太田述正コラム#6445(2013.9.11)
<啓蒙主義と人間主義(その1)>(2013.12.27公開)

1 始めに

 「駄作歴史学史書の効用」シリーズ(コラム#2454、2456、2458、2461)でさんざんコケにした、アンソニー・パグデン(Anthony Pagden)が新著『啓蒙主義--どうしてまだ重要なのか(The Enlightenment: And Why It Still Matters)』を上梓し、今回は一流メディアもこの本の書評を掲載しているということもあり、その概要を書評群をもとにご紹介し、私のコメントを付したいと思います。 
 ただし、今回は、彼をコケにすることが目的ではなく、前回と違って、結果的に、パグデンが、彼の、というよりイギリス人のホンネに近いことを示唆しており、そのことを通じて、私のかねてからの主張であるところの、アングロサクソン文明が、世界の諸文明の中で、日本文明ほどではないけれどそれに次いで人間主義的な文明であることが、改めて浮き彫りになってくるからです。

A:http://www.washingtonpost.com/opinions/the-enlightenment-and-why-it-still-matters-by-anthony-pagden/2013/07/11/aa10e44c-ab75-11e2-b6fd-ba6f5f26d70e_story.html
(7月13日アクセス)
B:http://www.guardian.co.uk/books/2013/jul/24/enlightenment-why-still-matters-pagden-review
(7月25日アクセス)
C:http://kenanmalik.wordpress.com/2013/05/30/the-enlightenment-and-why-it-still-matters/ →independent
D:http://www.independent.co.uk/arts-entertainment/books/reviews/book-review-the-enlightenment-and-why-it-still-matters-by-anthony-pagden-8679012.html
(9月7日アクセス。以下同じ)
E:http://www.telegraph.co.uk/culture/books/historybookreviews/10172233/The-Enlightenment-by-Anthony-Pagden-review.html
F:http://www.prospectmagazine.co.uk/magazine/the-enlightenment-and-why-it-still-matters-anthony-pagden-review/#.UisYesZdCQk
G:http://www.heraldscotland.com/books-poetry/reviews/anthony-pagden-the-enlightenment-and-why-it-still-matters-oxford-university-press.21080349
H:http://persistentenlightenment.wordpress.com/2013/06/12/whose-buttock-which-enlightenment-thoughts-on-anthony-pagdens-the-enlightenment-and-why-it-still-matters/
I:http://online.wsj.com/article/SB10001424127887323469804578524062699945702.html

 今回、せっかく読んだものの、使用しなかった駄書評群も掲げておきましょう。(いずれも9月7日アクセス)↓
http://persistentenlightenment.wordpress.com/2013/05/15/revisiting-the-enlightenment-project-inspired-by-anthony-pagden-and-armed-with-some-ngrams/
http://www.historyextra.com/book-review/enlightenment-and-why-it-still-matters
http://fictionfanblog.wordpress.com/2013/08/01/the-enlightenment-and-why-it-still-matters-by-anthony-pagden-2/

 パグデン・・或いはパッジェンと読むのかもしれない・・は、現在、米カリフォルニア大ロサンゼルス校の政治学と歴史学の教授です。(G)
 彼は、チリ、ロンドン、そしてオックスフォードで教育を受け、これまで、英国、欧州、及び米国の最一流大学の政治学や哲学の学科で教鞭を執ってきました。
 また、彼は、これまでの著作で、西欧の諸帝国主義、諸移民、諸イデオロギーを取り上げてきました。(F)

2 啓蒙主義と人間主義

 (1)序

「歴史家達は、啓蒙主義は欧州全域にわたる運動なのか、それとも異なった諸国における異なった知的冒険群を一括りにしたもの(set)なのかを問う。
 <パグデンに言わせれば、>スコットランドが啓蒙思想の中心であって、アダム・スミス(Adam Smith)とデーヴィッド・ヒューム(David Hume)がそのリストの主役(star)なのだが、啓蒙主義についての大衆の理解は、その中心がヴォルテール、ルソー、そしてディドロのフランスである、というものだ。
 <また、>それとは対照的に、知識人にとっては、啓蒙主義は、欧州全域にわたる出来事であって、我々が宗教的迷信を放棄し、理性の光の中へと大胆に前進した瞬間を画すものなのだ。
 <その結果、>我々全員は今や世俗主義者になった、ということらしいのだ。」(I)

