太田述正コラム#5854(2012.11.19)
<ユダヤ人はなぜ優秀なのか(その2)>(2013.3.6公開)

 ユダヤ人の全球的人口は、70年から650年までの間に、少なくとも500万人からわずか100万人まで縮小した。
 征服された人々、鎮圧された叛乱、そして故郷の喪失、は人口圧縮をもたらすけれど、・・・<これら>戦争に関連する虐殺や人口の一般的減少による人口減少は、この人口喪失の約半分を説明するだけだ。
 ・・・残りの200万人は、一体どこに行ったのだろうか。
 ・・・何世代かにわたって、彼らは単にユダヤ人であることを止めたのだ。
 ユダヤ人のアイデンティティが、今や、パリサイ派のタルムードのラビ達によって直接的に識字率に結び付けられた結果、ユダヤ人として子供を育てるにはユダヤ的教育への相当程度の投資が求められるようになった。
 この投資を正当化できるためには、当人がとりわけ熱心なユダヤ教徒であるか、識字が有利となる商人、匠、金貸しのような職業を自分の子供達に見つけることを期待する者か、それともその両方であるか、の必要があった。
 それほど熱心でもなく、また、ユダヤ的教育から自分の子供達が経済的便益を抽き出すのを見る期待が殆んどできない者にとっては、ユダヤ人コミュニティを去る選択肢の方が、文盲たる大衆として<ユダヤ人コミュニティに>残る選択肢より心そそるものがあった、と経済<史>学者達は主張する。
 生き残ったユダヤ人の3分の2はこの道を辿った、と彼らは主張する。・・・
 ユダヤ人達は、その商人たることの重視こそを理由にしてしばしば差別された。
 例えば、繰り返し金貸しの職業を諦めるよう言われた後についにやってきたところの、1290年におけるイギリスからの彼らの追放<(コラム#380、4572)がそうだ。・・・
 ・・・今日<においては>、文盲のユダヤ人であっても、彼らの1,500年前のご先祖様とは違って、少なくとも若干のユダヤ的アイデンティティ感覚を保持することができるようになった。
 <また、>米国のユダヤ人達の過半は、今日では、パリサイ派のラビ達が重視したシナゴーグの会員にはなっていないけれど、79%が、ユダヤ人であることを「極めて積極的」に感じていると報告している。
 部分的には、これは、米国独特のユダヤ人に対する寛容性が、ある者が、ユダヤ教への強い結びつきを持っていない場合でさえもユダヤ人たる少数派としてのアイデンティティを維持することの経済的不利を除去しているからだ・・・。
 同時に、今日における<シナゴーグの>非会員たるユダヤ人は、ユダヤ人学校に通っている者に比べて相対的な経済的不利にもはや直面することがない。
 米国一般における識字率の高さ志向、そして同じ志向が世界のあらゆる地域で見られるようになったことが、おおむねユダヤ人だけであったところの、識字率の高さがもたらした職業的諸機会と同様のものへと<ユダヤ人以外の人々を>導いてきた。
 ・・・今や、ほとんど全ての人が文盲ではなくなったがゆえに、ほとんど全ての人がユダヤ人になったのだ。

3 終わりに

 ずっと以前に、コラム#538で「「人種」のIQを、データの得られている範囲で高い方から並べると、欧米のユダヤ人、東アジア人(中国人・日本人・朝鮮人)、欧米の白人=イスラエル人、アラブ人(エジプト人)=米国の黒人、アフリカの黒人の順となる。厳しい環境(寒冷な気候や迫害)・移住(やる気。奴隷としての移住は逆。・・・)・漢字の習得・IQの高い「人種」との混血・高い生活水準、が高いIQをもたらすと考えられている。」と記したところです。
 今や、世界中の人々がユダヤ人化した、と言われてみれば、確かにそうです。
 そのことは、世界中の人々のIQが上昇してきた(注6)ことが裏付けています。

 (注6)「世界的に、どの人種であっても時代とともに平均数値が著しく向上する傾向が<見られ>る。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%A5%E8%83%BD%E6%8C%87%E6%95%B0

 しかし、ユダヤ人が依然として、相対的に最高のIQを維持していることは驚異です。
 (イスラエル人のIQが月並みなのは、恐らく、同国には相当アラブ人もいるからでしょう。)
 IQが高い以上、今でもユダヤ人が高学歴で、所得も高いことは当然です。
 ただし、人口当たりのノーベル賞受賞者の多さ、すなわち独創性のある人が多いこと、には別の要素もあるように思われます。
 というのも、きちんと計算したわけではありませんが、ユダヤ人に比べてIQの高い東アジア人は(日本人を入れても)ノーベル賞受賞者は、相対的にIQの低い白人よりも人口当たりで、はるかに少ないからです。
 東アジア人の大部分を占める支那人の大方が非自由民主主義体制の下にあることがその原因として大きそうですが、抑圧的な政治体制が独創性を抑圧するとすれば、文明によっても独創性が左右されそうな感じがします。
 私の仮説は、現在生きている文明の中では、選民思想を核とするユダヤ文明、及び、個人主義を核とするアングロサクソン文明は、独創性を育む文明であり、その他の文明は、人間主義を核とする日本文明を含め、独創性に関しては中立的ないし抑圧的なのではないか、というものです。 

(完)