太田述正コラム#6224(2013.5.23)
<中共の資本主義化の軌跡(その9)>(2013.9.7公開)

 「あの有名な1978年コミュニケ(communique)において、中共の共産党指導者達は、経済管理構造の深刻な欠点の一つは、権限の過度の集中であることを認めた・・・<ことを聞かれた著者達は、以下のように答えた。>
 中共の指導者達がこの問題を認めたのはそれが最初ではない。
 早くも1956年に、中共最初の五か年計画(1953〜57年)が終わる前にすら、毛沢東は、中共経済における力の集中が、地方の役人達、都市及びコミューンの国有企業の人々、田舎の生産チーム群、のインセンティヴを削いでいることに気付いた。
 <そこで、>毛沢東は、1958年に集中排除(decentralization)を推進したが、それはすぐに「大躍進」の中に吸収され、毛沢東の大飢饉で3000万人を超える中共の農民達が亡くなった。

→著者達は、毛沢東が集中排除という発想をどこから得たのかを明らかにしていないところ、それがソ連ではないことは明らかです。
 すなわち、大躍進は1958〜60年であり、他方、ソ連におけるコスイギン改革(注16)は1965年〜60年代末ですから、毛がこの改革を参考にしたとは考えられないのです。

 (注16)「1962年、ハリコフ大学経済学部のエフセイ・リーベルマン教授が共産党機関紙プラウダに論文を発表し、ソビエト経済においても企業や個人の利潤追求を重視し、経済運営の分権化や市場原理の限定的導入による生産性の向上を提唱した。これを元にアレクセイ・コスイギン首相により、企業がノルマ以上の成果を出した場合の報奨金制度などの経済改革(コスイギン改革)が進められた。しかしこの改革はあくまでも限定的なもので、なおかつ東ヨーロッパ諸国にプラハの春に象徴されるような過度の自由主義化をもたらしたという批判により、この限定的改革ですら後退した。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%83%93%E3%82%A8%E3%83%88%E9%80%A3%E9%82%A6%E3%81%AE%E7%B5%8C%E6%B8%88

 毛沢東が参考にしたのも、やはり、日本の日本型経済体制であった、と考えたいところです。
 トウ小平が、この点で毛の衣鉢を継ぎ、中共経済の日本型経済体制化を全面的に推進したことが、トウが毛死後、毛沢東崇拝を止めさせなかった理由の一つである、と私は大胆に忖度するに至っています。(太田)

 中共の経済計画者達の目から見ると、集中排除こそが犯人だった。
 <よって、>その後、集中が復活した。
 1978年には、中共政府は毛沢東による診断に立ち戻ったが、毛沢東の処方箋が効かなかったことを知っていたがゆえに、毛沢東のそれよりも一歩進めた処方箋を用意した。
 毛沢東は、経済的諸権限を省及びその下の地方諸政府にだけ委譲した。
 今度は、国有企業群にも、その運営にあたって若干の自治が与えられた。・・・
 <改革開放の>最初の最初から2003年<を振り返ってみると、>1990年代央より前には、国有企業群の民営化は厳格に禁止されており、改革は、国有企業群に若干の経済的諸権利を委任するとともにそれらに若干のインセンティヴを与えるということから主として成っていた。・・・
 1990年代央以降は、中共政府は、国有企業群の民営化を開始し、残された国有企業群の数は劇的に減った。
 現在では、中央政府は、120を下回る国有企業群しかコントロールしていないが、その多くは国家独占企業体であり、依然市場規律の対象となっていない。
 特殊利害集団として、残された国有企業群は市場秩序に対する深刻な兆戦となっている。」(H)

 (7)人間主義

 「過去35年間にわたって、中共は経済においてのみ資本主義を抱懐してきたのではなかった。
 <中共では、>『道徳感情論』は、1ダースを超える翻訳が出ている。
 この本は、温家宝首相の心と頭(heart and mind)をつかんできた。
 アダム・スミスのメッセージは、経済と社会についての支那の伝統的な考え方と驚くほど似通っていたこともあり、中共の人々の心と強く共鳴する。

→「支那の伝統的な考え方と驚くほど似通っていた」のなら、温家宝は、適当な支那の古典を1冊ないし数冊挙げれば済んだはずですが、そんな古典など存在しないからこそ、『道徳感情論』を持ち出した、ということにならざるをえません。
 前述したように、反日教育を行っている手前、同じく人間主義を推奨した本であるとはいえ、日本人の書いた、例えば、『人間の学としての倫理学』を持ち出すわけにはいかなかったため、英国人が書いた、『道徳感情論』に、それがセカンドベストではあるが、白羽の矢を立てた、ということでしょう。
 どうしてセカンドベストかと言うと、これも前述したように、現在の英国(ないし拡大英国)では、人間主義(道徳感情論)の実践例を見出すことが必ずしも容易ではないのに対し、現在の日本で人間主義(人間の学としての倫理学)の実践例を見出すことは容易であり、理論と実践を首尾一貫した形で紹介できるからです。(太田)

 中共の資本主義への移行の驚くべき結果は、中共が自分自身の文化的ルーツへと回帰する方法を発見したことだ。
 <改革開放を指導するスローガンとなった>実事求是(Seeking truth from facts)<もまた>、伝統的な支那の教えだったが、トウ小平は、誤ってそれを「マルクス主義の真髄(essence of Marxism)」と呼んだ。」(G)

→この点への批判は既に行ったところです。(太田)

(続く)