太田述正コラム#6435(2013.9.6)
<日支戦争をどう見るか(その44)>(2013.12.22公開)

 (5)英国の位置づけ

 今まで縷々述べてきた、日支戦争/太平洋戦争の構図の中に一度も登場しなかった英国について、取り上げるのをもう少しで忘れるところでした。
 英国は、米国と日本の同床異夢的かつ意図せざる「協力」によってこの戦争、ひいては第二次世界大戦全体における実質的な敗者となりました。
 第二次世界大戦の終結とほぼ同時に、英国は、名実ともに、米国に、全球的覇権国の地位を奪取され、また、日本の緒戦の勝利に由来するところの大英帝国の過早な瓦解の不可避性を自覚させられます。
 英国は、欧州大陸における地域覇権国の出現を防止する、という目的すら、戦後のソ連による東欧支配によって、達成したとは言い難いものがあります。
 ところが、英国の指導層は、このように、自国が実質的に敗北した、という事実を直視することを怠ったまま、現在まで荏苒、年月を送ってきてしまいました。
 ここからは、「敗戦」の最高責任者たるチャーチルを根底的に批判する、という発想など生まれようもありません。
チャーチルの根本的な誤りは、日支戦争を太平洋戦争に転化させることで、第二次世界大戦に米国を参戦させるという、謀略的な戦略を追求したところにあります。
 もとより、前任のネヴィル・チェンバレン首相の時に、勃発した日支戦争に対して、英国は既に米国とともに蒋介石政権寄りの不適切な姿勢をとっていたわけですが、そのことと、チャーチルのように、日本に英米を攻撃させる謀略を積極的に推進することととは全く次元が異なります。
 というのも、これは、英国にとって、三重の意味で、著しく非論理的な戦略であったからです。
 第一に、日本が英国だけを攻撃しておれば米国を巻き込むことはできなかったことはさておき、日本が英米両国を攻撃したことで、結果的に日支戦争を太平洋戦争に転化させることには成功したけれど、条約上参戦義務のないドイツが米国に宣戦する保証、つまりは、米国を第二次世界大戦に参戦させる保証、など全くなかったからです。
 第二に、これは本「日支戦争をどう見るか」シリーズでの考察のたまものですが、少し前に(コラム6403で)、「日支戦争/太平洋戦争は、全球的覇権国化という妄想的な目的を抱いた米国が、ローズベルトを首魁として米国の指導者間で共同謀議を行いつつ、発動し、戦争犯罪を繰り返しながら遂行することによって、その目的を達成したところの、米国が率いる、キリスト教的(双極性障害的・産業)文明と日本本土が率いる人間主義的(尋常的・プレ/ポスト産業)文明との間の、空前絶後の規模で闘われた、文明の衝突たる戦争であった」と記したところ、自然宗教的かつ反産業的志向の強い文明を持つ英国にとっては、アングロサクソン文明と親和性のある人間主義文明を持つ日本に与するのが自然であるにもかかわらず、本来相容れないはずの、「キリスト教的(双極性障害的・産業)文明」を共通して持つ蒋介石政権/中国共産党・米国・ソ連陣営側に与することなど、ありうべからざる逸脱行為であったからです。
 第三に、そもそも、チャーチルは大英帝国の維持を至上命題としていたというのに、彼が大英帝国の人的物的資源を総動員してドイツの欧州制覇を阻止しようとしたこと、(しかも、あろうことか、この戦略を独ソ戦争が始まってからも維持したこと、)自体が大いなる矛盾でした。
 なぜならば、英国は、当時、欧州(、しかもその辺境)に、クレタ島、マルタ島、そしてジブラルタルといった微々たる領土しか持っていなかったからです。 
 こんな、著しく非論理的で妄想的な戦略をチャーチルが推進したのは、たまたま、英国にとっては悲劇的にも、チャーチル(一人)が双極性障害的どころかれっきとした双極性障害者であったからこそでしょう。
 国の大半が双極性障害的であった米国の最高指導者のローズベルトらが抱いた妄想は、チャーチルの妄想に乗っかることで、たまたま米国にとっての僥倖が重なってまぐれ当たり的に実現したけれど、英国の最高指導者のチャーチルが抱いた妄想は、妄想なるが故に、ほぼ論理必然的に、惨めな「敗北」を英国にもたらした、ということです。

6 エピローグ

 (1)いまだに無明を彷徨う米国

 「昔、英国の歴史家かつ戦略家であったB・H・リデル・ハート(B.H. Liddell Hart)<(コラム#2852、3852)>は、戦争の目的は、「よりよい平和状況(better state of peace)」を生み出すことであるべきだ、と指摘した。・・・
米国の国家形成(nation-building)諸作戦<について、>・・・、退役米陸軍中佐のジョン・ネイグル(John Nagl)<(注83)>は、イラクとアフガニスタンにおける米国の戦争も、またこのタイプの将来の米国の戦争も、「不満足な(unsatisfying)戦争」たらざるをえない、とした。

 (注83)1966年〜。米陸士卒。ローズ奨学生としてオックスフォード大に留学し修士号をとり、軍務を経て再びオックスフォード大で今度は(対ゲリラ戦(counterinsurgency)に係る)博士号を取得。そして、米陸軍指揮幕僚大学卒。2008年に大佐に昇任しなかったことを契機に退役。昇任対象から外されたことについては、すぐ後に出てくるところの、米国が、イラク戦、アフガニスタン戦を行ったこと自体に対する批判的な姿勢が影響したと推測されている。
http://en.wikipedia.org/wiki/John_Nagl

