太田述正コラム#6214(2013.5.18)
<米孤立主義とリンドバーグ(その6)>(2013.9.2公開)

 (5)ことの成り行き

 「米議会は、1930年代に、彼らが中立諸法(Neutrality Acts)と呼んだところの一連の法律を成立させた。
 これらは、基本的に、我々を外国での諸戦争の埒外に立たせることを狙いとしていた。
 そして、そのうちの一つの法律は、武器を売ってはならないと記述しており、米国は、いかなる交戦国、いかなる戦争中の国、にも武器を売ってはならなかった。
 ローズベルトは、英国とフランスが、現金で代金を払い、自分達の船で運ぶのであれば、この両国が参戦した場合、武器を売ることができるよう、この法律を修正したかった。・・・
 <そして、それはやっとのことで実現した。>
 <次いで、武器貸与法が成立したが、この法律>は、我々が参戦する前に成立したところの、実際、それまでのうちで最も重要な戦時諸法の一つだった。
 基本的に、この武器貸与法は、我々が第二次世界大戦で勝利するのを助けたのだが、それは、・・・ローズベルト大統領が、装備、航空機、船舶を持たせる必要があると思ったいかなる国に対しても、それらを貸与することを認めたのだ。」(E)
 「<更にまた、>それまでには二回・・南北戦争の時と第一次世界戦争の時・・しか導入されなかった徴兵制<に関してだが、>」(I)
 「<それは、>常備軍の観念は、建国の父達にとってそうであったように、大部分の米国人にとって、大嫌いなもの(anathema)だった<ので、三回目の導入はなかなか実現しなかった。>・・・
 <英国は、米国で諜報活動の長として、ウィリアム・スティヴンソン(William Stephenson)<(注21)(コラム#1383、2838)>という名前の人物を送り込んだが、この集団は、英安全保障調整集団(British Security Coordination group)と呼ばれ、その目的は、米国を第二次世界大戦に加わらせることだった。>・・・

 (注21)1897〜1989年。カナダ人たる陸軍兵士、空軍兵士、実業家、発明家、間諜元締。ジェームス・ボンドのモデル。
http://en.wikipedia.org/wiki/William_Stephenson

 彼らが行ったのは、間諜、盗聴、話のでっちあげ、書類偽造等であり、英国側でこの戦争に米国を引きずり込むために企図されたものだった。
 この集団は、本拠を<ニューヨークの>ロックフェラー・センターに置き、1000人を超える職員を擁していたが、ローズベルトとFBIの長のJ・エドガー・フーヴァー(J. Edgar Hoover)、及びその他の少数の者以外は、誰もこの集団の本当のところを知らなかった。・・・
 彼らがやったことの一つは、米国の孤立主義者達の評判を落とす工作だった。
 彼らは、孤立主義者たる米議員達を盗聴し間諜した。
 また、彼らは、英国のプロパガンダを諸米紙に載せた。
 つまり、それは異常な作戦であり、全てが完全に違法だった。・・・
 ローズベルトは、この集団に対して、彼らが、基本的に米国の孤立主義者達の信用をなくすという、彼自身<がやらなければならなかった>仕事をやっていたがゆえに、祝福を与えた。
 極めて率直に言えば、私は、彼が本当に戦争に赴きたかったとは思わない。
 とりわけ、それが欧州に部隊を送り込むことであれば・・。
 しかし、彼が英国を助けたかったことは間違いない。
 彼は、英国が生き残るために彼が行いうる全ての支援を提供したいと思っていた。
 だから、彼は、これに抗っている人々の信用を落とすためにできることは何でもやっただろう。・・・
 我々が参戦する数か月前、ローズベルトは、ラテンアメリカが5つのドイツの属国へと分割されようとしている地図を持ち出した。
 換言すれば、ドイツが、ラテンと南アメリカにドイツ諸国家を樹立するためにやってこようとしている、というのだ。
 そして、彼は、この地図はドイツ製の地図であるとし、それを証明した。
 これは、この国において、ありとあらゆる激怒を引き起こした。
 後で分かったことだが、実際には、この地図は偽造されたものであり、英国が偽造してローズベルトに密かに渡していたのだ。
 <もっとも、>ローズベルトがそれを偽造だと知っていた兆候はない。
 彼は、明らかにそれを本物だと思っていたのだ。
 しかし、それは正確ではあったけれど、事実は、英国の偽造だったのだ。・・・
 FBIは、疑わしいと思った殆んど全員を盗聴していた。
 ローズベルトは、米国における、ファシスト、ファシスト・シンパ諸集団、共産主義諸集団、を調査せよ、との非常に漠然とした指示を、J・エドガー・フーヴァーに与えていた。
 そして、フーヴァーは、彼の風習に従い、この指示に服すや、疾走した。
 彼は、基本的に、自分が米国にとって安全保障上の脅威たりうると考えた者は誰でも盗聴した。
 そして、彼は、これを数十万人もの人々に対してやっていたのだ。
 そのうちの大部分は安全保障上の脅威を与えてなどいなかった。・・・
 <例えば、>外国語の新聞を購読している<だけで、>人々は安全保障上の脅威とされた。・・・
 <FBIは、これらの>人々を、我々が参戦した暁には収容所に入れることを考慮していたのだ。・・・
 <一方、非介入主義者達もまた、様々な画策を行っていた。>
 <例えば、米軍の有事計画(contingency plan)>が、基本的に米国の航空機が英国に供与されないように戦っていたところの、米空軍の長たる「ハップ」・アーノルド("Hap" Arnold)<(注22)>大将によって漏洩された。

