太田述正コラム#6068(2013.3.6)
<米国の経済風土(その3)>(2013.6.21公開)

3 プラサドに対する批判

 「プラサドは、<ニューディール時代の>社会保障法(Social Security Act)<(注4)>から始まり、<ジョンソン政権下の>偉大な社会に至る、包括的な(extensive)福祉国家の発展の期間を通じ、米国経済の活況が続いた、という事実を直視することを避けている。

 (注4)1935年8月14日にフランクリン・ローズベルト大統領が署名して発効。
http://en.wikipedia.org/wiki/Social_Security_Act
 「社会保険制度、公的扶助、社会福祉事業の3つを骨格とし、管轄機関として社会保障局が設置されている。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E4%BF%9D%E9%9A%9C%E6%B3%95

 また、逆進的な租税が欧州諸国の社会福祉国家の繁栄に貢献したとの彼女の主張は、1981年以来の、米国の租税の低累進化への変化が、公的諸便益の増加ではなく縮小をもたらしたのはどうしてかということに係る諸質問を提起する。
 プラサドはまた、ポピュリスト達と20世紀初の農業主義者達(agrarians)<(注5)>の影響力を過大視し、これらの極めて異なった諸運動と、都市における進歩主義(Progressive)<(注6)>やニューディール改革者達とをごっちゃにしてしまっている(conflate)。

 (注5)米国には、産業主義(industrialism)に対抗するところの、ベンジャミン・フランクリン、トーマス・ジェファーソンらから始まり、エマーソンやソローのような超絶主義者(コラム#4860)等を経てジョン・スタインベックに至る、農業主義の伝統がある。
 ここでは、南部の農業主義者(Southern Agrarians)
http://en.wikipedia.org/wiki/Southern_Agrarians
を指しているのではないかと思われる。
http://en.wikipedia.org/wiki/Agrarianism (全般)
 (注6)「<米>国の進歩主義時代(・・・Progressive Era)は、1890年代から1920年代にかけて、社会と政治の改革が著しく進んだ時代である。進歩主義運動の主たる目的の1つは政府の浄化であり、政治を蝕んでいた政治マシーンとボスの内情を暴露し、その力を弱めることで政府内の腐敗を取り去ろうとした。進歩主義者の全員ではないがその多くは、酒場を基盤とする地方ボスの政治力を殺ぐために禁酒法を支持した。これと同時に「より純粋な」女性の票を政治に取り込むために女性参政権の承認取得を推進した。運動の2つめの目的は、近代化を必要とする古いやり方を特定し、科学的、医学的かつ工学的な解決策を強調することで、あらゆる分野における効率化を成し遂げることだった。
 多くの人々が地方政府、公共教育、医療、財政、保険、工業、鉄道、教会など多くの分野で改革の努力を行った。進歩主義者達は、社会科学、特に歴史学、経済学、政治学の分野を変化させ、専門化させ、「科学的に」させた。学術分野ではアマチュア執筆家の時代が終わり、学術雑誌や新聞に記事・論文を掲載した研究の専門家の時代になった。国政の指導者には、共和党員ではセオドア・ルーズベルト、・・・ハーバート・フーヴァー<等>、民主党員ではウィリアム・ジェニングス・ブライアン<(前出)>、ウッドロウ・ウィルソン・・・等がいた。
 改革の動きは当初地方レベルで動き、後に州や国のレベルに広がった。進歩主義は中産階級から支持を集め、また弁護士、教師、医師、牧師、事業家などの支持を得た。進歩主義者達は、科学的方法を強く支持し、経済、政府、工業、財務、医療、教育、神学、さらには家庭にまでそれを適用した。彼等は西<欧>で当時進行していた進歩を密接に追い、銀行法のような多くの政策を採用した。その1つが1914年の連邦準備制度に結実した。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%B2%E6%AD%A9%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E6%99%82%E4%BB%A3_(%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%90%88%E8%A1%86%E5%9B%BD)

