太田述正コラム#6898(2014.4.26)
<皆さんとディスカッション(続x2245)/日本文明について>

       --皆さんとディスカッション(続x2245)--

<太田>(ツイッターより)

 「…日本を訪れた人は、「寿司の神」・・小野二郎氏・・のごとき職人精神が至る所に見受けられることを感じる。我々は常々、中国のハイディラオ(海底○火鍋)の気配りあるサービスは周到だと語るが、日本ではどの料理店もハイディラオだ。…着実に身のまわりの物事を済まそう。弁護士ならば、あなたがすべき事をしよう。法制度を維持し、正義を守る。教師ならば、学生の自由思想の能力、独立した人格を育てよう。記者ならば、良心によってこの社会の真実を報道しよう。医師ならば、患者の治療に没頭し、ワイロを受け取らない。警察官ならば、秩序を維持すべきで、悪事を働いてはならない。もし(続
それぞれが自身の本職において職位本来に求められる姿をその通り実現すれば、この世界がより良くなるのは間違いない。」
http://j.people.com.cn/94473/8610391.html
、「…北京大学の修士課程生・張天一さんが「牛肉粉(牛肉ビーフン)」を売っている…<彼>の夢は「ビーフンを芸術にし、尊敬される業界にしたい」。彼の理想は日本の鮨職人・小野二郎氏<だ。>…「色眼鏡」を捨て去り、勇敢に創業にチャレンジする若者がいっそう尊重・奨励されることは、転換・上昇する中国経済、そして多元化しつつある中国社会に、ますます発展する原動力をもたらすだろう。」
 これは、小野さんの寿司を残したオバマを揶揄?
http://j.people.com.cn/94473/8610358.html
 とにかく、中共当局による、日本人を見習えキャンペーンは、かくも懸命に、連日、行われているんだよね。

<TS>

 行方不明のマレーシア機がディエゴ・ガルシアに着陸させられているという噂がネット上で飛び交っているようですが…。
 太田さんがこの噂に反応しないのは典拠がはっきりしないからですか?

<太田>

 「反応」してないのは、私がフォローしている、英米等の主要メディアで取り上げていないからです。
 なお、ディエゴ・ガルシアは英領で米国が借り上げているわけですが、そんな話、直観的にありえない、と思いますよ。
 かねてから申し上げているように、アメちゃん、陰謀が苦手ですからねえ。

<K.K>

  --いかれ具合--

1.Thunderbird(以下TB)について
 Ver3だけでなくVer3以降でTBが重くなる現象があるようです。
 TBが原因であってもなくても何らかの手当てをしておくべきだと思います。
 対処法は下記のページに出ています。
 しかし、メールに関することなので私の方から設定変更・ファイル削除すべしとは、言えない状況です。
 太田さんの判断でよろしくお願いします。
http://rokufc2.blog.shinobi.jp/windows%EF%BC%98/windows%208%E3%81%A7%E4%BD%BF%E7%94%A8%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8Bthunderbird%E3%81%8C%E9%87%8D%E3%81%84%E3%80%82

⇒Thunderbirdを勧めたのは現IT支援グループ・メンバーのやまもとさん、Thunderbirdで、G-mailを経由させる設定をしたのは、旧IT支援グループ・メンバーだった人物であるところ、問題は、例えば、Outlookでは、自分でこの設定を行う能力を私が持っていないことです。
 現段階では、あくまでも仮定話ですが。昔使っていたOutlookに戻すことにした場合は、設定の仕方を教えてもらえるとありがたい。(太田)

2.S.M.R.T確認
1台目:SAMSUNG MZ7PC128HAFU-000←128GB SSD
2台目:ST1000DM003-9YN162←Seagate 4TB HDD
です。(↑これ結構いい構成ですね。)

