員会(Boston Committee of Correspondence)の設立を助けたが、この委員会は、革命運動の構築に関して極め付きに重要だった。
 彼こそ、「港からお茶を投げ込もう」と言い出した人物なのだが、サミュエル・アダムズを含む、他の全員が「だめだ。そいつは無分別だ(rash)」と言った。
 彼は、ガラクタ連中(rubble)を目覚めさせ、革命を起こさせた街の戦士なのだ。」(F)

 「「全ての米国人は、「忘れられた建国の父」を知る権利がある。」
 私に関しては、それはトーマス・ヤングだった。
 彼の人生と諸観念を学べば学ぶほど、私はドグマ的惰眠から目覚めつつあると感じた。
 米独立革命を導いた人々と諸観念について私が知っていると思っていたことの多くは余り正しくなかったのだ。・・・
 彼ら自身の時代において、イーサン・アレン、トーマス・ヤング、及び驚くほど多数の彼らの同僚たる建国の父達は、「不信心者達(infidels)」や「無神論者達(atheists)」と目された(identified)。
 彼らは、所詮殆んど同じことなのだが、より正確に、「理神論者達」とも呼ばれた。
 個性と諸事情の不可避的な諸特異性(idiosyncrasies)を許容しつつ、我々は、彼らを大まかに「非正統派(heterodox)」と描写することができよう。
 すなわち、彼らは同じ宗教を抱いていたが、それは、彼らの時代が許容できると考えたところの、主流の諸宗派を代表する類のものとは全般的に言えなかった。
 <にもかかわらず、>米国が生まれてから現在に至るまで、その大部分は誤解に基づき(misinformed)、いくつかは恥知らずなほど詐欺的(deceitful)にも、米国史に係るこの基本的事実を否定し、或いは修正(emend)するための多くの試みがなされてきたのだ。」(D)

 「大部分の諸宗教は、世界の上部ないし外に座っていてそれに目的を吹き込む動作主(agent)を通じてあなたが目的を見出すことを前提としている(assume)。
 ソクラテスから始まり、エピクロス、ホッブス、ロック、そしてスピノザを通じて、急進的な哲学者達は、その観念を掘り崩した。
 彼らは、我々が意味を発見するのは、その全てを我々のために展開する(lay out)何らかの先験的源泉(transcendent source)を通じてではなく、我々の探索(searching)と我々の諸気力(drives)と内在的な(immanent)方法によってである、と言ったのだ。」(F)

(続く)