太田述正コラム#6678(2014.1.6)
<皆さんとディスカッション(続x2135)>

<太田>(ツイッターより)

 しばしば太田コラムに登場しているジョン・グレイが、自分は無宗教者だが、宗教は異教徒等を殺し自分達自身をも殺してきたが、宣教する宗教は特にそうだったと指摘<し>ている。
http://www.bbc.co.uk/news/magazine-25561810
 全く同感だ。
 だから神道は素晴らしいし、葬式仏教化した日本の仏教も悪くない。

 「米への失望禁じ得ず…」
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140106/plc14010603160002-n1.htm
 失望?
 桜井<(櫻井)>さん、これまで、どの面下げて靖国に祀られている(そのうち大部分が米国に殺されたと言ってよい)先の大戦に斃れた兵士達に貴女は向き合ってきたのよ?
 その愚かさに中共とオバマが痺れを切らしたのさ。

<YT>

< ≫それでも、米国人になりたい輩がいる!≪(コラム#6676。太田)>

 家族帯同で駐米経験のある私の感覚では、教育環境と医療環境を知れば、アメリカに永住するなんて愚かな決断ですよ。
 教育環境はコネがなければ上には行けないし、上に行くとしても相当の教育費を覚悟しなければなけない。
 (アメリカでは学歴なしでも成功できるなんて神話です。)
 医療環境もコネで、一般の保険と公共の病院だったら、交通事故にあっても救急車すら乗れません。乗れても相当額の請求書がきます。
 不思議なことにアメリカ人と日本のマスコミは、アメリカの教育と医療は世界一なんて神話を信じているんですよ。
 留学とかバックパッカーとか、企業の単身赴任とか、日本で教育課程をほぼ修了した健康な若者が単身で渡ってもアメリカの本質は見えてきません。

<べじたん>

 あけましておめでとうございます。

 <太田さんのコラム#6674、6676でのご質問についてですが、>初出はコラム#3399(2009.7.16)のようですね。

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コラム#3399(2009.7.16)<文明的とは何ぞや(その3)>

3 終わりに
 アームストロングの指摘は、我々日本人にとっては、とりわけ傾聴させるものがあります。
 日本は、人間主義社会であって、また、茶道を初め<と>して日常的なありとあらゆるものが「道」にまで高められているという意味で、最も文明的な社会である、と彼は示唆しているとも言えるでしょう。
 その一方で、米国的なポップ・カルチャーに対して彼は実に辛辣です。
 イギリス人は、世界で一番日本の理解者である、という私のかねてよりの指摘の通りだ、と思われた方もおられるのではないでしょうか。
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 ただ、↓の通り、太田さん自身は2010年頃までは、文明度で「日>英」とは必ずしも考えてはいなかったようです。

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コラム#4433(2010.12.13)<皆さんとディスカッション(続x1043)>

 私の仮説はこうだ。
 イギリスや日本のような人間(じんかん)主義的な社会では、人々は、特定の宗教団体(イデオロギー団体を含む)に入らなくても人的ネットワークをつくることができ、幸せになれるのに対し、欧州、中東といった非人間主義的な社会ではそうは問屋がおろさないってこと。
 その根拠は、例えば本日の記事中の記述の裏付けとなっているところの、諸実験ないし統計だ。↓

 ・・・it is not really going to church and listening to sermons or praying that makes people happier, but making church-based friends and building intimate social networks there.
 The results support the idea that friends and acquaintances can have a powerful, even contagious effect on our health. ・・・
http://healthland.time.com/2010/12/12/religions-secret-to-happiness-its-friends-not-faith/

 悩ましいのは、欧州や中東の人々が、特定の宗教団体に入って人的ネットワークを形成し、幸せになったとしても、その宗教団体が原理主義的なものであった場合、政治的・社会的問題を国(地域)内外で引き起こし、それに構成員も巻き込まれ、(迫害したり殺したりして他者を不幸にしたり、他者から)自分が迫害を受けたり殺されたりして不幸になったりする場合があるってこと
 イギリス人や日本人は、そういうけったいな不幸を味わわせたり味わったりすることを、基本的に免れているわけだ。
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 日>英と書くようになったきっかけは、太田さん自身に振り返って頂くとして、私が思いつくのは、震災と英国暴動事件ですかね。