 この著者が言うように、米国は、消費を促進するために信用貸しを発展させた点で例外的(outlier)であり続けたけれど、政府の政策がその唯一の駆動者というわけではなかった。
 デパート界の大物達やヘンリー・フォード等の革新的な企業指導者達は、信用貸しを顧客達に提供することの価値を抜け目なく見抜いていたし、労働者階級の諸運動は建設・ローン諸協会(building and loan associations)や信用貸し諸組合(credit unions)を創設することを通じての信用貸しの大衆化に拍車をかけるための努力を行った。
 これらに加え、プラサドの貧困についての主張は、刺激的ではあるけれど、十分に展開されたものとは言えず、かつ、彼女は分配に係る諸問題をうやむやにしてしまっている(gloss over)。
 プラサドは、「進歩的な(progressive)諸介入は逆効果だった(backfired)」と主張するが、そもそも、進歩主義とニューディールの時代の規制的諸介入は貧困を減少させることを意図したものではなかった。
 信用貸しの拡大(extension)は福祉の代替物として機能したかもしれないけれど、それもまた、貧困の緩和ではなく、成長に燃料をくべることを意図したものだった。
 付言すれば、欧州の福祉国家群は貧困と不平等を減少させるために社会的消費をより成功裏に用いたけれど、米国における、1950年代と60年代の高度に累進的な所得税と、より最近の勤労所得税額控除(Earned Income Tax Credit)<(注7)>が、その再分配諸効果を通じて貧困と不平等を<それなりに>減少させてきた<こともまた事実だ>。・・・

 (注7)「「社会保障法」に基づく「公的扶助制度(public aid program)」の一つ。扶養子女をカバーする医療保険加入低所得勤労者は、払い込んだ保険料の補てんとして一定限度額まで税額控除(tax credit)を受けられる。」
http://ejje.weblio.jp/content/Earned+Income+Tax+Credit

 とはいえ、信用貸しと福祉のトレードオフ、及び、(最近の数十年より前までの)米国の強い規制状況とその累進税諸政策の諸効果についてのプラサドの主張の多くは見事だし(elegant)思考刺激的だ。」(B)

 「<米国は原理主義的資本主義の国であり、>所有権がほんのわずかの人々の手に集中している。・・・<それが、米国における>貧困と不平等の<最大の原因なのだ。>・・・
 <だから、貧困と不平等を減少させて>消費を増大させる方法として、「担保ケインズ主義」か逆進的に歳入を確保した福祉国家を前提とする輸出促進かしか存在しないわけではない。
 しかし、プラサドの言っていることからすれば、この二つの選択肢しかなさそうに見えてくる。・・・<それは、>ナンセンスというものだ。」(C)

4 終わりに

 最後に引用した「評論」・・本そのものを読まずして悪罵を投げつけているといった類の代物・・が、結果的に一番まっとうなことを言っている、と思います。
 つまり、米国は、世界でも稀な原理主義的資本主義の大国であり、従って、基本的に、小さい政府(ただし、市場への規制的介入は過剰なほど行う)、低い税金、反社会保障(その代わり慈善事業が奨励される)、反産業政策、低公共投資の国なのです。
 そんな国も、20世紀前半の(自らがその原因の多くを生み出したところの)全球的な資本主義の全般的危機の下、緊急避難的に累進課税や最低限の社会保障を導入するとともに公共投資の大盤振る舞いをしたけれど、(Bの書評子の指摘とは違って)不況からの回復を果たせず、先の大戦のおかげでようやく回復を果たし、戦後も、引き続き、経済の圧倒的比較優位と一種の軍事のみ産業政策(の技術的波及効果)でもって再び全般的危機に陥ることなく、偉大な社会計画の下、低い水準ながらも相対的により高い水準の社会保障を実現したわけです。
 しかし、冷戦の終焉前後から、原理主義的資本主義への回帰が始まり、小さい政府、低い税金、反社会保障の国へと戻ってしまい、その結果もあって、(軍事のみ産業政策こそ基本的に維持されているものの、)貧困、不平等、インフラの劣化等を徴憑とする資本主義の全般的危機へのとば口にさしかかりつつあるというのが現状である、というのが私の理解です。
 以上を踏まえれば、米国は、その総力を挙げて、(日本とは全く違った意味で)普通の国、すなわち原理主義的資本主義を廃棄した国、へと脱皮しなければならない、ということになります。
 
(完)