太田述正コラム#6136(2013.4.9)
<太平洋戦争における米兵のPTSD(その8)>

 コラム#5100、5102で開陳した私見を、より一般的な形で再構成してみましょう。

 「強い記憶力の素質(predisposition)とPTSDにかかる危険性の間には遺伝的結びつき(link)がある」(コラム#5486)ため、「トラウマを与えても不思議ではない経験をして<も>、PTSDになる平均的割合は<1割ちょっとに過ぎない>」(前出)、ということを前提にしましょう。
 私は、一、長期間激戦が続く、二、自分達に正戦意識がある、三、相手にも正戦意識がある、四、戦場及びその周辺に自分達の真の味方がいない、の四つの条件を充たした場合に帰還兵がPTSDになる割合が顕著に増加する、と仮定したいと考えます。
 そして、1割ちょっとであれば、恥ずかしくてPTSDになったことを隠そうとするものだが、何割にもなれば、むしろカミングアウトする者が多くなっても不思議ではない、とも考えるわけです。

 さて、以下、取り上げるのは、ことごとく、長期間激戦が続いた戦争ですから、一の条件は皆、充たしています。

 その上で、第一次世界大戦の場合、両陣営とも同盟諸国と手を携えて戦ったわけですし、英米日以外は自国民の広範な支持を受けて戦ったのですから、四の条件を充たしていないので、それだけでPTSD申告者が殆んどいなかったことの説明がつく、ということになります。

 ところが、先の大戦の太平洋における日米戦の場合は、日本側は、国体(≒自由民主主義)の擁護とそれと裏腹の共産主義勢力の抑止、それを邪魔する支那の腐敗ファシズム勢力の打倒、そしてこれらを邪魔する英米等の撃破による彼らのアジア植民地の解放、という下から盛り上がった正戦意識があったのに対し、米国側は、米国が戦っているのは、タテマエ上はアジア征服を目指していてかつ汚い戦争をやっているといる日本を成敗する、そしてホンネ上は優等白人種による世界支配に反逆している劣等有色人種の日本を成敗する、というお仕着せの正戦意識があったのです。
 正戦と正戦がぶつかれば、互いに死にもの狂いで戦い、往々にして捕虜をとらなくなりがちです。
 また、日米の正戦意識は、特定の宗教やイデオロギーに立脚したものではないところの世俗的なものであったこともあり、互いに相手の正戦意識の詳細は分からないなりに、自分達の抱く(抱かされている)正戦意識の正当性ないし信憑性に対する確信が揺らいでも不思議ではなかったわけであり、日本兵が勇敢で頭が良く、また、貪欲に基づいて戦ってなどいないこと、等を肌で感じるにつれて、米兵の間で正戦意識は急速に低下していったと想像されるのです。
 (日本の委任統治下にあったものを含めた)太平洋の島々ではそもそも一般住民の数が少なかったところ、沖縄のように一般住民が多いところでも、米兵達は自分達の味方の存在がほぼ皆無であったことも、正戦意識の低下を促進した、と考えられます。
 (フィリピンはいささか事情が異なりますが、同地では、潜在的には反日感情より反米感情の方がはるかに強かったと言えるのであって、先の大戦中に米側に協力したフィリピン人の多くは、単に利害打算に基づいてそうしたに過ぎず、そのことを米兵達としても察知できたのではないでしょうか。)
 本来、PTSDになるはずのない米兵でも、こんな体験をさせられれば、PTSDになっても当然である、と思えてきませんか?
 逆の立場の日本兵に、(米兵に比べてはるかに凄惨かつ深刻な経験を彼らがしたというのに、)PTSDになった者が殆んどいない理由についても腑に落ちるのではありませんか?

 他方、先の大戦の東南アジアにおける日英戦の場合は、日本側にこそ正戦意識はあったものの、英国側には殆んどなかったと考えられます。
 第一、兵士の多くは英印兵でしたしね。
 英国人将校達も、仇敵ドイツの同盟国であり、自分達の植民地支配の邪魔をしている日本を叩かざるをえない、という程度の意識だったことでしょう。(オーストラリアに関してはいささか事情が異なっていたと考えられますが、ここでは深入りしません。)
 
 (このように見てくると、先の大戦中も続いた日中戦争で、日本兵でPTSDになった人が全く話題に上らず、逆に戦争を謳歌した人が多かった理由は、もはや明らかでしょう。
 ならせば、戦いは間歇的にしかなく、自分達に正戦意識があったのに対し、主敵であった中国国民党の兵士達に正戦意識など希薄であったことでしょうし、傀儡の域を超えた味方が、上は汪兆銘政権関係者から下は一般民衆に至るまで山のようにいたのですからね。)

 ことのついでに、朝鮮戦争、ベトナム戦争、イラク戦争、及びアフガニスタン戦争にも触れなければなりますまい。
 朝鮮戦争とベトナム戦争は、米国が、日本に代わって、日本が追求してきたものを、はるかに後退した場所で、遅ればせながら実践するために行った戦争であった、という点で共通しています。
 ところが、朝鮮戦争とベトナム戦争で決定的に違っていたのは、朝鮮半島にいたのはつい最近まで日本帝国臣民であった人々であり、出兵したところの、米国を始めとする自由民主主義諸国に心を寄せる人々が少なくとも過半を占めていたのに対し、南北ベトナムでは、ナショナリズムないし共産主義という民主主義独裁イデオロギーに染まった人々が大部分であった点です。
 つまり、朝鮮戦争では米軍の味方がたくさんいたのに、ベトナム戦争では米軍の味方が殆んどいなかった・・味方と言えば、旧宗主国の買弁ないしカトリック教徒というベトナムの一般の人々から浮き上がったグループや、ベトナム人から差別され迫害されていた少数民族くらいのものだった(典拠省略)・・・ということです。
 朝鮮戦争でもベトナム戦争でも、敵側にも程度の差こそあれ正戦意識があったものの、それは、ナショナリズムと共産主義がないまぜになった、いずれにせよ、イデオロギー的な狂信的な正戦意識であり、米軍の自由民主主義的正戦意識が希薄化することはなかったと思われるものの、そんなものでは追いつかないくらい、「戦場及びその周辺に自分達の真の味方がいない」ことがこたえた、と考えられるのです。
 そして、イラク戦争とアフガニスタン戦争についてです。
 どちらも、基本的にはベトナム戦争と状況は同じです。
 イラク戦争の場合、味方は地方勢力たるクルド人だけで、スンニ派はイラクの支配権をシーア派に譲り渡した米国には敵対的で、シーア派の方は米国と敵対関係にあるシーア派のイランに誼を通じていて米国には面従腹背であったわけですし、アフガニスタンの場合、イラクほどは状況が悪くないとはいえ、タリバンに心を寄せる国民もそうでない国民もおしなべて、米軍を含め、外国勢力に対する排外意識が強く、そのような中で米軍等に味方するカルザイ政権等の人々の大部分は腐敗した新興買弁勢力である、ときています。
 これではPTSDになる兵士が続出しても決して不思議ではありません。

 以上、記してきたことを、誰か日本人の学者が、調査や文献をもとに検証してくれるとありがたいのですが・・。 

 ここでは、太平洋戦争における日米戦では、日本側の方が道徳的高み(moral high ground)に立っていたことを、ローズベルトの人種主義を振り返ることで私なりに検証して、本シリーズを閉じることにしたいと思います。

(続く)