太田述正コラム#6320(2013.7.10)
<日進月歩の人間科学(続x32)(その4)>(2013.10.25公開)

  エ 儒教/漢人の女性差別

 儒教・・これが漢人の規範意識を形成した・・には女性差別が内在しています。

 『礼記』の内則(だいそく)には、「男女七歳にして席<(注2)>を同じゅうせず、食を共にせず」とありますが、これは「七歳ともなれば男女の区別を明らかにし、みだりになれ親しんではいけない。」という趣旨です。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1351996928

 (注2)「「席」は部屋ではなく、「ござ・むしろ」のこと。昔は、土間にござを敷き、一枚に四人まで座った。一枚のござの上に一緒に座らないという意で、同じ部屋に居ないということではない。」(典拠同上)

 また、『儀礼喪服伝』(子夏)(注3)には、「家にあっては父兄に従い、嫁しては夫に従い、夫の死後は子に従う」とあります。
 いわゆる、三従の道です。
http://okwave.jp/qa/q789519.html

 (注3)「子夏(しか)は紀元前六世紀頃の中国戦国時代の儒者。孔子の弟子」(典拠同上)

 以上も踏まえ、「旧中国で・・・このうち一つに該当するとき,夫は妻を離婚できる・・・七つの事由」があるとされ、「(1)無子(男子についていう),(2)姦淫,(3)舅姑につかえず,(4)口舌多言,(5)盗窃,(6)嫉妬,(7)悪疾(らい病の類)」があげられてきたところです。
 いわゆる、七出(または七去)です。
 ただし、「それを制限する三つの条件・・・(1)妻が舅姑の喪を守りおえた場合,(2)貧賤のときに妻を娶り現在富貴となっている場合,(3)妻の実家がすでにない場合で,このうち一つに該当するときは,七出の事由があろうとも離婚は許されない」なる、いわゆる三不去がありましたが・・。
http://kotobank.jp/word/%E4%B8%89%E4%B8%8D%E5%8E%BB%E4%B8%83%E5%87%BA

 これらは、目的は女性差別それ自体というよりは、主眼は・・アフリカにおける女性性器切除やイスラム社会における女性隔離と相通じるところの・・・女性の姦淫の防止、すなわち、女性の性への貪欲さの顕在化による家父長的な「一族郎党命主義」(コラム#6318)・・アフリカやイスラム社会においては部族主義・・の崩壊を防止するための措置であった、と私は考えています。

  オ ヴィクトリア朝的性道徳

 イギリスは、性道徳の点でも日本(後述)と相通じるところがあり、17世紀央のピューリタン時代は別にして、(女性の性への貪欲さについてもそのまま受け止めたところの、)何でもありの世界であったところ、19世紀のヴィクトリア朝時代には、一転、四角四面でお高くとまった性道徳が一世を風靡します。
 しかし、それはあくまでもタテマエ上の話であり、実態は、以前と変わらぬ何でもありの世界だったのです。
http://en.wikipedia.org/wiki/Victorian_morality
 私見では、この頃、イギリス(英国)は全球的覇権国となっており、その本国民として、威厳を示さなければならなかった、ということではなかったのでしょうか。
 しかし、何ごとによらず、英国を模範たる先進国と仰ぎ見ていた欧州では、この性道徳がかなり大真面目に順守されることとなり、それが、できそこないの米国にも伝わった、と見たらどうか、と思うのです。
 そして、そのような背景があったからこそ、欧州で、フロイトを始めとするウィーン学派が性衝動の根源性、とりわけ女性のそれ、を「暴く」必要があった、と解するわけです。
 
  カ 日本は性の過去と未来のてがかり

 さて、仏教の項で一部既に言及したけれど、一体全体、日本ではどうなのでしょうか。
 
 どうやら、日本の縄文時代や過去の縄文モードの時代においてはもとより、弥生モードの時代においてさえも、(縄文モードが維持された)農村においてつい最近まで、女性は性への貪欲さをそのまま顕在化させることが認められてきたようです。

 「古来日本の夫婦関係は妻問い婚<(=源氏物語の世界(太田))>であり、男女はそれぞれに住んでいて妻の元へ夫が通ってゆく形態であった。結婚というのは、家族に隠れてこっそりと夜這いを行うのではなく、堂々と通えるようになることを意味した。そもそも各地の共同体(ムラ)においては一夫一婦制と言う概念も希薄で、重婚、夜這いは当たり前であった。・・・
 日本の共同体においては、少女は初潮を迎えた13歳、または陰毛の生えそろった15〜16歳から夜這いの対象とされる(ただし、婚姻中は対象外となる場合もある。この辺りは共同体により様々である)。その際に儀式として性交が行われた。少年は13歳でフンドシ祝いが行われ、13歳または15歳で若衆となるが、そのいずれかの時に、年上の女性から性交を教わるのが儀式である。その後は夜這いで夜の生活の鍛練を積む。・・・適当な相手が見つからない場合、実父や実母がその相手を務める場合もあった<(=近親相姦タブーなど存在せず(太田)>。日本の共同体では夜這いの前に以上の如くの性教育が行われた。ちなみにこの様な次第であると当然、赤ん坊が誰の子であるのかよく解らない、などと言った例がよく見られたが、共同体の一員として、あまり気にすることなく育てられた。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9C%E9%80%99%E3%81%84

 ブータンに夜這いに類似した「ナイトハンティング」なる文化があるらしい(ウィキペディア上掲)けれど、ひょっとして夜這いの文化は日本くらいにしかない可能性があります。
 もしそうだとすると、これは、日本で人間主義的本能が最も顕在化していることと何らかの関連がありそうです。(仏教の項や、後出の双極性障害の項を参照のこと。)

 しかし、日本には、これと異なるところの、弥生人が大陸から持ち込んだ性意識も存在するのが面白いのですね。

(続く)