 <すなわち、>ネイグルは、「社会全体を変える」ための米国の外国への軍事介入であるこれらの戦争は、時間が長くかかり、費用が嵩み、そして結果はしばしばはっきりしない、というか、彼に言わせれば<常に>「不満足」たらざるをえない、と指摘したのだ。 <しかし、国家形成諸作戦が、常に不満足たらざるをえない、というわけではない。> 米国民は、過去において満足のゆく<、かかる>諸戦争を戦っているからだ。
 第二次世界大戦と南北戦争が二つの事例だ。
 南北戦争は満足のゆくものだった。
 なぜなら、それは<戦禍>より大きな悪である奴隷制を終わらせたからだ。
 
→南部諸州の奴隷制を黒人差別諸法(Jim Crow laws)で置き換えただけであり、南北戦争は、戦禍を超える結果どころか、戦禍に見合う結果さえもたらしていません。(太田)

 第二次世界大戦は悪・・ナチスドイツと帝政日本の拡張主義的(expansionist)諸体制を敗北させた。

→戦後の米国による全世界に軍事基地を展開する戦略も拡張主義的なものでした。
 戦前の日本の拡張主義的戦略は、基本的に戦後の米国のそれと同様、専制主義に対する抑止を目的としており、ナチスドイツの侵略的拡張主義とは全く異なります。(太田)

 戦争は、どんな場合でも醜く暴虐的だ。
 しかし、リデル・ハートによる成功を収めた(successful)戦争の定義であるところの、よりより平和状況を生み出すもの、に照らせば、この二つの戦争は疑問の余地なく成功を収めたものだった。」
http://www.latimes.com/news/opinion/commentary/la-oe-gentile-army-colonel-gives-iraq-and-afghanis-20130813,0,4409527.story
(8月13日アクセス)

→筆者のジャイアン・ジェンティル(Gian Gentile)(注84)は、ネイグルのように中佐どまりにならず、目出度く大佐に昇任して現在に至っている米陸軍軍人で、ネイグル同様、博士号(但し歴史学)を持っている人物ですが、南北戦争については上述したことから、また、第二次世界大戦中の太平洋戦争については、本シリーズでこれまでの叙述したことから、まさに、リデル・ハートの定義に照らして失敗であったというのに、開いた口が塞がりません。

 (注84)カリフォルニア大バークレー校卒(同大で予備役将校訓練隊所属)。陸軍に入ってからスタンフォード大で博士号取得。イラク戦を経験。戦略爆撃も対ゲリラ戦も基本的に非効果的であり、対ゲリラ戦については、これを行うよりも政治的解決を図るべきだ、と主張している。
http://en.wikipedia.org/wiki/Gian_Gentile

 ジェンティルは、ネイグルに比べてイラク戦争やアフガニスタン戦争に対する見方は(あくまで相対的にですが)まともであるだけに、南北戦争や太平洋戦争について、彼がどうして米国における通念の虜になってしまっているのか、理解に苦しみます。

 (2)米国の犯した原罪に日々苛まれている国々

 日支戦争/太平洋戦争を通じて、日本帝国を崩壊させるという、有色人種差別という意味では米国の原罪の一環、黄色人種差別という意味では黒人差別に続く米国の第二の原罪は、それがもたらした、天文学的な人命の喪失という惨禍については「脚注:米国が太平洋戦争以降に直接的間接的にアジアにもたらした死」に記したところ、死以外にまで手を広げれば、(いや、死も含めて、)現在もなお、スターリン体制下の国々の人々を日々ひどく苦しめ続けています。
 「収容所列島」の北朝鮮の人々については説明を要しないでしょう。
 ベトナムの人々についても、最近ではコラム#6426で、彼らの人権がいかに蹂躙されているかを紹介したところです。
 中共の人々についても説明は要しないところ、ここで、一つ、目新しい事実をご紹介しておきましょう。
 「一人っ子政策のおかげで、<中共>政府は、推定で、毎年2兆元(3,270億ドル)もの罰金を受け取ってきた。
 <罰金額>は、普通、<一人っ子政策違反を犯した>家計あたり年間所得の3〜10倍に達する。・・・
 <つまり、>役人達は、都市では土地の売却のあがりによって生活し、田舎では妊婦のあがりによって生活しているのだ。」
http://online.wsj.com/article/SB10001424127887324463604579040723741008990.html
(9月1日アクセス)

 言うまでもなく、一人っ子政策など、自由民主主義国ではありえない政策であり、また、そんな政策を遂行する際のさじ加減によって、集団的・個人的利得を図る役人達もまた、自由民主主義国では存在し得ません。
 北朝鮮やベトナムや中共のスターリン体制が崩壊した暁に、かつて彼らを、このようなスターリン体制下へと追いやったところの、米国に対して噴出するであろう凄まじい怒りに直面した時、米国の人々は、一体どうするつもりなのでしょうかね。
 しかし、そんなことを心配してやるよりも、とにかく、こんな米国から一刻も早く「独立」しましょう、日本の皆さん! 

(完)