 (PCの調子がおかしければ、以下は行はな<い>でください。)
 次にSSD/HDDの障害報告を閲覧します。手順は次の通りです。
1:以下のリンクからCrystalDiskInfo(3.4MBの方)をダウンロードして、インストールしてください。
http://www.forest.impress.co.jp/library/software/crdiskinfo/
*SSD/HDD、IRSTとの相性によっては、ブルースクリーンになるのですが、確認した限りでは大丈夫です。
2:CrystalDiskInfoを起動してください。
3:ウインドウ中央上にSSD/HDDの型番と容量が出ていると思います。その左右の△をクリックして表示されるSSD/HDDを変更し、すべてのSSD/HDDの健康状態を確認してください。 健康状態は、健康(100%)(青色)、健康(青色)、注意(黄色)、危険(赤色)の4段階です。
 今月、マザーボード、電源ユニット、光学ドライブを交換しているので、ここで黄・赤がなければ、太田さんのEpsonPCはハードとしてはほぼ健全だと言ってよいだろうと思います。
*ここで行ったのは障害報告の閲覧で、厳密な意味でのHDDチェックではありません。

3.教えてほしい情報
 今、Cドライブの情報がすべて失われるとします。
 C:\Users\(太田さんのログイン名)フォルダ以外で、保存したいDataはありますか?ソフトウェアの初期設定にまかせてあるのでどこに保存してあるかわからない場合は、そのソフトウェア名を教えてください。
(4月1日にコマンドプロンプトを使ってデータを救出したと思います。そのときUserフォルダ以外何を保存したか・したかったかを聞いています。)

⇒現時点では、対象となるデータはありません。(太田)

4.≫Epsonパソコン、相当いかれてることは間違いなさそうです。≪(コラム#6896。太田)
 
 Thunderbirdが唯一の原因だといいんですけど・・・。
 現時点では、いかれ具合は、PCユーザー>Windows環境>ハードとしてのEpsonPC と推定しています。

<太田>

 オフ会があるので、明日以降、対応させてもらいます。


 それでは、その他の記事の紹介です。
 英文記事は、基本的に明日回しにしました。

 麻生「副総理」、表現がえげつないだけじゃなく、交渉の中身を知らされてないんじゃないか、という感じだね。↓

 「麻生太郎副総理兼財務相が25日午前の閣議後会見で、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉について、「どのみち11月の(米国の)中間選挙まで答えは出ない。国内でオバマが全部まとめきれるほどの力はないだろう」と述べた。・・・」
http://www.asahi.com/articles/ASG4T5J3NG4TUTFK017.html?iref=comtop_list_pol_n03

 日本側に著しく不利な決着となったようだ。↓

 「・・・<日米共同>声明の発表は、オバマ氏が羽田空港をたつ二十分前。TPPへの言及は和訳文で八行に膨らんでいた。「合意」「決着」の文字はない。しかし、首相周辺は「日米は事実上の基本合意だ」と認めた。「基本合意」とは、米国側に追随していくしか選択肢がなくなったという意味でもある。」
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2014042690071953.html

 ワシントンポストは、米側は先が見通せたと語り、日本側はまだ隔たりが大きいと語ったと記しているが、それが全てを物語っている。
 現時点で、到底明らかにできないほど、日本側に不利な決着になったということ。
 (大体からして属国が宗主国に刃向うなんてできるワケがないのよ。)↓

 Administration claims “breakthrough,” but Japanese minister says the two nations are “still far apart.”・・・
http://www.washingtonpost.com/world/obamas-asia-trip-off-to-a-bad-start-with-failure-to-reach-agreement-on-trade-in-tokyo/2014/04/25/21871f32-cc8b-11e3-95f7-7ecdde72d2ea_story.html

 このオバマ発言と、それに対する日本政府高官コメントもまた、宗主国と属国の関係を如実に示している。↓

 「オバマ氏は会見で、旧日本軍の従軍慰安婦問題に言及し「甚だしい人権侵害」とした上で「衝撃を受けた」と述べた。・・・」
http://news.livedoor.com/article/detail/8775903/
 「政府高官は25日夜、慰安婦問題をめぐるオバマ米大統領の発言に関し「韓国側に言わされているのではないか」と述べた。・・・」
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140425/plc14042523250033-n1.htm

