太田述正コラム#6010(2013.2.5)
<エリザベス1世の時代(その1)>(2013.5.23公開)

1 始めに

 書評群をもとに、スティーヴン・アルフォード(Stephen AlfordThe)の新著『監視者達--エリザベス1世の治世の秘密史(Watchers: The Secret History of the Reign of Elizabeth I)』の概要をご紹介し、私のコメントを付そうと思います。
 この本は、エリザベス1世の下の16世紀後半のイギリスを諜報面から浮き彫りにしたものであるところ、その概要をご紹介することで、完結したばかりの「米国前史」シリーズ・・これは17世紀のイギリスの植民地の姿を描いたもの・・に対する皆さんの理解を深めることができれば幸いです。
 また、今回のシリーズは、(このところ、断続的に公開しているところの、)「『秘録陸軍中野学校』を読む」シリーズ・・時代こそ違え、それぞれの時代と地域において、相対的に自由民主主義的であった国家による諜報活動を扱っているという共通点があります・・の姉妹編である、とも私自身は考えている次第です。

A:http://www.csmonitor.com/layout/set/print/Books/Book-Reviews/2012/1218/The-Watchers
(12月19日アクセス)
B:http://www.guardian.co.uk/books/2012/aug/17/watchers-elizabeth-stephen-alford-review
(2月4日アクセス。以下同じ)
C:http://www.telegraph.co.uk/culture/books/historybookreviews/9558506/The-Watchers-by-Stephen-Alford-review.html
D:http://www.telegraph.co.uk/culture/books/booknews/9540901/The-Watchers-A-Secret-History-of-the-Reign-of-Elizabeth-I-by-Stephen-Alford-review.html
E:http://www.timeshighereducation.co.uk/story.asp?storycode=420850
F:http://www.express.co.uk/posts/view/344938/Review-The-Watchers-By-Stephen-Alfordhttp://www.publishersweekly.com/978-1-60819-009-6
G:http://www.historyextra.com/book-review/watchers-secret-history-reign-elizabeth-i

 なお、今回も、書評を有料記事扱いにしている英米の主要メディアがあること・・今回は下掲の2メディア・・に遺憾の意を表明しておきましょう。
http://www.thetimes.co.uk/tto/arts/books/article3509136.ece
http://www.newyorker.com/arts/reviews/brieflynoted/2013/02/11/130211crbn_brieflynoted2

 ちなみに、アルフォードは、1996年にセント・アンドリュース大学で博士号を取得し、14年間、ケンブリッジ大学で上級講師まで務め、現在同大学歴史学フェロー兼リーズ大学近代初期英国史教授です。
 また、彼の専攻は16世紀後半のイギリス政治です。(以上、A、Eによる。)
 この本の前の本では、アルフォードは、諜報主幹(intelligencer)にして国務秘書(secretary of state)であったバーレイ(Burghley)卿<(ウィリアム・セシル(William Cecil)(コラム#4280、4298、5349)>の勤務歴を通じてエリザベス時代のイギリスを考察したところですが、今回の本では、バーレイ卿やその同僚であったウォルシンガム(Walsingham)<(登場過去コラムはバーレイのと同じ)>のような主要な人物よりも、工作員達や素性の定かならぬ陰謀家達により焦点が当てられています。(D)

2 エリザベス1世の時代

 (1)概観

 「エリザベス期のイギリスの社会的、文化的、そして芸術的業績が英国史において極めて顕著であることから、同国の、同時代の隣人達との間での地位がどんなものであったかが容易に忘れられがちだ。
 スペインのフィリップ<2世>国王やフランスのギーズ(Guise)公<(注1)>のような欧州のお歴々にとっては、エリザベスの王国は、厚かましくも自らをキリストの教会の首長と宣言したところの庶子たる君主が率いるならず者国家だった。

 (注1)「1520年、ロレーヌ公ルネ2世の次男でフランス内領地の相続人クロードはパリ高等法院にギーズ伯領を与えられ、1528年にギーズ公の称号を得た。クロードの娘マリー(メアリ・オブ・ギーズ)はスコットランド王ジェームズ5世に嫁ぎ、その間に生まれたスコットランド女王メアリーが王太子、後のフランス王フランソワ2世と結婚(1558年)したことで、ギーズ家は宮廷内に地位を築いた。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%BC%E3%82%BA%E5%85%AC
 
 <また、>枢機卿のウィリアム・アレン(William Allen)<(注2)>の指導の下、英国に潜入した殉教僧侶達の一団にとっては、この女王は、教会分離論者たる専制君主であって、自分の臣民達を呪おうと欲しており、キリスト教の使徒達によって自己否定的緊急性をもって戦わなければならない相手だった。」(D)

 (注2)1532〜94年。スペインの無敵艦隊によるイギリス侵攻計画の立案を助け、それが成功したらカンタベリー大司教兼大法官に就任していたと目されている。また、法王ピオ5世にエリザベスを退位させる(depose)よう進言し、彼女の破門と退位が法王によって宣言された結果、エリザベスは、それまでの宗教的寛容な政策の継続を断念し、国内のカトリック教徒たる反対者達の弾圧に乗り出した。
http://en.wikipedia.org/wiki/William_Allen_(cardinal)

 「<このように、>17世紀末のイギリス社会は、実際には、いくつかの意味で、不安定で暗く窮地に陥った(desperate)場所だったのだ。
 <この本>の中で、歴史家のスティーヴン・アルフォードは、エリザベスの40年の治世におけるスパイ達、策略(plot)群、外国からの侵攻の脅威、拷問群と陰謀(intrigue)群の諸物語を伝える。・・・
 ・・・この本は、エリザベス期の社会の暗い側面の示唆に富む描写だ。」(A)

 「エリザベスは、イギリス宗教改革を体現した存在だった。
 彼女は、ヘンリー8世が、その最初の妻である、スペインの王女たるアラゴンのキャサリンを退けるためにローマ教皇庁と袂を分かった後にアン・ブーリンとの間に生まれた赤ん坊だ。
 従って、エリザベスがイギリス女王になった時・・彼女の就位それ自体、彼女のプロテスタントたる弟のエドワード6世と彼女のカトリック教徒たる姉のメアリーが、それぞれ予想できないほど早く死んだ後に運命の車が鞭で打たれたかのように回った結果だったが、・・彼女は、カトリックの欧州によって、庶子、異端、教会分離主義者にして僭主である、と非難された。」(E)

 「スペインのハプスブルグ家と法王は、エリザベスを異端で無神論者で庶子であると信じ、イギリスは、外国からの侵攻なる恒常的脅威、及び、エリザベスの命を狙う試み、潜在的な王位主張者たるメアリー・スチュアートという存在、という脅威と付き合いつつ生きることとなった。
 この本の序の中で、アルフォードは、仮にエリザベスが1586年に殺されていたとすれば、成功するであろう外国からの侵攻が発動され、イギリスは法王との妥協を余儀なくされ、プロテスタント化の実験は数十年間のイギリス史における逸脱期間として記憶されることになっていたことだろう、と述べる。」(A)

 「エリザベスは、後継者を指名することを拒み続けることによって不安を更に作り出した。
 こうして、体制の安定は、彼女自身の個人的生存に完全に依存することになったのだ。」(B)

 「彼女の、首席<国務>秘書であったウィリアム・セシルは、ぶっきらぼうに、「この王位の下の国家(The state of this crown)は、我々の主権者たる貴婦人ただお一人が生きておられるかどうか(breath)のみに依存している」、と形容したものだ。」(C)

(続く)