太田述正コラム#5982(2013.1.22)
<狩猟採集社会(その7)>(2013.5.9公開)

 (3)批判

 「ダイアモンドが描写する人々は、集団的なものにどっぷり浸かっているように見える。
 我々には、一般に、彼らが大した個人的な力(agency)を発揮していないように見えるのだ。・・・
 この本は、地理がいかに重要であるかを思い起こさせてくれる。
 しかし、この本は、同時に、意識せずして、いかに歴史と文化が重要であるか、我々の個人的な力についての諸観念、我々の時間と空間についての仮説、殺人と個人の尊厳に関する我々の道徳的諸直観、といった特定の核心的諸概念がどのように我々の諸文明を形成したか、についても思い起こさせてくれる。・・・
 我々の社会は、余りにも非人間的(unwittingly)になっているか?
 疑問の余地なくそうだ。
 伝統的<社会の>人々は我々が自分達の生活をいかに改変するかのモデルになりうるか?
 <と聞かれても、>それを知るのは困難だ<としか言いようがない>。
 <というのも、>彼らは余りにも<我々から>遠い存在にしか見えないからだ。」(E)

 「第一の問題は、離婚は敵対的な裁判によってではなく、仲裁によって、よりうまく解決されるというダイアモンドの結論は、詳細な人類学的研究をしなくても引き出すことができる点だ。
 第二の問題は、<紹介される>諸物語がしばしば、その我々にとっての妥当性(relevance)に疑問を生ぜしめるところの、<彼によって>探求されることのないところの影を孕んでいるという点だ。
 例えば、潜在的な致死的暴力の脅しが、マロが自分のせいではない事柄に対して賠償目的で多額のカネを(彼のために)払うよう突き動かされたことに果たした役割がそうだ。」(C)

 「<この本に関して>カギとなる問題点は、この本が行う諸主張が、魅惑的な挿話群と情報に立脚しているものの、格別明確に<何かを>明らかにしているようには見えないことだ。
 子供達に関与したり、老人をお蔵入りさせるよりはその面倒を見たり、健康的に食べることや我々が直面する諸危険について現実的に考えたりすることはいいことだ。
 実際、もちろんそれはいいことだ。
 だが、それは常識の部類に属するのであって、伝統的諸文化が我々に教えてくれなければならない何物かであるかどうかに確信が持てないのだ。」(D)

 「ダイアモンド氏の理論は、一つの集団の他の集団に対する内在的な人種的優位のいかなる示唆にも拠ることなく、文化的差異についてのうまい説明を提供しているという長所を有した。
 <他方、>それは、大部分の人類学者達がナイーヴないしばかげていると見る、文化的進化の環境決定論的な考え方を抱懐するとともに、人間の力が果たす役割を無視する、という短所を有した。
 <また、>左翼の社会史家達は、ダイアモンド氏は、何世紀にもわたって世界の多くの部分を隷属状態に置いた植民地主義や奴隷制といった道徳的諸選択を完全に片隅に押しやっている、と指摘した。
 <更にまた、>保守派達は、この著者は、欧米の道徳的哲学や政治的哲学、とりわけ個人的自由、財産諸権、そして自由諸市場の諸概念、が科学的かつ物質的な進歩を可能にしたことに果たした重要性を過小評価している、と文句を言った。」(G)

3 終わりに

 これらの一般的諸批判については、最後のセンテンスの、「欧米の(Western)」を「アングロサクソンの(Anglo Saxon)」に代えれば、私も同感です。
 問題なのは、ダイアモンドにしても、諸評論子にしても、極めてユニークでかつ本来勘案しなければならないところの、日本を視界に入れていないことです。
 これには、日本の人文・社会科学者達が、比較社会的・比較歴史的な視点を持った研究を余り行ってこなかったこと、より端的には、日本において、自然科学者に比して相対的に人文・社会科学者が質量ともに不十分なまま推移してきたことから、人文・社会科学の面で、日本が、一貫して世界に対する発信力に関し遜色があったことにも大きな原因があります。
 戦前は、工学的・制度的に欧米諸国、就中英国に短時間で追いつくことを最優先にせざるをえなかったのでやむをえなかった面がありますが、戦後は、日本人一般が、吉田ドクトリンの墨守により、安全保障感覚を失ってしまったことから、人文・社会科学者もまた、日本以外の世界を理解するための、この基礎的素養を欠くに至ってしまったことや、国が外交・安全保障の基本を擲ってしまったために、戦前の日本の外交・安全保障に密接に関わっていた東アジアやロシアや英米に関する地域研究に従事する学者が払底したのみならず、戦後日本が経済大国になったことに伴って、日本の外交・安全保障に密接に関わる地域が客観的には全世界へと広がったにもかかわらず、上記以外の国や地域の地域研究もまた、当然のことながら、ほとんど行われることなく推移してきたところ、この責めは、吉田ドクトリンの確立に決定的役割を演じた吉田茂を始めとする、当時の現役・OBの外務官僚達が基本的に負うべきである、と言わざるをえません。

(完)