 みんなも維新もバラバラ。みんなは既に分裂したが、維新も分裂が近い。
 こうして誰もいなくなりつつある今日、野田さん、いいかげん、お願いしますよ。↓

 「石原氏「組むつもりない」、橋下氏「話したい」・・・」
http://www.yomiuri.co.jp/politics/20140425-OYT1T50161.html?from=ytop_main6
http://www.yomiuri.co.jp/politics/20140425-OYT1T50160.html?from=ytop_ylist

 フザケンなってハナシだな。↓

 「船長らを救助したのは学生の通報で出動した船!=学生は死亡・・・」
http://news.livedoor.com/article/detail/8775220/

 1番目の記事はシンガポールの漢人(?)教授、2番目の記事は香港在住エンジニアの言を引用しており、中共本体の人物の言を引用してはいないが、中共のメディアとしては、珍しく、日本に対してとげのある記事だ。↓

 「<韓国船沈没>事故に見る「日本製」の致命的な欠陥とは?―中国メディア・・・」
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=87138
 「<韓国船沈没>韓国は日本中古船の被害者=韓国の運航基準の「緩さ」が引き金に―香港在住エンジニア・・・」
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=87026

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             --日本文明について--

○前置き

6月から始まる予定の、私が講師を務める、関西の某市での市民講座(全5回)のテーマ『日本の世界史的使命』のことも念頭にあって、1月の福岡オフ会の時は、そのものズバリの『日本の世界史的使命』という演題のお話をさせていただいた(ことになっている)のですが、今回は、この市民講座の初回と最終回のことが念頭にあって、『日本文明について』という演題にした次第です。
 さて、皆さんはどう思われているのか存じませんが、私にとって、日本というのは、母国であるにもかかわらず、まことに不思議な国なのです。
 日本文明というのは不思議な文明である、と言い換えてもいいでしょう。
 私は、一日本人として、この不思議の国日本、ないしは不思議な日本文明を解明したい、という思いが、たまたま小学生時代を海外で過ごしたこともあって、小さい時からあったのです。
 ところが、これが一筋縄ではいかなかったのですねえ。
 というのも、日本論や日本文化論を扱った著作は山のようにあっても、実証的な根拠が示されていない思い付き的なものが殆んどで、読めば読むほど訳が分からなくなってしまったからです。
 どちらも余りにも有名である、和辻哲郎の『風土 人間学的考察』(1935年)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A2%A8%E5%9C%9F#.E5.92.8C.E8.BE.BB.E5.93.B2.E9.83.8E.E3.81.AE.E3.80.8E.E9.A2.A8.E5.9C.9F.E3.80.8F
も梅棹忠夫の『文明の生態史観』(1967年)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87%E6%98%8E%E3%81%AE%E7%94%9F%E6%85%8B%E5%8F%B2%E8%A6%B3
も、私は、全く説得力があると思いませんでしたし、会田雄次の『アーロン収容所』(1962年)に至っては、その余りのひどさに、私が、わざわざ、シリーズ(コラム#1035〜)で取り上げて、徹底的に批判したことはご記憶の方も多いことでしょう。
 もっとも、和辻自身は、「フランスの地理学者ポール・ヴィダル・ド・ラ・ブラーシュに自然環境はただ人間の活動のための「可能性」を与えているに過ぎず、この自然風土に働きかけて文化・社会を構築する人間の能動的役割を主張した<ところ、>・・・あらかじめ・・・ブラーシュを知っていたならば<、『風土』での自分>の論述も違っていたと述べて」(ウィキ前掲)おり、自ら、『風土』のできの悪さを認めたことは立派ですし、いずれにせよ、そんなことは、この本の副題の中に出てくるところの、彼が提唱した「人間学(じんかんがく)」の価値を損ねるものではないことを、力説しておきたいと思います。
 さて、話を戻しますが、例外的に私が感心した本がなかった訳ではありません。
 鯖田豊之・・「さばだ」ではなく「さばた」だったんですね。1926〜2001年。京大文卒で長く京都府立医科大学で教鞭を執った人です・・の『肉食の思想』(中公新書。1966年)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AF%96%E7%94%B0%E8%B1%8A%E4%B9%8B
です。
 この本は、具体的なデータを踏まえた欧州論を、日本と比較しながら論じているところ、自ずから日本論にもなっていて、この本を通じて、後でお話する、水田耕作の生産性の恐るべき高さを私は知るところとなります。
 日本人が、基本的に肉食をする必要がなかったのは、仏教の影響というよりは、米で質量とも十分な栄養が摂れたので、肉食をする必要がなかったから、というのです。
http://koyaban.asablo.jp/blog/2009/03/20/4194871
 実は、この本を読むちょっと前に、当時の日比谷高校恒例の生徒達が次々に教師を務める授業で、私は、タイでの稲作がいかにラクか、という話をした・・勝手に川が氾濫して水田状態になり、そこに種籾を蒔き、後は放置しておけば、自然に稲が実る、という内容で、随分地理の先生に褒められた記憶があります・・ばかりでしたので、米つながりで、余計、鯖田の本がストンと腑に落ちたのだと思います。
 
