太田述正コラム#6935(2014.5.14)
<戦争の意義(息抜き編)>(2014.8.29公開)

1 始めに

 現在シリーズで紹介中のモリスの新著を巡る米国での大論争なる記事を見つけた
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20140512/264387/?n_cid=nbpnbo_mlt
ので、シリーズの途中ですが、そのさわりをご紹介するとともに、私のコメントを付しました。
 なお、この記事に、新著の「著者はスタンフォード大学歴史学部のイアン・モリス教授。2011年に『人類5万年 文明の興亡(上・下):なぜ西洋が世界を支配しているのか』という、こちらもまた大胆なテーマの書籍を世に出している。日本では今年3月に同書の訳書が出版されたばかりだ」と書かれていたことから、コラム#4446以下でシリーズでご紹介した、モリスの'Why the West Rules – For Now: The Patterns of History and What They Reveal About the Future'は、その後、邦訳が出ていたことが分かりました。
 さて、この記事の筆者である堀田佳男は、モリスが「1万年前は部族間の戦闘や抗争が今よりも頻発し、人口の10〜20%は戦闘で死亡したと推測している。」と記していますが、これだけで、彼が、モリスの新著の原本はもとより、その紹介記事すらきちんと読んでいないことがバレバレです。
 (なお、堀田は、元CIA長官の名前、ウールジーをウージリーと誤記(後出)しているところ、これも到底単なるミスプリとは思えません。
 そんな間違いをするところを見ると、恐らく、彼は、ハンプトンコート(宮殿)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%88%E5%AE%AE%E6%AE%BF
も、また、それを自宅として作り、大法官として仕えたヘンリー8世に献上した、トマス・ウルジー(Thomas Wolsey(元CIA長官とは1アルファベット違い)。1475〜1530年)枢機卿
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%83%AB%E3%82%B8%E3%83%BC
も、全く知らないのでしょう。)
 だって、「一万年前」において「人口の10〜20%」は「部族間の戦闘や抗争」だけによって「死亡した」のではなく、「部族内の抗争」と「部族間の戦闘」によって「死亡」したのですからね。
 こういう基本の基本すら把握していない・・把握する能力がないと言うべきか・・人物が執筆した米国での大論争なるもの・・実は、堀田が自分で「大論争」をでっちあげた代物・・を皆さんに紹介して果たしてよいものだろうかと思いつつも、息抜きを兼ねて取り上げさせていただいた次第です。

2 大論争

 「米国で4月、<モリス教授による>『War! What Is It Good For?(仮訳:戦争! 恩恵はいったい何なのか)』というタイトルの本が出版された。この直後から米国のさまざまな場で、識者たちが戦争の功罪について議論を始めている。・・・
 戦場の悲惨さが歴然としてある一方で、利益を得た人たちも確実におり、モリス教授の「戦争は利益になる」という主張には説得力がある。
 しかしながら、近年になって、この議論に異論が出ている。
 ノーベル経済学賞を受賞したジョセフ・スティグリッツ<(注1)(コラム#2095、2854、6149、6261)>氏は英ガーディアン紙のコラムに次のように書いている。

 (注1)Joseph Eugene Stiglitz(1943年〜)。ノーベル経済学賞(2001年)。「IMFの経済政策を厳しく批判している。」ユダヤ系であり、アマースト大卒、MIT博士。その後、オックスフォード大フルブライト奨学生(修士)。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%82%BB%E3%83%95%E3%83%BBE%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%84
 私のスタンフォード大留学当時は同大教授であり、経済学部の授業も結構とったのだが、たまたま時間が合わず、既に有名であった彼の形骸には接していない。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%82%BB%E3%83%95%E3%83%BBE%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%84

 「戦争は経済的な繁栄と密接な関連性があると論じられます。資本主義には戦争が必要と言われることさえあります。しかしこれは、最近ではもうナンセンスな議論です。91年の湾岸戦争でも、経済への悪影響の方が大きかった。経済成長は平和時にこそ達成されるというのが通説になっています」。
 戦争によって需要が生まれるのは事実だが、近年の戦争はコストがかかりすぎて国家財政にとってマイナスとの見方がある。ハーバード大学ケネディ行政大学院が昨年まとめた報告書には、アフガニスタンとイラクの両戦争で、米政府は最終的に4兆〜6兆ドル(約400兆〜600兆円)もの支出を余儀なくされると記されている。しかも両国に派遣された総計20万と言われる米兵たちは、派兵されていなければ米国内で雇用され、経済活動に貢献していたはずである。
 経済学者ジェームズ・ガルブレイス<(注2)(コラム#6935)>氏(ジョン・ケネス・ガルブレイス<(コラム#225、423、831、1211、1212、1220、1221、1222、1226、1228、1251、1294)>の息子)も戦争悲観論者だ。