 「<もとより、このほか、>啓蒙主義は、パリとスコットランドだけに立脚しているのではなく、イタリア、ポーランド、そして欧州の辺境にも立脚している<、という考えもある。>」(F)

→太田コラムを読み込んでおられる方なら想像できるのではないかと思いますが、私見では、イギリスは、その歴史が始まって以来、啓蒙主義社会であったのであり、スコットランド人のアダム・スミスやヒュームは、スコットランドがイギリスの隣国であると同時にイギリスと同一の国でもある、という立場を生かして、啓蒙主義イギリス社会を理念型的に素描することに成功したのに対し、イギリスの単なる隣国であったフランスでは、ヴォルテール、ルソー、ディドロらが先進社会たる啓蒙主義イギリス社会を誤解・曲解的に模範視したところ、その他の啓蒙主義者達は無視しうる、ということです。
 これで話が終わってしまいそうですが、そこを堪えて、とにかく続けましょう。(太田)

 (2)アクィナスとホッブス--啓蒙主義の観点から 

 「パグデンは、啓蒙主義が、アクィナスとホッブスという二人の幽霊との戦いを通じて発展したことを示唆する。
 12世紀に、キリスト教神学をアリストテレス哲学と結びつける(marry)ことによって道徳的かつ社会的思想の新しい基盤を創造したのがトマス・アクィナス(Thomas Aquinas)だった。
 アクィナスにしてみれば、道徳性と社会は、人間が神の被造物であって、社会的存在として創造されたことを認めることによってしか、理解できないのだ。」(D)

 (3)ホッブス--最初のアクィナス批判者

 「スコラ主義(Scholasticism)・・トマス(Thomist)<(=トマス・アクィナス(太田))>主義者の諸観念がそう呼ばれるようになったもの・・は、17世紀には崩壊し始めた。
 神ではないとしたら、一体誰が社会的かつ道徳的秩序を維持するのだ<、ということを人々が問い始めたのだ>。
 <この問いに対して>一つの答えを提供した最初の人達のうちの一人がイギリスの哲学者のトマス・ホッブス(Thomas Hobbes)だ。
 彼は、人間は、自利によって操縦されるところの、生来的に非社会的で利己的な存在である、と執拗に主張した。
 自然状態では、人間は<相互に>恒常的に戦争していた<、というのだ>。
 <これではたまらぬと、>平和と保護を見出すため、諸個人は、「社会契約」を打ち立て、秩序を維持するために絶対的権威のある中心的権力に自分達の自由を譲り渡した<、と>。
 協力ではなく、恐怖が、人間をして社会を打ち立てさせた<、というわけだ>。」(D)

 「パグデンの物語は、啓蒙主義が自らを<神に>代わりつつあると見やるところの、世界から始まる。
 17世紀の偉大な思想家である、ニュートン、デカルト、ホッブス、そしてロックは、<それまで、>人間の心(mind)は、神によって与えられた、所与の(innate)諸観念でもって配線(hardwire)されているとしていたところ(God-given)の、大学群におけるスコラ主義を破壊し、それを、神ではなくて帰納的経験(empirical experience)と自利(self-interest)に依存する人間の本性(human nature)という説明(account)によって置き換えた。」(F)

→ここでは、ホッブスとともに、更に3人の名前があがっていますが、ホッブスを含め、4人中3人がイギリス人であることにご注意ください。
 主として自然科学者であったニュートン
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%B6%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B3
まで、パグデンがここで持ち出す必要はなかったと思いますが、ここから、啓蒙主義は実はイギリス生来のものなのだというパグデンのホンネが見え隠れします。
 なお、フランス人のデカルトはバグデンのイギリス至上主義を韜晦するために登場させられた刺身のつま、といったところでしょう。(太田)

(続く)