 ここで、時間を飛ばしますが、大学を出て防衛庁(当時)の役人になってしばらくすると、この問題意識がより具体的かつ切実なものへと変わりました。
 本来の用途に一切使われることのない、いわば、飼い殺しにされている自衛隊という名称の軍隊を維持している戦後日本へと、敗戦を契機に戦前・戦中の日本が180度変わってしまったのはどうしてなのか、そもそも、かかる変化を超えて変わらないものが日本にはあるのだろうか、あるとして、それは、一体何なのだろうか、という問題意識です。
 この問題意識は、更に、もし、「変わらないものが日本にある」とするならば、それこそが自衛隊が守るべきものなのではないか、という形へと止揚されて行きました。
 しかし、こうして、問題意識こそはっきりはしたけれど、その解答については五里霧中のまま役所を飛び出してしまい、コラムを書き始めてかなり経った頃になって、ようやく、私は、縄文モードを基層とし、表層において、弥生モードと縄文モードを交互に繰り返しながら発展してきたのが日本である、という仮説的史観に到達するのです。
 その上で、私は、この日本ないし日本文明を、世界史、より広くは人類史、の中に位置づける、というドン・キホーテ的な試みを始めて現在に至っている、ということになりましょうか。
 時事的なコラムだって、私は、この試みのためにこそ、日々生起する森羅万象を観察して書き綴っている、と思っていただいても、あながち間違いではありません。
 そういうわけで、私は、ここ10年近く、歴史と言えば、外国のことばかり追いかけてきたのです。
 その結果、日本史学の最新の成果について疎くなってしまい、最近、「網野史観と第一次弥生モード」シリーズ(未公開)を書いた時に、日本史関係のサイトにあたってみたところ、自分の不勉強ぶりを思い知らされた次第です。
 にもかかわらず、幸いにも、私の日本史に関する前述の基本的仮説については、廃棄はもとより、修正する必要すらなさそうだったので、胸をなでおろしましたが・・・
 以上は前置きです。

