太田述正コラム#6036(2013.2.18)
<芸術と科学(その5)>(2013.6.5公開)

 (3)終わりにに代えて

 「カンデルは、芸術は、故人である哲学者のデニス・ダットン(Denis Dutton)の概念を言い換えて、進化の副産物というよりは、その我々を良い状態に保つ(well-being)ことにとって枢要であるところの、我々が生き残ることに資する進化的適応・・本能的特性・・であるとする。
 「・・・芸術は、我々がいかなる行動をすべきか、他の人々の気持ちや動機はどうか、に関する評価を行うことを可能にするところの、情報、物語、そしてものの見方を、心地よい、危険の少ない形で、暗号的に書き直す」と。・・・
 ・・・<人物画の場合だが、>脳による、二次元の表現の三次元空間地図の作成とその解釈、顔の認識、他人の中に我々が見出す効果と意図を強調し、物理的に反映することを可能にするところのミラー(鏡)神経細胞群、そしてこれに関連するたくさんの話題<について、カンデルは語る。>
 <また、>カンデルは、他の箇所で、創造性は、意識と無意識のつながりを養成するところの、くつろぎ(relaxation)の魔力(spells)によって培われる、と描写する。
 カンデルは、オペラ愛好家だが、音楽については正式に習ったことがないと語る。
 彼が、表現主義芸術に焦点をあてるのは、それが、彼が通暁していて、かつ<彼にとって>心地よい(comfortable)分野だからだ<(注8)>。・・・

 (注8)「カンデルは、「<自分が20世紀初頭のウィーンの学者や芸術家達を取り上げるのは、>症候的な形ではないけれど、ある意味(level)において、PTSDなのだ。私のとった形は、彼らを理解するために真に学術的に勉強することだった。どうして私がウィーンの芸術を収集するのか。どうして私はこの類のものが好きなのか…。<私がウィーンに生まれ、私がユダヤ人であること・・フロイトもシュニッツラーもユダヤ人だった・・に由来する>複雑な気持ちがあり、私はその気持ちに対して、一つの知的な形で向き合おうとしているのだ。」と言っている。」(B)

 ・・・ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジのセミール・ゼキ(Semir Zeki)・・・は、最近、被験者達の芸術と音楽への反応を追跡した共同執筆論文<(注9)>において、「脳の中の活動に関する限り、そこには、それが伝達される様相いかんにかかわらず、音楽的或いは視覚的という二つの源泉、もしくはそれ以外の源泉によっても活性化されるところの、美の機能(faculty)がある」、と結論付けた。

 (注9)共同執筆論文とは、 彼が教授をしている、ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジの神経生物学科のリサーチ・フェローであるトモヒロ・イシヅ(Tomohiro Ishizu)
< http://www.vislab.ucl.ac.uk/staff.php >
と共同執筆した、2011年の論文を指していると思われる。
 同論文は、もとより、絵画に関しては視覚中枢、音楽に関しては聴覚中枢も活性化するとしている。
 なお、彼らは、美とは違って、各種の醜に関わる共通脳領域はないことも併せ明らかにした。
 また、恋愛している時に活性化する(脳の中心近くに位置する)尾状核(Caudate nucleus)が、絵画・・音楽も同じと解さざるをえない(太田による論理的推論)・・(の美)に関しても活性化することも明らかにした。
http://www.wellcome.ac.uk/News/Media-office/Press-releases/2011/WTVM052038.htm

 この論文は、とりわけ、この「美に関するところの、脳に立脚した理論」の中で、この機能は中間眼窩前頭皮質(medial orbitofrontal cortex)<(注10)>の活動と関連している、と述べている。」(B)

 (注10)「眼窩前頭皮質は非常に個体差が大きいことが、ヒトおよび、非ヒト霊長類 (non-human primate) の研究において確かめられている<が、>・・・ヒトの脳の中でも最も理解が進んでいない領域である。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%BC%E7%AA%A9%E5%89%8D%E9%A0%AD%E7%9A%AE%E8%B3%AA
 中間眼窩前頭皮質が眼窩前頭皮質のどの部分を指すのかはよく分からなかった。

 「カンデルは、「芸術とは、全ての人の脳を特徴づけるところの創造的過程を相互に交信しつつ共有するための芸術家と鑑賞者による、本質的に心地よくて(pleasurable)、かつ、ためになる(instructive)営み・・これはアハ(Aha!)的瞬間、すなわち、他人の頭の中を覗き込んだということの突然の認識へと導くプロセスだ・・であって、<我々は、芸術を鑑賞することによって、>芸術家によって描かれた美と醜の両方の根底にある真実を見ることが可能となる」、と述べる。」(G)

 「カンデルは、「近代的芸術家の役割は、美を伝えることではなく、新しい諸真実を伝えるであることを強調した」ところの、グスタフ・クリムト、オスカー・ココシュカ、エゴン・シーレという三人の特定の近代主義的芸術家達に焦点をあてる。」(C)

→カンデルがここで言っているのは、芸術とは、芸術家と鑑賞者の人間主義的共同作業である、すなわち、芸術鑑賞とは芸術家が伝えたいものを鑑賞者が忖度する営みであり、芸術創作とは、かかる鑑賞者の営みによって自分が伝えたいものが鑑賞者に伝わるであろう作品を、一定の鑑賞者層を念頭において、彼らの忖度力を忖度しつつ創り出す営みである、ということであり、従って、芸術は人間主義の推進を図る、ということである、と私は受け止めました。
 また、注9の中で取り上げた話ですが、ゼキとイシヅが発見したところの、美は恋愛と同じ脳部位を活性化するが、恋愛が美で活性化される部位を活性化するとは限らない・・この後段は私の論理的推論・・、という事実も大変興味深いものがあります。
 プラトンが『饗宴』等で展開した美のイデア論を裏付ける事実だからです。(太田)

(完)