太田述正コラム#5732(2012.9.19)
<地政学の再登場(その3)>(2013.1.4公開)

 (3)各論

  ア 米国

 「・・・カプランは<北米で>新しい国家<が生まれる>という考えを提示する。
 米国は、21世紀中に、東から西に向かって、人種的には色白の大西洋から太平洋に至る温帯において、ではなく、北から南に向かって、つ まり、カナダからメキシコに向かって、ポリネシア的メスチゾ(mestizo)<(注11)>文明が現実には出現する、と信じている、 と。・・・」(C)

 (注11)ラテンアメリカで、インディオとスペイン人との混血。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/217433/m0u/

→書評子による批判を後で紹介しますが、メキシコ「文明」が米国(+カナダ?)「文明」に吸収されて跡形もなくなる可能性はあるかもしれません が、両者が融合してあらたな「文明」が誕生することなど、およそありえない、と言わざるをえません。(太田)

 「・・・米国の地図を見て欲しい。
 米国の東岸にどんなにへこみがあり、複雑であるかを。
 北東部は、無数の良い自然港だらけだ。
 それが、13の植民地が形成されることができた理由の一つだ。
 今度は、アフリカの沿岸全体を見て欲しい。
 それはそれは大きいけれど、比較的自然港は少ない。
 それがアフリカの発展を妨げたのだ。・・・
 米国人達は、自分達が生来的に偉大な人々であるからだ、自分達は偉大な民主主義国家だからだ、と思いたがる。
 しかし、米国人が偉大な人々であるのは、彼らがたまたまどこに住んでいるかにもよる、と私は主張したい。
 彼らは、温帯の最後の、大きくて資源が豊富な部分に住んでいるのだ。
 しかも、温帯の大きな一塊であるだけでなく、内陸に長大な水路を持ち、それらは、南北間を流れるが故にロシアを分割しているロシアの河とは違って、東西間を流れている。・・・」(E)

→すべて、全くのこじつけだ、と言うほかありません。(太田)

  イ ロシア

 「・・・ロシアの絶えることなき草の生えた草原は、欧州からはるか極東まで続き、軍隊や遊牧民の群れによる浸食を阻害する山地も海辺も大きな森もないことが、襲撃の防止策として領域をコントロールする必要性に関する国家的強迫観念を育んできた。・・・
 それは、最初のロシア人であるキエフ・ルス人によって9世紀以降共有された。・・・
 ・・・彼らは、自分達の帝国が崩壊し、18世紀中頃にエカチェリーナ大女帝<(注12)>が出現する以前において、ロシアが最もちっぽけな存在へと縮んでしまうのを眺めた。・・・

 (注12)エカテリーナ。1729〜96年。皇帝:1762〜96年。「ロシア帝国の領土を大きく拡大し<た。>」と日本語ウィキペディアにも ある
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%AB%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%8A2%E4%B8%96
が、下掲のロシア拡大推移図
http://www.britannica.com/EBchecked/media/3392/Russian-expansion-in-Asia
を見ると、彼女の治世を含む、1689〜1801年の間の拡大は、面積的には決して大きくない。西方に拡大した点を過大に評価する点で欧米中心的である、と言ってよいのではないか。

→これは、常識的に、これまで唱えられてきた話であり、目新しさはありません。(太田)

 頗る付きにドイツ系の皇帝、フランス語を話す貴族、欧州的首都サンクト・ペテルブルグにおけるブルジョワ的議会、からなるアンシャンレジーム は、農民達がそうではなかったというのに、西側を向いていた。・・・」(C)

→カプランや上記日本語ウィキペディアの執筆者を嗤えないのであって、当のロシア人の支配層は、ひたすら西側に恋憧れていたわけです。(太田)

(続く)