太田述正コラム#6417(2013.8.28)
<日支戦争をどう見るか(その37)>(2013.12.13公開)

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<脚注:今なお日本兵怪物神話にすがりつく人々>

 「ジェームズ・ドウズ(James Dawes)の褒められるべき新刊本である『悪しき男達(Evil Men)』は、人間の残虐性という問題を、注意深くかつ神経質に思い巡らす。
 日支戦争(1937〜45年)の遺産を凝視しつつ、マカレスター単科大学(Macalester College)<(注69)>の英語学教授にして人権とヒューマニズム・プログラムの長である、ドウズは、この本を、一般住民を殺し、彼らに計り知れない痛みを与えた日本の帰還兵達に行った聞き取りを中心として構成した。

 (注69)「<米>国ミネソタ州セントポールにある私立大学である。・・・<米>国立科学財団からの研究費交付額がリベラルアーツカレッジの中で1位である。・・・卒業生には、国際連合の元事務総長コフィ・アナンや、元<米>副大統領であり、駐日大使として日本にも造詣の深いウォルター・モンデールがいる。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%AB%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E5%A4%A7%E5%AD%A6

 ドウズによれば、帰還兵達の幾人かは、若い頃の自分自身を「悪魔で悪」と描写した。
 ドウズが話をした老年の男達は、1957年に創設され2002年に解散した中帰連<(注70)>の残った会員のうちの何名かだった。

 (注70)中国帰還者連絡会。「<支那>の撫順戦犯管理所に戦争犯罪人として抑留された旧日本軍の軍人が帰国後の1957年9月24日に結成した団体。・・・撫順戦犯管理所に収容された者は、旧満州国で終戦を迎えた後、シベリア抑留を経て1950年に中国に移送されており、その中には愛新覚羅溥儀・・・などがいる。・・・シベリア抑留時代とは異なり、栄養豊富な食事、病人や怪我人への手厚い看護、衛生的・文化的生活が戦犯容疑者たちに保障された。しかし一方、戦争中、日本による数多くの非人道的な犯罪行為を目にし、加担し、実行したとされた戦犯容疑者たちは、それまでの自分たちの行為を反省し、罪を自主的に告白する認罪運動(ないし洗脳)を、長期間にわたって課された。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E5%B8%B0%E9%82%84%E8%80%85%E9%80%A3%E7%B5%A1%E4%BC%9A

 中帰連は、帝国日本の戦争犯罪への公衆の関心を喚起することに傾注したところの、(最盛期には約1,100人の会員を擁した)反戦帰還兵たちの団体だった。・・・
 この団体は、戦後ソ連に何年も抑留され、次いで支那へと国外追放され、そこで「思想改造(thought reform)」を経験させられたところの、元捕虜達によって構成されていた。・・・
 人間をして、非道徳的なふるまいを犯させることがどんなに容易であるかを示すために、彼は、スアンレー・ミルグラム(Stanley Milgram)による、人間は、権威ある人物から認められた場合には、より加害行為を実行がちであるということを証明した、議論ある実験<(コラム#1303、3421、3607)>のような、いくつかの著名な心理学研究を引用する。・・・
 彼は、米国政府による、戦後における、731部隊として知られている日本軍の秘密部門によって収集された生物医学兵器研究の買い上げ、に注意を喚起する。
 そして、中東へのうさんくさい<対アフガニスタン戦争や対イラク戦争という(太田)>諸軍事介入(incursion)に公衆の支持を得るための、米国政府による婉曲語法とプロパガンダの使用についても銘記する。」
http://www.washingtonpost.com/opinions/2013/08/09/e77fc5b2-b266-11e2-baf7-5bc2a9dc6f44_print.html
(8月10日アクセス)

 米国人のドウズが、(そこまでの意識はなかったのかもしれないが、)日支戦争を例にとるのであれば、日本兵だけでなく、蒋介石政府軍兵や中国共産党軍兵からも聞き取りをして比較しようとせず、或いは、日支戦争/太平洋戦争まで拡大した上で、英国人のムアーのように、日本兵と支那兵(蒋介石政府軍兵)と米兵の比較をしようとしなかったのは、彼に、米国政府自身の「とるに足らない」非道徳性と際立たせる形で、当時の日本政府の「悪魔」的な非道徳性をプレイアップする狙いがあったからだ、と言われても仕方ないだろう。
 そもそも、ドウズはどうして中帰連会員・・中共当局に洗脳されることによって、帰還日本兵の中では例外的にPTSDに罹らされたと目される人々・・以外の日本人帰還兵から聞き取りをしようとしなかったのだろうか。
 彼が、望むような証言が得られない・・(スパイ容疑者やゲリラ容疑者を含めた)「捕虜」殺害を行った、或いはそれを目撃したということを語ってくれる人が少ないし、仮に語ってくれたとしても、それを反省している人が殆んどいない(、それどころか、私の亡父のように嬉々として回想する人すら少なくない)・・ことを意識的か無意識的か知っていたからであった可能性が高い。
 要するに、ドウズは、最初から結論があって、それに適合的な証言だけを集めたのではないか、ということだ。
 だからこそ、ドウズは、中帰連会員からも、証言の最重要な点を引き出していないか、引き出していてもあえて無視したと想像されるのだ。
 それは、(その大部分が縄文人であったところの、)中帰連会員達は、恐らく、戦闘で支那兵を殺害した自分についても、「悪魔で悪」だった、と語ったはずだからだ。
 個人的な「捕虜」殺害も組織の一員として上官から命ぜられて行った「捕虜」殺害も、戦闘で支那兵殺害を行ったことと、彼らの意識の上では殆んど差異はなかった、だからこそ、彼らは、戦闘行為そのもの、すなわち、日支戦争/太平洋戦争を日本が戦ったこと自体を罪悪視するところとなり、反戦運動に戦後従事することになってしまった、というのに・・。
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(続く)