○本題・・二つの奇跡が可能ならしめた日本文明の成立

 ・二つの奇跡

 地球という惑星に生命が生まれたことは奇跡と言ってもよいことをご存知の方は多いでしょう。
 実は、奇跡は4つも重なっていると指摘する人がいます。
 彼は、当該惑星が、恒星からの距離がほどほどで液体の水が存在すること、ほどよい構成の大気が存在して寒暖差を少なくしていること、光合成により有害な紫外線を大幅にカットするオゾン層によって覆われていること、磁場をもっていて恒星から飛ばされてくる有害な荷電粒子を弾き飛ばしていること、を挙げています。
http://manapedia.jp/text/index?text_id=493
 しかし、光合成をする植物だって生物ですし、太陽系の中だけでも磁場を持っている惑星は少なくありません。
http://wdc.kugi.kyoto-u.ac.jp/stern-j/planetmg_j.htm
 ですから、地球に生命が生まれたことには、最初の二つの奇跡の生起がとりわけ重要だったと言えるでしょう。
 その地球における最も高等な生物である人間は社会的動物であるわけですが、人間社会の歴史の中で、日本文明が成立したこともまた、奇跡的な出来事であったと言ってもよいのではないでしょうか。
 奇しくも、そこにも、二つの奇跡が関与しています。
 第一の奇跡は、日本文明における基層たる縄文モードの形成であり、第二の奇跡は、日本文明の表層における弥生モードと縄文モードの循環の成立です。

 ・第一の奇跡

 土器は、「人類が物質の化学的変化を利用した最初のできごと・・・であり、物理的に石材を打ちかいてつくった石器とはまた異なる人類史的意義を有している」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%9F%E5%99%A8
ところの、当時の超ハイテクであったところ、支那で少なくとも2万年以上前に生まれた(ウィキペディア上掲)「土器を獲得した日本人は、[少なくとも1万4,000年以上前に(ウィキペディア上掲)、]これで煮炊きすることによって、世界で初めて木の実や海産物を広範に食物化するに至り、狩猟のみに依存する生活から脱却し、定住化を果たします」。(コラム#52)
 日本列島に住んでいた人々は、最初から、ハイテクが大好きなだけでなく、その活用にも長けた人々であったわけです。
 とにかく、こうして、当時の日本人である縄文人は、1万年にも及ぶ・・通説では14,000BC頃から300BC頃に及ぶ・・、本格的な農業を伴わないところの、しかし、世界史的に極めてユニークである、定着的な狩猟採集時代という縄文時代
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B8%84%E6%96%87%E6%99%82%E4%BB%A3
を経験することとなり、本来的に定着的な農業時代が到来した後においても、日本において狩猟採集時代の人類に普遍的に見られた人間主義を、引き続き維持することを可能にする社会的基盤・・私の言うところの、日本文明の基層たる縄文モード・・が形成されるのです。
 (人間主義とは何かについては、ここでは立ち入りません。
 また、脚注的に申し上げておきますが、縄文人の起源も、その言葉の起源も、いまだにはっきり解明されてはいないところです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA )
 
 これが、第一の奇跡です。

 ・第二の奇跡

 第二の奇跡は、日本文明の表層におけるモード循環の成立です。
 日本文明の基層は縄文モードであるわけですが、この基層だけでは、当然のことながら、モード循環を繰り返しながら動的に発展するところの、日本文明は生まれえませんでした。
 モード循環を繰り返しながら動的に発展するとは、弥生モードの時には積極的に外国の考えやモノ・・軍事がらみのものが多い・・を導入(継受)し、縄文モードの時には縄文モードの再刷り込みを行いつつ縄文モードの深化を図る、ということを繰り返しながら、動的に発展する、ということです。
 13世紀後半の蒙古襲来を跳ね返すことができたのは、当時の日本が弥生モードだったからですし、19世紀後半の欧米勢力の到来は、欧米各国相互の牽制等もあり、襲来ではなかったことから、縄文モードを弥生モードに転換することで、その後に予想された襲来を抑止することができたのです。
 仮に、日本が縄文モードだけであったならば、13世紀後半か19世紀後半のいずれかにおいて、日本が消滅していた、或いは、少なくとも日本で縄文モードが根絶やしにされていた、という可能性が大です。

