太田述正コラム#6583(2013.11.19)
<アングロサクソン・欧州文明対置論(その1)>(2014.3.6公開)

1 始めに

 私の持論であるところの、横井小楠コンセンサスの「復習」に引き続き、同じく私の持論であるところの、アングロサクソン・欧州文明対置論の「復習」をしようと思います。
 その叩き台として用いるのは、ダニエル・ハンナン(Daniel Hannan)の『自由の発明--いかに英語をしゃべる人々が近代世界をつくったか(Inventing Freedom: How the English-Speaking Peoples Made the Modern World)』です。
 ハンナンは、英米を一括りにしている点でこそ私と見解が異なるものの、その他の点では、殆んど私と見解が一致しており、イギリス人のホンネを概ね吐露している、と考えられることから、叩き台としてうってつけであると思った次第です。

A:http://www.liveleak.com/view?i=802_1381285676
(11月16日アクセス(以下同じ)。著者によるコラム(以下同じ))
B:http://blogs.telegraph.co.uk/news/danielhannan/100224767/why-all-britons-should-celebrate-the-american-declaration-of-independence/
C:http://www.catholicherald.co.uk/commentandblogs/2013/11/12/what-drove-english-and-american-anti-catholicism-a-fear-that-it-threatened-freedom/
D:http://online.wsj.com/news/articles/SB10001424052702303289904579195922823363280
E:http://standpointmag.co.uk/node/5101/full
(書評)

 上掲の典拠群を一瞥すればお分かりのように、この本について、(まだ出版されていないということもあり、)書評が殆んど出ていないというのに、どちらも保守系であるところの、英デイリー・テレグラフ紙・・英国の非タブロイド新聞で最も発行部数が多い・・
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A4%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%86%E3%83%AC%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%95
や、米WSJ紙・・米国で最も発行部数の大きい新聞(しかも経済紙)・・
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%83%AB
という、英米の主要メガ・メディアが、著者自身によるこの本の宣伝コラムを掲載する、という破格の扱いをしていることは注目されます。
 ちなみに、ハンナンは、1971年にペルーのリマでスコットランド人の母親と北アイルランドのカトリック教徒の父との間に生まれた、オックスフォード大卒の、英国のジャーナリスト、著述家、政治家(欧州議会の英保守党議員)であり、英仏西の3カ国語に堪能である、という人物です。
http://en.wikipedia.org/wiki/Daniel_Hannan

2 ハンナンのアングロサクソン・欧州文明対置論

 (1)序

 「1941年8月にフランクリン・デラノ・ローズベルトとウィンストン・チャーチルがニューファウンドランド島沖の英戦艦プリンス・オブ・ウェールズの甲板で会った時、ナチスと共産主義者の両者に「頽廃したアングロサクソン的資本主義」と呼ばれたものが勝利するのが何か必然的なことである、と信じている者は誰もいなかった。
 彼らが、それを「頽廃的」と呼んだことには理由があった。
 ユーラシア大陸全域において、自由と民主主義は専制主義(authoritarianism)・・これぞ来るべき勢力であると当時考えられていた・・に対して劣勢に陥っていた<からだ>。
 <しかも、>欧州諸国のうちの少数こそ、その議会諸制度が侵攻者達によって覆されたが、それよりはるかに多くの諸国が、占領される必要なく、自分達自身によって専制へと転換していた<ときていた>。
 オーストリア、ブルガリア、エストニア、ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、イタリア、ラトヴィア、リトアニア、ポーランド、ポルトガル、ルーマニア、スペインがそうだ。・・・
 我々は、しばしば、自由民主主義的諸価値の短縮形として「欧米(Western)」という言葉を用いるが、我々はまことに礼儀正しい(polite)次第だ。
 我々がそれでもって<真に>意味するところは、英米的政府制度(Anglo-American system of government)を採用した諸国なのである<からだ>。
 <また、そもそも、>「欧米」諸価値の普及(spread)は、実際には、アングロサクソン圏(Anglesphere)による一連の軍事的諸勝利<によってなされたの>だった。」(D)

→後で詳しく取り上げますが、ハンナンの、ひいてはイギリス人の、欧州に対する嫌悪感が直截的に表現されています。(太田)

 「1938年にウィンストン・チャーチルいわく、「文明(Civilization<(大文字であることに注意(太田)。)>」<とは>・・・何ぞや?
 それは、文民達(civilians)の意見に立脚した社会を意味する。
 それは、暴力による、戦士達や専制的(despotic)首長達による、諸基地と戦争の諸条件による、そして、暴動と専制(tyranny)による、統治が、諸法がつくられる諸議会と、これら諸法が長期間にわたって維持されるところの独立した正義の諸法廷(independent courts of justice)、によって置き換えられることを意味する。
 これぞ文明なのであって、その土壌の中で継続的に、自由、慰安、そして文化が育つ。
 文明が君臨する(reign)場合には、いかなる国においても、より広範でよりハラスメントなき生活が大衆に与えられる。
 過去の諸伝統が抱懐され、昔の賢人達ないし勇者(valiant)達から遺言として譲られた遺産(inheritance bequeathed)は全員によって享受され活用される豊かな財産(estate)となる」と。」(A)

→文明を大文字で書いたということは、チャーチルが、文明とは(大文字の文明であるところの、)アングロサクソン文明であると考えていた、ということです。
 より端的に言えば、アングロサクソン以外には、古今東西、文明の域に達した国または地域はない、従って、アングロサクソン以外は全て野蛮(非文明)である、と彼は考えていた、ということです。
 しつこいようですが、これは、全くもってチャーチルとせいぜいハンナンの特異な考えではないのであって、チャーチルもハンナンもイギリス人の大部分が共有しているホンネを代弁しているだけなのです。(太田)

(続く)