太田述正コラム#5894(2012.12.9)
<近現代における支那と世界(その5)>(2013.3.26公開)

 (6)中共の今後

 「・・・ウェスタドは、中共が、国際介入からエネルギー資源に至るあらゆる政策において支配的な全球的超大国になることが決まっている、という広く受け入れられている考え方(wisdom)をきっぱりと否定する。
 その修辞にもかかわらず、中共は、その実態において、この何十年か、殆んど完全に受け身ないし反応的だった、と。
 中共は、全球的プレヤーとして扱われると嬉しそうにはするけれど、米国を批判するだけで、この力をどう使ったらよいかが分かっている兆候は殆んど見受けられない、とも。

→「米国を批判するだけで」は「米国と日本を批判するだけで」でしょうし、尖閣問題が先鋭化する前にこの本を書き上げたことから無理もない面もあるものの、ウェスタド自身、こんな甘っちょろい評価を下したことに臍を噛んでいることでしょうね。(太田)

 「中共は、世界の隔絶した超大国の目に指を突っ込むことは短期的満足をもたらすかもしれないけれど、そんなものは、国際政治における大戦略の名には値しないことを学ばなければならない」、と彼は冷淡に述べる。・・・
 中共は、中共が率いる世界がいかなるものなのかについてのヴィジョンを持っていない。
 同様、中共国内の党が統率する専制主義の政治モデルのその他の世界への輸出がうまく行くこともありえない。
 アフリカとラテンアメリカの諸国は、中共による投資を歓迎するかもしれないし、米国政府から譲歩を引き出すためにその脅威を利用するのは時には好都合かもしれない。
 しかし、これら諸国の民主主義化との関わりがどれほど心もとないとしても、これら諸国は、「中共モデル」を代替物として真剣に誉めそやすことはない。
 というのも、中共は、最も緊急な諸問題・・一人っ子政策によって悪化させられた人口危機、ガタが来ている福祉制度、そして減速しつつある経済成長・・をまだ解決していないことがはっきりしているからだ。・・・」(D)

 「・・・ウェスタドは、支那は、国際政治と外交における消極的な(reluctant)プレヤーであるし、引き続きそうであろう、と主張する。
 中共が優先しているのは、経済諸関係を育み、荒れ狂う国内諸政治をどう管理するかという現実の諸問題に焦点を絞ることだ、と。
 しかし、中共の、とりわけ直近の隣国群との関係は、支那が世界の文化的中心であるとの伝統(heritage)によって影響を受けている。
 19世紀と20世紀に工業諸大国が支那を勢力圏(spheres of interest)に分割して以来、支那人達に何世代にもわたってたたきこまれてきたところの、注意深く注入された「屈辱」の感覚がこれに加わる。
 決定的に重要なのは、世界が現在「中華人民共和国」として直面しているところのものは、実は支那ではないことだ。
 現在、中国共産党によって統治されている領域は、実際には満州帝国の領域の大部分なのであって、それには支那が含まれており、1644年から1912年まで続いた清王朝によって統治されたものなのだ。
 ところが、フランスと英国の両帝国のような、20世紀に分解したその他の帝国とは違って、最初は国民党の共和主義者達、次いでそれに強引に取って代わった共産主義者達が、外の世界に対して、満州帝国と支那とは同じものである、と説得することに成功したのだ。
 この手品(sleight of hand)から、中共政府の、広大なチベットのヒマラヤ高原、中央アジアのイスラム教徒が住んでいる新疆の北西砂漠地区、そして独立した島国家たる台湾が中共の領域である、との諸主張が流れ出て来る。・・・
 満州帝国のその他の部分で中共政府が欲しがっている(covet)のはどこなのだろうか。・・・
 中共の評論家の中には、それ<(=かつての清の領域)>を超える、日本の南端の琉球諸島・・それには沖縄本島上の米軍基地群がある・・までも要求する若干名がある。
 この主張は、数百年にわたって、当時独立していた琉球諸島の統治者達が満州族の清の皇帝達に朝貢していたという歴史的事実に依拠している。
 朝貢していた、ということの含意は、琉球の太守(sultan)が、他の朝貢諸国同様、清の歴代皇帝達を大君主(overlord)と認めていた、ということだ。
 しかし、中共でこういう主張をする人々があえて強調しないのは、琉球の歴代太守達が、日本の歴代将軍にも朝貢していた点だ。・・・