 とまれ、視覚イメージ的に申し上げれば、弥生人の到来
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%A5%E7%94%9F%E6%99%82%E4%BB%A3
を契機として始まった弥生時代において、原初弥生モードの表層が上述の基層の上に乗っかることによって、そのような日本文明が生まれたのです。
 ここのところを、もう少し踏み込んだご説明をしたいと思います。
 そもそも、弥生人が到来する運びとなったことにも、奇跡めいたことがからんでいます。
 縄文人が、寒冷化によって、人口が激減し、日本列島西部に集まってかろうじて生きながらえているところへ、同じこの寒冷化によって揚子江地域に住んでいた水田稲作民の少なからざる部分が、移住を余儀なくされ、そのうちの一部である弥生人が海を越えて日本列島に渡ってきた(コラム#6839(未公開))のですからね。
 つまり、縄文人が生き残っていて、そこへ、東アジア大陸を少しずつ南下するという安全策をとらず、あえて危険な海を渡り、情報も乏しかったはずの日本列島を目指したところの、進取の気性に富んだ、肝の据わった弥生人がやってきて、先住者たる縄文人と出会うことで、両者の間で画期的な化学反応が起きることになるのです。
 それはいかなる化学反応であったのでしょうか?
 まず、次の一文を読んでみてください。

 「紀元前には、インドシナ半島の優占種はモチ稲であり、江南にもたくさんのモチ稲が分布していたと考えられる時期に当たる。それゆえ、日本列島に稲が到着したころ、日常食はモチ米であった可能性がきわめて高いとされている。今日なおわが国での祭祀にかかわる食事、正月の餅など、すべてハレの行事に関する食素材がもっぱらモチ米であることと深く関連するのであろう。 」
http://suido-ishizue.jp/daichi/part1/01/04.html

 これは、いかに弥生人が水田稲作を日本列島に持ち込んだことが縄文人に強烈な印象を与えたか、を示す事実です。
 その時、最初に持ち込まれたモチ米が、いまだにお祝い行事に付き物であり続けているというのですからね。
 それはまた、2000数百年前に起こったことでも、現在を規定することがある、という事実を我々に如実に示してもいるわけです。
 (ですから、それより前の1万年間の縄文時代だって、現在を規定することがありうるとお思いになるのではないでしょうか。)
 では、どうして、これほども、水田稲作の到来を縄文人が歓迎したのでしょうか。

 「日本に水田が定着した大きな理由として、まずは農地としての優秀さが挙げられます。つまり、太陽エネルギーの変換率が非常に高いこと。現在の日本は外国からたくさんの食料を輸入していますが、江戸時代は完全に自給自足、つまり、国内の農地から生産されたものだけで約3000万人が暮らしていたわけです。江戸中期の農地面積は約300万haですから、1人あたり約10a(1反=約991.7m2)になります。同じ頃のヨーロッパでは、1人生きるのには1ha(1町=約99.17a)以上の農地が必要だったといわれています。日本では1haもあれば、10人分のエネルギー(カロリー)を得られたわけです。
 ヨーロッパは、小麦と牧畜による農耕文明でした。ところが、畑は地力が落ちるという問題が発生します。毎年、同じ作物を作り続けていると土の養分が欠乏し、病気も発生しやすくなります。このため、ヨーロッパでは三圃(さんぽ)式農業が定着しました。農地を三等分し,年ごとに違った土地に夏作物・冬作物・休閑地に割り当てる、つまり作物を作った農地は翌年休ませる必要があったのです。また、牧場も広い土地がないとできません。したがって、家族が生きていくためには数haの広い農地が要りました。
 ところが水田にはこの障害はありません。何百年でも連続して収穫できます。また、仏教によって肉食(四足の動物)が禁じられていたので、牧畜もなかったのです。 さらに、収穫量は、麦が1haあたり約3.5tであるのに対して、米は約5t。
 しかも、まいた種の量と収穫した量を比較すると、15世紀の頃、小麦は約5倍、これに対して稲は20倍以上もありました。現在、稲は130倍前後となりましたが、麦は24倍程度です。
 つまり、水田は、最も太陽エネルギーの変換率の高い農地であるということになります。
 日本は人口が多い割に農地が少ないのではなく、農地面積が少ない割に、水田のおかげで非常に多くの人口を養うことができたということなのです。」
http://www.maff.go.jp/kinki/seibi/midori/kagaku/03/19.html
 「種もみ一粒を播いて、何粒の収穫が得られるか、というのを「収穫倍率」と言うのですが、ヨーロッパの小麦は10世紀の時点で3倍、つまり1粒播いて3粒得られるのがやっと、というのが普通でした。14〜15世紀に入っても4〜5倍、16〜17世紀でやっと6〜7倍まで来て、10倍を超えるようになったのは何と19世紀に入ってからです。現在の倍率はヨーロッパで15〜16倍、アメリカで20〜25倍程度となっています。日本は何故かこの倍率が異常に高く、50倍を超えることも珍しくはないそうです。
 ちなみに、比較対象として日本の米を挙げると、奈良時代(8〜9世紀)の時点で7倍を超えていました。しかも、これは下級田の数値であり、上級田となると25倍を超えることも珍しくなかったそうです。現在の値は140倍ですが、これを同じ作付面積で較べると、米は小麦の2倍近い収穫量がある計算になります。」
http://homepage3.nifty.com/onion/labo/wheat.htm