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コラム#4933(2011.8.16)<皆さんとディスカッション(続x1295)>

 私は、コラム#4770で、「私は、かねてより、イギリス社会の凝集性(安定性)はその大昔から受け継がれてきた、コモンローの存在によって担保されていると指摘してきたところ、比較的最近、これに加えて、イギリス人の間における同情(sympathy)心の遍在性も指摘するようになっているわけですが、この同情心が、どのような場でどのようにイギリス人に注入されるのかを、今後究明する必要がありそうです。」と記したところだが、私がこれを究明しきる前に、イギリス人の「同情心」が薄れ、社会の凝集性(安定性)が損なわれるに至っちゃった・・「階層」が「階級」化しつつある・・、ということのようだね。
 私のとりあえずの仮説を述べておこう。
 「同情心」の源泉であったところの、イギリスのエリートが備えていた、「中世」における「騎士」性、「近代」以降における「紳士」性・・シリーズ「イギリスと騎士道」(未公開)参照・・、が失われたためじゃないかな。
 そして、それがどうして失われたのかだけど、エリートが、「騎士/紳士」性を発揮する見返りとして、昔はフランスから有形無形の収奪をするという、また、百年戦争敗退後は植民地から有形無形の収奪をするという、見返りが期待できたところ、戦後、大英帝国が瓦解したために、もはや見返りが期待できなくなったこと、が、エリートの堕落、劣化・・騎士/紳士性の放擲・・をもたらした、ってことじゃないかな。
 そうだとすると、エリートの「同情心」をあてにできなくなったところの、非エリートもまた堕落、劣化するのは必然だ、ということにもなる。
 イギリスは、裸の個人主義社会、すなわち、非人間主義社会へと暗転的変貌を遂げてしまった、というわけだ。
 ゴールディングやバージェスらのイギリス人の気鋭の小説家は、戦後まだそれほど時間が経っていない時に、既に、イギリスがこうなることを予見していた、ということになるのかもしれない。
 こう考えてくると、イギリス・・英国じゃ、必ずしもないよ・・は、出口なしの未曾有の深刻な状況に直面している、と思った方がよさそうだ。
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 文明度を人間主義度で言い換えて、日>英と明記したのは、#5065(2011.10.21)が初めてではないですか。(文明度が上から順に、とこそ書いていませんが、普通は、上から順だと読みますから。)

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コラム#5061(2011.10.19)<過去・現在・未来(続x25)>

→「日本文明とアングロサクソン文明」以外の地(含む、できそこないアングロサクソン文明の米国)では、人間に本来備わっている共感能力(=人間主義)が抑圧されてしまっている。
 すなわち、共感能力は、このような地においては、欧米では、主として個人対個人のレベルでしか顕現せず、また、支那では、主として個人対「一族(疑似一族を含む)(一族に属する自分以外の個人を含む)」のレベルでしか顕現しない、と解したらどうだろう。
 かつまた、共感能力は、日本文明の地(すなわち日本)においては、個人対「日本を含むあらゆる社会」のレベルでも顕現するの対し、アングロサクソン文明の地においては、個人対「アングロサクソン文明の地」のレベルでの顕現までにとどまる、と解したらどうだろう。(太田)


コラム#5065(2011.10.21)<皆さんとディスカッション(続x1356)>

 世界各地における人間主義の発現形態について、私の抱いているイメージを再整理して提示しておこう。
 過激なエスノセントリズムだとぶったたかれそうだが、異論あらば、どしどしどうぞ。