 (注2)James Kenneth Galbraith(1952年〜)。ハーヴァード大卒、ケンブリッジ大マーシャル奨学生、エール大博士。ケインズ経済学の立場からマネタリストを批判。
http://en.wikipedia.org/wiki/James_K._Galbraith

 「過去100年間だけを見ても、すべての戦争は程度の差こそあれ、インフレをもたらしています。戦争になると物価や賃金が上昇する一方、購買力が下がってインフレが加速されます。その中で富裕層はさらに裕福になり、労働者の貯蓄は減るという悪循環が生まれています」。
 今では多くの経済学者が戦争による景気拡大は幻想で、むしろ悪化するという立場だ。ただノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマン<(注3)(コラム#1145、2075、2095、3541、3600、3602、3743、3765、3833、3889、4209、4211、4239、4259、4261、4313、5185、5227、5261、5597、5675、5879、5967、6562、6900)>氏は戦争による経済効果をプラスに捉えており、モリス教授の側に立つ。・・・

 (注3)Paul Robin Krugman(1953年〜)。ノーベル経済学賞(2008年)。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%B0%E3%83%9E%E3%83%B3

 功利性を超えて、理念的に戦争を肯定する人は米国でも少数派である。ただ保守派の中には「戦争が好き」という人がいる。筆者が2003年に首都ワシントンで取材していた時、共和党保守派の学者からこの言葉を聞いた。
 保守系シンクタンク、アメリカン・エンタープライズ公共政策研究所(AEI)のマイケル・レディーン<(注4)>元研究員は、白髪の混じった髭をいじりながら、これ以上はっきり語れないくらい明確に言った。

 (注4)Michael A. Ledeen(1941年〜)。米国の歴史学者、哲学者、ネオコンの外交政策アナリスト、著述家。ウィスコンシン大マディソン校博士。大学教師の時に終身在職権(tenure)が得られなかったこと等、いわくつきの人物。
http://en.wikipedia.org/wiki/Michael_Ledeen
 こんな人物に、「大論争」の一方の旗手を務めさせた堀田の見識を、改めて疑わざるをえない。

 「戦争で死傷者がどれくらいでるかは二の次なんですよ。聞こえはよくないが、米国人は戦争が好きな国民なんです。死傷者がどうこうより、負けることが一番嫌い。私のもっとも好きな言葉はパットン<(注5)>(コラム#624、877、879、2024、4868、6201、6415、6482)>将軍(第2次世界大戦時の米陸軍大将)の『米国は戦争が大好きだし、戦闘そのものも好きだ。いつも闘ってきたし、楽しんできた』というフレーズだ」。

 (注5)George Smith Patton Jr.(1885〜1945年)。米陸士卒。「失読症であったと言われている。・・・輪廻転生、北欧神話の信仰者でもあった。・・・自身をカルタゴのハンニバル将軍の再来であると主張した<ほか、>・・・ナポレオンとともに戦ったとも言い、ローマの軍団兵であったとも主張していた。・・・パットンは第一次世界大戦に参加した将兵では珍しく、塹壕戦と言うものを全く無意味だと信じており次の戦争は塹壕を掘ったり陣地を守ったりで勝敗が決まることは無く、機動力で決するであろうと信じていた。・・・根っからの戦争好きだったパットンにとって戦争の無い平和な期間は耐えがたかったらしく、この戦間期はパットンやその家族にとっては大変難しい時期になってしまった。戦争に参加できない不満のせいかパットンはこの期間中に娘の親友と不倫をして離婚寸前になったり、頻繁に癇癪を起こして娘達に煙たがられたり、アルコールに溺れたり、度を過ぎた甘党になったりと明らかにその情熱を持て余しているような行為が多かった。・・・第二次世界大戦が終わりかけていた頃には盛んに「ナチスと手を組んで今のうちにソ連軍を叩くべきだ」などと当時ではかなり不穏当とみなされる発言をして<いる。>」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%BB%E3%83%91%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%B3

 この時、すぐ横に座っていた中央情報局(CIA)のジェームズ・ウージリー<(注6)>元長官も「同感だね」とうなずいた。」

 (注6)ジェームズ・ウールジーの間違い。R. James Woolsey, Jr.(1941年〜)、CIA長官:1993〜95年。スタンフォード大卒、オックスフォード大ローズ奨学生(修士)、エール・ロースクール卒。ベトナム反戦活動家だったが、後、ネオコンとなる。
http://en.wikipedia.org/wiki/R._James_Woolsey,_Jr.

3 終わりに

 私は、かねてから、軍事力整備や戦争が(戦災を勘定に入れた場合には明快な結論は下せないものの)経済的にプラスの効果を持つ、と考えています。
 (その立場で、役人になったばかりの時に、西川俊作慶大教授と「論争」した話をずっと前に(コラム#4211で)ちょっと書いたことがあるのを覚えている方もおられるかもしれません。)
 戦争の意義に関する私見については、現在進行中のシリーズに譲ります。