 もうお分かりのように、水田稲作の到来は、土器との邂逅や幕末における蒸気船(蒸気機関)との邂逅に勝るとも劣らない、超ハイテクとの邂逅であり、縄文人は大喜びをし、弥生人を大歓迎したに違いない、と私は想像を逞しくしているのです。
 そのことは、以下からも分かります。

、「1石は・・・1,000合に相当する。1食に米1合、1日3合がおおむね成人一人の消費量とされているので、1石は成人1人が1年間に消費する量にほぼ等しいと見なされ、示準として換算されてきた(1000合/1日3合で333日分)。なお、面積を表す日本の単位である反は、元は米1石の収穫が上げられる田の面積として定義されたものであった」(コラム#6645(2013.12.20))

 つまり、このように、農地の面積が米の収量をベースに表示されるようになり、更には、米が貨幣として用いられるようになり(コラム#6821、6823、6839、6841(いずれも未公開))、前者についてはある意味では現在まで、後者については江戸時代まで、続くことになった、というのですからね。
 で、どんな化学反応が弥生人と縄文人との間で生じたかですが、弥生人は、先住の縄文人との間での厳しい戦いを覚悟して日本列島に到来したところ、もとより、若干の紛争の生起は避けられなかったでしょうが、基本的に、上述したように、水田稲作に瞠目した縄文人の大歓迎に会い、数において勝っていた縄文人と交流する過程で、縄文人の言葉を覚え、自らの人間主義性に目覚め、人間主義化して行ったと考えられるのであり、その一方で、縄文人の方は、弥生人をカミの係累として尊敬し、進んでその支配に服するとともに、初穂の形で、水田稲作の余剰の一部を税として弥生人に捧げるようになったと考えられるのです。
 こうして、縄文モードの基層と弥生モードの表層が組み合わされる形で弥生時代が始まります。
 弥生人は、出身地である支那との関係を維持し続けたと思われ、やがて、弥生時代は、意識的に支那の文物を継受しようとする、古墳時代/飛鳥時代/奈良時代・・私が言うところの拡大弥生時代・・へと移行し、日本は、表見的には支那化して行くわけです。

 ・その後の展開

 その拡大弥生時代は、平安時代(794年〜)に入ってから間もなく、838〜839年の遣唐使でもって唐との国家交流が事実上なくなった
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%A3%E5%94%90%E4%BD%BF
頃から、表層の本格的な縄文モード回帰が始まって第一次縄文モード入りして終焉を迎え、ここに日本史の第1回目のモード循環が完結するのです。
 その後のことはご承知の通りです。
 なお、第一次弥生モード(鎌倉、室町、安土桃山時代)と第二次縄文モード(江戸時代)については、それぞれ、コラムで詳細に論じているところです。

