太田述正コラム#6999(2014.6.15)
<平和は経済停滞を招く?>(2014.9.30公開)

1 始めに

 「戦争の意義?」シリーズがまだ完結していませんが、昨日、NYタイムスに、(同シリーズが対象とした本への言及もあるところの、)面白い関係コラム
http://www.nytimes.com/2014/06/14/upshot/the-lack-of-major-wars-may-be-hurting-economic-growth.html?hp&_r=0
が載っていたので、そのさわりをご紹介し、私のコメントを付します。

2 平和は経済停滞を招く?

 「世界がより平和になると、高い経済成長率の達成の緊急性が減じ、その可能性も減じるのかもしれない。
 この見解は、諸戦争を闘うことが諸経済を改善すると主張しているものではない。
 というのも、当然のことながら、現実の紛争は死と破壊をもたらすからだ。
 この主張は、戦争に備えることが政府支出を増加させ、人々を職に就ける、というケインズ経済学者の主張とも区別される。
 そうではなくて、戦争<生起>の可能性そのものが、政府の関心を若干の基本的諸意思決定を正しくすること・・科学に投資したり、或いは、単に経済を自由化すること・・への関心に焦点を合わさせるのだ。

→ここで経済の統制ならぬ自由化への言及がなされるとは呆れます。(太田)

 このようなことに焦点を合わせることが、国の長期的諸展望(prospects)を改善させる結果になるのだ。・・・
 原子力、電子計算機、そして近代的な航空機といった根本的諸革新は、枢軸諸国を敗北させ、後には冷戦に勝利しようと懸命になったところの、米国政府によって、全て、推し進められたものだ。

→原子力は別ですが、電子計算機はその発明に英独米それぞれが大きな貢献をしており、とりわけ英国の貢献が大きいと言うべきですし、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%BF
近代的な航空機をジェット推進ないしロケット推進の実用航空機と捉えれば、その発明者は、前者についてはメッサーシュミット Me262を製造、使用したドイツと見るべきですし、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%83%E3%83%88%E6%A9%9F
後者についても、V2ロケットを製造、使用したドイツと見るべきでしょう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/V2%E3%83%AD%E3%82%B1%E3%83%83%E3%83%88
 前出の有事においてさえの市場原理主義礼賛といい、このコラムの執筆者は、盲目的な米愛国者であるようですね。(太田)

 <また、>インターネットは、当初、この国が核<攻撃>交換の際に持ちこたえることに資するべく設計されたし、シリコンバレーは、今日における起業家的ソシアルメディア的諸立ち上がりではなく、軍事契約にその起源を有する。
 <更に、>ソ連によるスプートニクの打ち上げは、米国の科学技術への関心を掻き立て、その後の経済成長に貢献した。・・・
 今日においては、低成長の西欧諸国は軍事的に席巻される恐れを全くと言ってよいほど持っていないので、これらの諸国の政治家達は、持続的停滞に対して手ひどいペナルティに直面させられることがない。
 それどころか、職を失ったところで、それはしばしば、講演やコンサルタント料や心地よい休暇地での安逸なる引退生活を意味する。
 それに比べて、日本は、中共からの地域的かつ地政学的圧力に直面しており、それへの対応として、同国は、安倍晋三首相の経済諸政策を通じての国家再生を試みつつある。・・・

→客観的に見れば、日本は、対応として、これに加えて国家「独立」も試みつつあるわけですが、これ全て、(自虐的に言えば、)習近平の掌の上で安倍さんは踊らされているわけです。(太田)

 ここへ、もう一つの仮説の調査結果(investigation)が、経済学者である、Chiu Yu Ko,、Mark Koyama、そしてTuan-Hwee Sngによる最近の研究論文において出現した。
 この論文は、欧州<の歴史>は、支那よりも、もっと政治的に細分化された形で進展した、と主張している。
 それは、支那は、西域から征服されるリスクが防衛目的での政治的中央集権化をもたらしたからだ、と。
 この中央集権化は、当初は有用だったが、やがて支那<の発展>を押しとどめることになった、と。
 <それに対し、>欧州諸国は、近くの競争相手達に乗っ取られることをまさに恐れたがゆえに、技術と近代化に、もっと投資をした、と。」

3 終わりに

 細部には首をかしげざるを得ない箇所が多いけれど、マクロ的には、このコラムの筆者の言っていることに私は同意です。
 日本史を振り返っても、弥生モードの時には、戦争や内紛の下、技術革新、「近代」化、経済成長、人口増大が起こり、縄文モードの時には、平和の下、技術の熟成、縄文モードの深化、経済・人口の停滞が起こったことを思い出してください。