太田述正コラム#6519(2013.10.18)
<大英帝国の終焉と英諜報機関(その1)>(2014.2.2公開)

1 始めに

 カルダー・ウォルトン(Calder Walton)の『秘密の帝国--英国の諜報、冷戦、そして帝国の黄昏(Empire of Secrets: British Intelligence, the Cold War and the Twilight of Empire)』の書評がようやく英国で出揃った感があるので、大英帝国の終焉、及び定評ある英国の諜報能力、のどちらにも強い関心のある私としては、書評群をもとにこの本の概要を紹介し、コメントを付さざるべからず、と考えました。

A:http://www.ft.com/intl/cms/s/2/c270de0c-6ed0-11e2-9ded-00144feab49a.html#axzz2KN5A37NI
(2月9日アクセス)
B:http://www.theguardian.com/books/2013/jan/31/empire-secrets-calder-walton-review(10月17日アクセス)
C:http://www.telegraph.co.uk/culture/books/non_fictionreviews/9887994/Empire-of-Secrets-by-Calder-Walton-review.html
D:http://www.scotsman.com/lifestyle/books/book-review-empire-of-secrets-british-intelligence-the-cold-war-and-the-twilight-of-empire-by-calder-walton-1-2806078Ehttp://www.historyextra.com/book-review/empire-secrets-british-intelligence-cold-war-and-twilight-europe
F:http://www.spectator.co.uk/books/8852061/hasty-exit-strategy/
G:http://www.publishersweekly.com/978-1-4683-0715-3

 なお、ウォルトンは、ケンブリッジ大学で博士号を取得した、法廷弁護士にして諜報史家です。
http://www.calderwalton.com/

2 大英帝国の終焉と英諜報機関

 (1)序

 「10年ほど前に、大英帝国、その消滅(demise)、そして遺産を巡る議論の反対の極の二冊の本が出現した。
 歴史家のニオール・ファーガソン(Niall Ferguson)<(コラム#125、207〜212、738、828、855、880、905、914、967、1053、1202、1433、1436、1469、1492、1507、1691、3129、3379、4123、4207、4209.4313、4870、5081、5087、5116、5125、5162、5291、5300、5314、5530、5546、5675、5677、5687、5907、5942、5950、5991、5993、6191、6257、6277)>による一冊は、帝国的事業のチアリーダー<とでも呼ぶべきもの>であり、いかに英国が近代世界を創ったか(How Britain Made the Modern World)、という副題が付いている。
 彼が諸業績と見るものを列挙するだけでなく、ファーガソンは、帝国でもって、英国は全球的「自由主義的」資本主義を創建し、果実が熟した時に利他的にその諸領域から引き揚げた、と断定した。
 もう一冊の本である、文学と社会学の教授のポール・ギルロイ(Paul Gilroy)<(注1)>による『帝国の後(After Empire)』は、とりわけ、奴隷制、残虐行為、そして植民地的倨傲の上に構築された帝国の長引く諸影響を考慮に入れ、自分自身と対決するまでは、そして対決しない限りは、我が英国は、うつろな「鬱病(melancholia)」に罹るべく運命づけられている、と挑んだ。

 (注1)1956年〜。「両親はガイアナ人とイギリス人。・・・キングス・カレッジ・ロンドン教授。大西洋岸各地に四散した黒人文化(ブラック・アトランティック・ディアスポリック・カルチャー, en:Black Atlantic diasporic culture)を総合的に研究している。」サセックス大卒、バーミンガム大博士。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AE%E3%83%AB%E3%83%AD%E3%82%A4
http://en.wikipedia.org/wiki/Paul_Gilroy

→ファーガソンは、大英帝国の瓦解が、事実上、日本によってなされたことから目を背けています。
 また、ここで言及されている二冊の本を読んでいないという留保付きで言えば、ファーガソン、ギルロイ両名に共通する問題点は、二人とも、英国の植民地統治を、欧州諸国や米国の植民地統治、より重要なことは日本の植民地統治と比較する視点がないように見えることです。(太田)

 失われた偉大さを回復しようとする病理的願望が、(イラクとアフガニスタンにおける戦争のように、)終わることなき、かつぞっとするところの、帝国の木魂群をもたらしている、と。・・・
 ウォルトンは、世界の4分の1にその統治を押し付ける英国の権利について説教じみたスタンスはとらず、<大英>帝国領を事実として受け止め、それを、ローマを超える、「世界史上最も偉大な帝国」と呼ぶ。」(B)

 「ウォルトンの真剣な意図は、枢要なことに冷戦と時期的に一致したところの、非植民地化(decolonisation)の時代を通じての<英>諜報諸機関の諸活動を精査することだ。」(D)

 (2)手法

 「<英国の国外諜報機関である>MI6が公に存在を認められたのは、実に1994年のことだ。
 (<英国の国内諜報機関である>MI5は、その5年前に存在を認められていた。)・・・
 ケイス・ジェフリー(Keith Jeffery)<(注2)>の公認(authorised)MI6史は、2010年に出版されたが、<開示がなされたMI6秘文書の対象年の最後である>1949年までで口ごもって終わっている。・・・

 (注2)軍事を中心とする近代英国史、近代大英帝国史、近代アイルランド史の北アイルランド出身の歴史家。ケンブリッジ大卒、同大修士・博士。MI6史のタイトルは、'The Defence of the Realm: The Authorized History of MI5'
http://en.wikipedia.org/wiki/Keith_Jeffery

 ウォルトンは、1950年代のマウマウ団の蜂起の際に英国によって実行された諸虐待について法的救済を求める何名かの年配のケニア人達によって助けられた。
 裁判所による諸命令の結果、英国政府は、昨年、植民地における諜報諸活動に係る、最も機微にわたる、これまで知られていなかった文書綴り群が保管されていた、[バッキンガムシャー州の](ミルトン・ケインズ(Milton Keynes)近くのハンスロープ・パーク(Hanslope Park)にある秘密外務省施設の文書群の開示を強いられた。
 これまでのところ、その全部が公開されたわけではないが、ウォルトンは、既に得られたものを見事に駆使してきた。」(C)([]内はE)

 「開示されたばかりの数少ない資料群も用いているが、一般に、彼の作業は、国立文書館(National Archives)で前から入手可能であった物に立脚している。
 にもかかわらず、彼は、諜報の物語は、大英帝国の解体(disposal)の深く研究されてきた過程における、偉大なる書かれざる分野(dimension)であった、と主張する。」(D)

 「この本・・・の核心部分は、<上出秘密文書開示より前に書かれた>ウォルトンのケンブリッジでの博士論文だ。」(E)

(続く)