太田述正コラム#6645(2013.12.20)
<個人主義の起源(その4)>(2014.4.6公開)

 「この、自然権としての財産の概念についての議論は、土地を耕しておらず、また、恒久的な自作農場(homestead)を構築していないところの、<アメリカ>原住民<の土地を取り上げること>に対する<入植者達の>良心<のうずき、という問題>を解決した。」(A)

 「もし財産が、王の「単なる裁定(motion)」だけによってではなく、個人の努力によっても創造されるのであれば、」王の大権(royal prerogative)のライバルたる力を有するもう一つの権威(authority)が存在するし、それは誰もが保有している権威の一つ」<であるということになる、とリンクレイターは記す。>・・・
 <こうして、>土地の地方的性格(local identity)は、ある意味で消し去られた(stripped away)のだ。
 それは、今度は、土地を、市場性のある財産の一切れとして取り扱わうことを可能とし、抵当や他の法的諸手段(legal instruments)を通して金融化(financialization)することへと導いた。
 では、原住アメリカ人達と彼らの土地に対する権利については?
 以下が、ジョン・ウィンスロップがピルグリム達が原住アメリカ人達の土地を取り上げるのを正当化した方法だ。
 「ニューイングランドの原住民達については、彼らは、共有物たる土地を私用に供することがなく、また、それでもって土地を改善するために牛を飼うこともないので、これらの諸郷(countries)に対して自然権以外の権利を有さない。
 だから、使用するために十分な土地を彼らに残してやれば、我々は合法的にその残りを取り上げることができるところ、これは、彼らにとっても我々にとっても、十分過ぎる話<のはず>だ。」」(B)

→どうやら、リンクレイターの言う、土地に係る「自然権」とは「私用に供する」ことも「改善」されることもない土地に係る権利、土地に係る「市民権」とは「私用に供する」とともに「改善」されている土地に係る権利、をそれぞれ指しているようですね。(太田)

  (4)その世界史的意味

 「個人が所有する土地財産という概念が確立したあらゆる国において、そうなったことの見紛うことなき指標(indicator)を提供したのが、土地が計測(measure)される方法における変化だ。
 地面が人々<の生活>を支える能力に関して主として評価された(valued)ところの、地方化した(localized)小作人(peasant)経済においては、諸計測は、その土壌(soil)の肥沃度に応じて変化したが、それが農民が知る必要があった最も有用な指標(indication)を提供していた。
 世界のどこでも、収穫によって一つの家族を食わせるために蒔かなければならない籾(seed)の量が基本的でかつ恐らくは原始的な地面の計測単位を提供した。
 20世紀においてさえ、香港の隣の広東省の諸農地は、概ね4分の1ブッシェル(bushel)の米に概ね相当する「dou」<(注9)>でもって計測されたし、19世紀央に至るまで、ニューメキシコの土地は、小麦約2ブッシェルである「ファネガ(fanega)」でもって計算された。

 (注9)「容量単位;1‘斗’は1‘升’の10倍,10リットル」
http://cjjc.weblio.jp/content/

→リンクレイターが、支那と米国の例を出してイギリスの例を出していないことは、イギリスでは、昔から、土地の価値をそんな形で計測したことなどなかったからではないか、と勘繰りたくなる、というものです。
 ところで、同じ稲作地でも、日本の場合は産出量(石)で計測されたことはご存知の通りですが、これは世界的には例外に属す、ということなのでしょうか。
 ちなみに、「1石は・・・1,000合に相当する。1食に米1合、1日3合がおおむね成人一人の消費量とされているので、1石は成人1人が1年間に消費する量にほぼ等しいと見なされ、示準として換算されてきた(1000合/1日3合で333日分)。なお、面積を表す日本の単位である反は、元は米1石の収穫が上げられる田の面積として定義されたものであった」ということです。
 また、「石」は、本来、支那由来の質量の単位であって、「現在の中国でも使用されている」ところです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3_%28%E5%8D%98%E4%BD%8D%29 (太田)

 しかし、地方についての知識のない買い手達が参加する市場においては、客観的で不変の広さ(area)といった特性(quality)が、よそ者達(strangers)に異なった諸商品の価値を比較することを可能にした。
 すなわち、地方の有機的な(organic)諸単位に代わって、正確かつ不変の計測が出現したことが、土地に関する真の市場が形成されたことの一つの見紛うことなき指標なのだ。

(続く)