太田述正コラム#6895(2014.4.24)
<フランス革命再考(その10)>(2014.8.9公開)

 「イスラエルは、客観的真実へのあらゆる主張を否定する、ポストモダニズムの相対主義の中に、「民主主義的、平等主義的諸価値及び個人的自由への重大な脅威、並びに、しかるが故の、道徳的、政治的、そして知的な説得力(cogency)の欠如の顕現」を見る。
 そんな彼に対し、ポストモダニズムの擁護者達は、ただちに反撃を始めた。
 イスラエルの著作に対する批判が、彼らがかなりの影響力を持っている諸学術雑誌に登場し始めた。
 <米>ネーション(Nation)誌<(注28)>に掲載された<イスラエル批判>論考が上梓されると、イスラエルの著作に対する攻撃は、はるかに開かれた(public)フォーラムで行われるようになった。・・・

 (注28)米国の、1865年創刊の最も老舗の週刊誌。
http://en.wikipedia.org/wiki/The_Nation

 この<ネーション>論考の著者は、イスラエルによるスピノザの生涯、著作、及び諸影響についての叙述を、まじめな歴史的探究(inquiry)にして解説(exposition)というよりは、一つの福音的文書と形容(portray)している。
 イスラエルは、「背教者たるユダヤ人である哲学者のベネディクト・スピノザの物語の<宗教的>説教をしている」と。・・・
 <そもそも、>イスラエル教授は、哲学思想において最も顕著な諸前進は、最も政治的に急進的な諸見解を抱いた諸個人によってなされた、と示唆しているように見える。
 しかし、ジョン・ロックは、その政治的かつ宗教的諸見解においてどれだけ保守的であったとしても、その遠くまで影響の及ぶ革命的諸含意の全てでもって、フランス唯物論の哲学的諸基盤を整えることに計り知れない役割を演じた。
 ジョン・ロックも、そして、ついでに言えばバルーク・スピノザもだが、自分達自身の思想の全ての政治的諸帰結を予見していたわけでは必ずしもない。
 イスラエルは、このようなパラドックスを、不十分にしか評価していないのだ。・・・
 <また、>彼の学識の異常なまでの広範さを踏まえれば、彼の<前著である>『急進的啓蒙主義』と『論争の対象とされた啓蒙主義』の引用文献の中に、マルクス主義の伝統の下でのロシアないしソ連の哲学者達や学者達による著作がただの一つも含まれていないことには、本当に驚かされる。・・・
 イスラエルが、スピノザが(最近まで)西欧と米国の哲学に関する著述家達によって概ね無視されていた、と指摘したことは正しいが、マルクス主義の伝統の下で、とりわけソ連において、研究していた人々に関しては明確に間違っている。・・・
 <ここで、少々、イスラエルを弁護しておこう。イスラエルに対する批判の中に見られる、急進的啓蒙主義を含め、>啓蒙主義の諸観念は、無情にも恐怖時代とその悲劇的なやり過ぎ(excesses)へと導いたとの主張については、(ホルクハイマーとアドルノに由来する、)基本的なポストモダニストによる苦情・・<啓蒙主義>の理性、科学、及びテクノロジーへの拝跪(elevation)こそがファシズムとアウシュヴィッツへと導いた・・の一変形である<といえよう>。
 <しかし、このようなイスラエル批判はおかしいのであって、>恐怖時代が解き放たれたことに貢献したものとして、<啓蒙主義以外の>他の諸要因、例えば、英国によって財政支援がなされたところの、アンシャンレジームの諸大国による侵攻の脅威、国王の賄賂を受け取ったミラボーのような指導者達による内からの裏切りの脅威、そして、非妥協的な聖職者達や貴族達による陰謀という極めて現実的な脅威、はなかったとでもいうのだろうか。」(I)

(続く)