○終わりに

 冒頭で言及した、「敗戦を契機に戦前・戦中の日本が180度変わってしまったのはどうしてなのか」、という問いに対する解答は、改めてご説明するまでもないと思いますが、第二次弥生モードの明治・大正期を通じて継受にこれ努めたアングロサクソン文明が、日本で政治面でも経済面でも機能障害・・二大政党間の醜い政争/成金の出現、等・・を起こし、その程度が次第に深刻になって行ったことを背景として、昭和に入った頃から縄文モードへの回帰が始まったところ、支那情勢の混沌化、ロシアの赤露化、日英同盟の解消、世界大恐慌の波及、等、本来、弥生モード化を促すはずの国際情勢の下、国家総動員体制の構築に藉口して縄文モード化・・日本型政治経済体制の構築・・が進展し、敗戦を契機に、日本が一気に第三次縄文モード入りをしたから、というものです。
 私自身は、これ以外の解答は存在しないのではないかと思っているのですが、皆さん、いかがお考えでしょうか。
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 一人題名のない音楽会です。
 John Ogdonの2回目です。

 Ogdonの演奏が次々に新規アップされています。

Brahms Piano Concerto #2 B flat major Op 83(注) 指揮:John Barbirolli オケ:Halle Orchestra 前回紹介した#1よりは私が好きな曲であり、特に最終楽章は、時々美しいメロディが登場する。しかし、散漫だ。しかも、曲が全体として、とにかく、長過ぎる。
https://www.youtube.com/watch?v=OXG1qCpD7_Q

(注)「初期の作品であるピアノ協奏曲第1番<(前出)>より、22年の・・・後<の1881年に完成し>たピアノ協奏曲。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%82%A2%E3%83%8E%E5%8D%94%E5%A5%8F%E6%9B%B2%E7%AC%AC2%E7%95%AA_(%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%82%B9)

 コラム#6888で言及した、私がベートーベンの「あんまり好きじゃない」ソナタを彼が弾いているのも見つけたので、私の好み・・クラシック的歌謡曲ならぬ歌謡曲的クラシック・・を分かっていただくためにも、掲げておく。
 (なお、一番最初の部分が欠けている収録であるかのように誤解させるが、単にアップした人の表記ミス。)
Beethoven Hammerklavier Sonata - 1st Movt
https://www.youtube.com/watch?v=y7wUw-8PDVI
2nd Movt ←
https://www.youtube.com/watch?v=KYJeZMZR-NY
 3rd Movt 第3楽章に関してだけは、時々美しいメロディが登場する点では評価できるものの、楽章全体としては散漫。
https://www.youtube.com/watch?v=dhiZ6q7Xd5U
https://www.youtube.com/watch?v=O6M-8HUGFuY
4th Movt
https://www.youtube.com/watch?v=1kfJAJXliSA

Beethoven Moonlight Sonata 名曲中の名曲。ただし、Ogdonの第1楽章の演奏はいささか物足りない。また、致命的なことに第3楽章は二重録音!
https://www.youtube.com/watch?v=8Vyjk--rce0
 そこで、第3楽章だけをValentina Lisitsaの演奏でどうぞ。この楽章は、第1楽章を超える、ベートーベンのピアノ曲中の最高傑作だと思う。(彼女による同じ演奏の第1、2楽章のアクセス数と比較してみれば、それが私だけの見解ではないことが分かってもらえるかも。)
https://www.youtube.com/watch?v=zucBfXpCA6s

 そうしたら、驚いたのなんのって、Ogdonによる第3楽章だけがアップされたではないか。
https://www.youtube.com/watch?v=DOUjY6d818Q ←

Beethoven Sonata No. 3in C major Op. 2  これも私が弾いたことがあるソナタで佳品だ。素晴らしい演奏。私もまた弾いてみるかなあ。
https://www.youtube.com/watch?v=rop5wUjEjWA

(続く)