→次の三種類の非対等な国家関係を頭に入れてください。

 宗主国(suzerain state)--付庸国(vasal state)
 保護国(protecting state)--被保護国(protected state)
 覇権国(hegemon)--冊封国(tributary state)
 (朝貢(進貢/入貢関係)を伴うが、冊封抜きの朝貢関係もあることに注意。) 

 琉球は、明/清の冊封国で薩摩藩の付庸国、徳川幕府との関係は朝貢関係のみ、ということになりそうです。(注5)
 (薩摩藩と徳川幕府との関係については、立ち入りません。)
 (現在の日本が米国の保護国であることはご承知の通りです。)
 従って、ウェスタドの叙述は雑駁過ぎるのではないでしょうか。(太田)

 (注5)「清代には冊封体制の範囲は北アジア・東南アジアなどに大きく広がり、インド以東ではムガル帝国と鎖国体制下の日本のみが冊封体制に入らなかった。・・・<なお、>朝貢自体は冊封を受けなくとも行うことが出来、この場合は「蕃客」(蕃夷の客)という扱いになる。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%8A%E5%B0%81
 「琉球王国は薩摩藩の付庸国となり、薩摩藩への貢納を義務付けられ、江戸上りで江戸幕府に使節を派遣した。その後、明を滅ぼした清にも朝貢を続け<た。>」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%90%89%E7%90%83%E7%8E%8B%E5%9B%BD
 「江戸上り(えどのぼり)とは、徳川幕府へ派遣された琉球国中山王府の朝貢使節。琉球使節・・・とも呼ばれる。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%9F%E6%88%B8%E4%B8%8A%E3%82%8A
 「付庸国・・・とは、宗主国から一定の自治権を認められているが、その内政・外交が宗主国の国内法により制限を受ける国家を指す。・・・宗主国との関係は付庸関係と言う。個々の付庸国ごとに宗主国との関係は一様でなく、国際法主体として対外主権の行使が認められていることもある。しかしながら、いずれにしても国際社会においては宗主国の一部とみなされ、宗主国が締結した条約に付庸国も拘束されうる。この点で被保護国とは異なる。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%98%E5%BA%B8%E5%9B%BD
http://100.yahoo.co.jp/detail/%E5%BE%93%E5%B1%9E%E5%9B%BD/

 ・・・近年において、中共政府が、東南アジアにおける経済の中心としての役割を再主張(reassert)するとともに、かつての冊封諸国家たるベトナム、ラオス、ミャンマー、タイ、そしてカンボジアに対して政治的介入を行うことを躊躇しなくなりつつあること、を我々は目撃させられている。
 しかし、若干の国々、とりわけモンゴルと台湾、は、より困難な(challenging)状況に置かれている。
 これらは、清帝国の正式な一部であって、単なる冊封国ではなく、それが現在では独立国家になっている<からだ。>・・・」(H)

→このあたりのウェスタドの論調は迫力があります。
 ところで、「中華民国は1946年1月にいったんモンゴルの独立を認めたが、後ろ盾のソ連が国共内戦で共産党を支援したことを理由に承認を取り消した。そのため、中華民国(台湾)は以降も長くモンゴルを自国領と主張<している>」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%82%B4%E3%83%AB%E5%9B%BD
という経緯があります。
 中華人民共和国は中華民国の継承国家であるわけですが、モンゴルをどう見ているのか、ご存じの方はご教示ください。(太田)

(続く)