・日本(=人間主義社会)
 :対個人の人間主義→全動植物の個体が対象。
 :対社会の人間主義→世界各地のすべての社会及び自然環境が対象。

・アングロサクソン(=人間主義的社会)
 :対個人の人間主義→全人類が対象。
 :対社会の人間主義→世界各地のアングロサクソン社会のみが対象。

・米国と欧州(=非人間主義社会)
 :対個人の人間主義→全人類が対象。(ただし、つい最近まで、自分の社会の支配的人種ないし支配的階級に属す個人のみが対象)
 :対社会の人間主義→自分の社会のみが対象 (ただし、つい最近まで、自分の社会の支配的人種ないし支配的階級のみが対象)

・支那等(=反人間主義社会)
 :対個人の人間主義→自分の一族(疑似的一族を含む)に属す個人のみが対象。
 :対社会の人間主義→自分の一族(同上)のみが対象。
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<太田>

 福岡オフ会での「講演」や、本日から有料読者向けに連載を開始する予定の「またもや人間主義について」コラムシリーズと密接に関係している事柄であり、いつもながらのご助力、ありがとうございます。

<べじたん>

≫<中共当局の>こんな凄まじい対日政策の大転換をほぼ見落としていた私の当時の未熟さには、まことに忸怩たるものがあります。≪(コラム#6665。太田)

 <当時って太田サンが中共訪問された頃ですが、>どういう経緯で招かれたのですか?英国防大学の同期の推薦とか?
 こういう外国人との意見交換は毎年何人くらいされ、その中で日本人は何人くらいなのか検討がつきますか?

コラム#35(2002.5.25) <北京でのやりとり>
3 日本の「自立」
中国側:太田さんは日本が集団的自衛権を行使すべきだという考えのようだが、米国の言いなりになって海外派兵をさせられることになるのではないか。

太田:拙著をお読みになれば、私が日本の米国からの自立、米国の保護国状況からの「独立」を主張していることがお分かりいただけるはずだ。
 戦後一貫して日本は文字通り米国の言いなりになってきたのであって、あらゆる分野で米国の世界戦略の一翼を担わされてきたと言える。一例を挙げれば、冷戦期には自衛隊は、米国によるソ連極東部への侵攻作戦計画に全面的にコミットさせられていた。
 中国にとって、米国の保護国たる日本と自立した日本のいずれがより好ましいかということだ。よくよくお考えいただきたい。なお、私は日本非核武装論者であることを申し添える。

<太田>

 昔で言う大陸浪人的な日本人が間に入っているのですが、基本的には先方からお誘いがあり、1回目はこの大陸浪人におんぶにだっこで北京を訪問し、2回目は先方の招待で北京に行ったという経緯です。
 私の英国防大学の同期の軍人のZB君が、そこにからんでいたのかどうかは定かではありません。
 まあ、今にして思えば、米国からの「自立」を叫んだ私に中共当局が関心を抱いたということだったのでしょうね。
 しかし、私が強固な反中共であることが分かって彼らの関心が冷めて現在に至っている、と思われます。
 ひょっとして、私が核武装論者ではないこともお気に召さなかったかも(?!)。

 後の方のご質問については、私は国内についても国外についても、情報源はもっぱらネットの公開情報である、とご承知おきください。


 それでは、その他の記事の紹介です。

 今年の大河にちなんだ産経のシリーズ、人間主義者、黒田官兵衛を描いて面白い。↓
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/140101/wlf14010118010021-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/140102/wlf14010207010000-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/140104/wlf14010407010003-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/140105/wlf14010512010014-n1.htm

 「インチキ右」を墓まで持って行く中曽根かな。↓

 「集団的自衛権:中曽根元首相「今の情勢で行使の必要ない」…」
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2014/01/06/2014010601035.html

 金正恩の叔母で、故金正日総書記の妹に当たる金敬姫(67)・・夫は処刑された張成沢・・の病死ないし自殺説が流れている。↓
http://english.chosun.com/site/data/html_dir/2014/01/06/2014010600689.html
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太田述正コラム#6679(2014.1.6)
<またもや人間主義について(その1)>

→非公開