 (注22)ヘンリー・アーノルド(Henry Harley Arnold。1886〜1950年)。米陸士卒。「第二次世界大戦中の陸軍航空隊/陸軍航空軍司令官であり、<米>空軍の礎を築いた功労者の一人。最終階級は陸軍元帥および空軍元帥。ハッピー (happy) を約めた“ハップ” (Hap) の愛称で知られる。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%B3%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%8E%E3%83%AB%E3%83%89

 換言すれば、彼は、これらの航空機を彼自身の空軍のために欲しかったのだ。
 米空軍は、人手が足りず、十分な物も与えられていなかった。
 その力は哀れむべきものだった。
 全く何の力もなく、近代的な航空機を殆んど持っていなかった。・・・
 <さて、>彼は勝利計画(Victory Program)と呼ばれた有事計画が米海軍に有利で米空軍が割を食っている(shortchange)と・・・考えた。
 こういう次第で、彼は、基本的にこの計画を妨げようと試みた。
 彼は、この最高機密の有事計画の写しを、彼自身の手によってではなく、一人の仲介者を通じて、バートン・ウィーラー(前出)という、上院におけるイの一番の孤立主義指導者である上院議員に渡した。
 そして、バートン・ウィーラーは、この計画を密かにシカゴ・トリビューン紙の記者に漏洩したのだ。・・・
 それは、巨大な反響を呼び起こした。
 米議員全員が大騒ぎになった。
 孤立主義者達は、ローズベルトの白々しいウソを捕えたと考えたので本当にうれしかった。
 ローズベルトは米国を参戦させたくないと言い続けて来ていたけれど、これを見ろ、我々はお前が疑いの余地なく我々を参戦させたいと思っていることを示す計画を持っているぞ、と。
 お前は米国を参戦させたいと思っているだけではなく、何百万人もの部隊を欧州に送り込もうと計画しているではないか、と。
 しかし、ここで銘記すべきは、これが鋳造された銑鉄的<に不動だにしない>計画ではなかったことだ。
 これは、単なる有事計画に過ぎない。
 だから、最初は大きな反響を読んだけれど、それが公にされたのは真珠湾の数日前だったこともあり、当たり前のことだが、真珠湾が起きると、この計画に関する論議のことなど、みんな忘れてしまった。・・・
 つまり、この計画は、ローズベルトによって、実際には真珠湾のわずか数か月前に策定を命ぜられたのであって・・・真珠湾のわずか3か月前の9月に実際に完成したのであり、それまで、我々は、戦争を遂行するための現実的計画を持っていなかったのだ。
 その結果、我々の工業生産は全く惨めな状況だった。
 だから、我々は、全面戦争のために我々が必要とするであろう航空機、それに船舶その他をまだ生産してはいなかったのだ。
 よって、我々は、9月にこの計画を実際に持つに至っていたことを神に感謝したいところだ。
 おかげで、一旦参戦することとなるや、この計画は、ただちに実行され、いや、実行に着手され、その結果として、我々は、我々が必要とする何百万もの航空機、船舶等々を生産することができたのだ。」(E)

(続く)