太田述正コラム#6975(2014.6.3)
<長い19世紀(その2)>(2014.9.18公開)

 (2)長い19世紀

 「<この本の>・・・アナール学派(Annales)<(注2)>への言及は偶然ではない。

 (注2)「20世紀に大きな影響力を持ったフランス現代歴史学の潮流のひとつ。「アナール」は「年報」の意味で、幾度か<この言葉を含む>誌名を変えながら現在でも発刊が続くフランスの学術誌・・・に集まった歴史家が主導したために、この呼び名がある。旧来の歴史学が、戦争などの政治的事件を中心とする「事件史」や、ナポレオンのような高名な人物を軸とする「大人物史」の歴史叙述に傾きやすかったことを批判し、見過ごされていた民衆の生活文化や、社会全体の「集合記憶」に目を向けるべきことを訴えた。この目的を達成するために専門分野間の交流が推進され、とくに経済学・統計学・人類学・言語学などの知見をさかんに取り入れた。民衆の生活に注目する「社会史」的視点に加えて、そうした学際性の強さもアナール派の特徴とみなされている。・・・
 アナール誌は、ストラスブール大学の研究者たちによって1929年に創刊された。発刊を率いたのは16世紀フランスを専門とする歴史家リュシアン・フェーヴルと、中世史の専門家<たるユダヤ人の>マルク・ブロックだった。・・・
 1956年のフェーヴル死去以降にアナール派を率いたのは、歴史家のフェルナン・ブローデルである。1949年に刊行されたブローデルの長大な博士論文『地中海』は、経済史や統計学の知見を取り入れながら長期にわたる地中海世界全体の変化を描き、比較史的総合をめざすアナール派の一つの頂点と目されるようになった。・・・
 英米の研究者から<は>、その決定論的な側面が批判された。<すなわち、>・・・マクロ的な視点が強調されすぎていて、歴史に対する人間の自由度がほとんど認められていない、といった声<が>・・・上がっている。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%AD%A6%E6%B4%BE

 というのも、この本は、フェルナン・ブローデル(Fernand Braudel)<(注3)>の1500〜1800年についての全球的歴史書である、『物質文明・経済・資本主義—15〜18世紀(Material Civilization and Capitalism)』(1979年)の19世紀版と言っても過言ではないからだ。

 (注3)1902〜85年。ソルボンヌ大卒。「1958年には、『アナール』誌に<載せた>論文<で>・・・、「歴史家にとって、いっさいは時間に始まり、時間に終わる」と唱えて、レヴィ=ストロースの構造主義の「無時間性」に反駁を加えて「新しい歴史学」(Nouvelle histoire)のリーダーとなった。・・・<そして、>代表作『地中海』(原題『フェリペ2世時代の地中海と地中海時代』)では、歴史を「長波」・「中波」・「短波」の三層構造として把握することを提唱しており、表層にはまたたく間に過ぎ去る歴史、個人および出来事史という「短波」があり、そして、ゆっくりとリズムを刻む社会の歴史、すなわち、ひとつの局面、人口動態、国家そして戦争などの「中波」があり、さらに最も深層において、不変の、あるいはほとんど動くことのない自然や環境、構造、「長期持続」(la longue dur'ee)などの「長波」があって、とくに最後の「長期持続」の相を重視する点で従来の歴史学とは一線を画した。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%AB

⇒マルク・ブロック(Marc Leopold Benjamin Bloch。1886〜1944年(ナチスドイツによって銃殺))
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AF
の本は『奇妙な敗北』(邦訳)のみ持っていますがツンドクに終わっており、ブローデルに至っては、『地中海』(英訳)を全巻持っているというのに、全く同じ状況です。(太田)

 オステルハンメルは、ブローデルの著作の敬慕者であり、ブローデルが3つの世紀を扱ったのと同じ分量を<この本で>1つの世紀を扱う際に費やしたことを自認している。
 少なくとも、私自身は、著者がそれだけの分量を書いた努力と読者がその全てを吸収する努力のどちらもが完全に意義があると思う。
 というのも、この著作は、19世紀を、枢要な変化と移行の時代として、かつ、そのタイトルが述べているように、「世界の変貌」の時代として、説得力ある形で解釈しているからだ。・・・
 19世紀における、欧州と、その植民者(settler)による北アメリカと南太平洋における諸外延が、空前絶後にも、全球的諸出来事で中心的かつ支配的地位を占めた、との彼の主張に異を唱えることは困難だ。・・・
 <ユダヤ人歴史学者の>エリック・ホブスボーム(Eric Hobsbawm)<(コラム#432、4438、4840)>の「長い19世紀(long nineteenth century)」の観念から作業を始め、オステルハンメルは、三つの異なった時代区分概念群を合わせ用いる形にそれを拡張する。
 彼は、旧体制(Old Regime)から近代世界への最初の移行期である1770〜1830年を、ラインハルト・コゼレック(Reinhart Koselleck)<(注4)>のザッテルツァイト(Sattelzeit)概念<(注5)>に立脚して描写する。

 (注4)1923〜2006年。どの学派にも属さなかった、ドイツの歴史学者。
http://en.wikipedia.org/wiki/Reinhart_Koselleck
 (注5)コゼレックは、(1923〜2006年ならぬ)1750〜1870年を、陪審制の再導入等の民衆司法(Popular Justice)化の時代と捉えたようだ。民衆司法的なものは、旧体制(Ancien Regime)の中に、古代ローマ、フランク、ノルマン、サクソンの諸伝統を引き継ぐ形で痕跡をとどめていたとも。
https://isig.fbk.eu/events/popular-justice-sattelzeit-1750-1870
http://de.wikipedia.org/wiki/Sattelzeit
 Sattelzeitにいかなる訳語をあてたらよいか、決めかねた。(Sattelは馬具、Zeitは時だが・・。)

 次いで、彼は、核心たる、ないしは、「本来の(eigentlich)」、19世紀を同定する。
 それは、1830年前後に始まり1880年代に至るところの、アングロサクソンのヴィクトリア朝期の概念から借用したものだ。
 そして、最終的に、移行の10年である1880年代に続いて、オステルハンメルは、1890年頃から始まり、1920年代初期まで終了しないところの、長い世紀末を見る。」(C)

 「この本の中心的焦点は経済に合わせられている。
 19世紀の世界の変貌を作り上げた(made up)ものは、他の何よりも、少なくとも欧州とその海外諸外延における、顕著な経済成長だった。
 普通<その原因として>嫌疑がかけられるのは産業革命だが、オステルハンメルは、世界大の文脈においては工業化(industrialization)が極めて限定的であったことを踏まえとともに、最近の研究で確かめられたところの、イギリスの工業化の鍵となる数十年間における相対的に低い経済成長率を引用しつつ、それには懐疑的だ。
 そうではなく、彼は、全球的規模における貿易と商業の拡大が19世紀の経済ダイナミズムの鍵であることに焦点を合わせている。・・・
 著者の、金本位制(gold standard)の創造と作用(working)についての素晴らしい説明は、極めて重要なトピックをカバーしている。
 というのも、とりわけ、1914年より前の数十年は、全球的産出(output)比において1960年代に再び達成されるまで達成されることのなかった、国際商業・金融諸フローの高位点を記録したところ、そのことは、大部分の教科書的諸説明の中では殆んど言及されることがなかったからだ。」(C)

(続く)