太田述正コラム#5692(2012.8.30)
<権威・権力・富の担い手と歴史(その2)>(2012.12.15公開)

 (3)各論

 「・・・プリーストランドの本の大部分は、これら三つのカースト間の競争という観点からの最近の歴史についての物語風の説明に費やされている。
 ここでの焦点は、17世紀のイギリスとオランダにおける商人の容赦なき勃興であり、それは、工業時代初期に加速度が付き地球上で地理的に広がり、1930年代初期の大恐慌で一時的に泣きの入った状況になった。
 完全に信用を落としたところの、商人カーストは、ドイツのような国では、ナチスの下での戦士による統治の近代化版に、また、ソ連では、スターリンの下で、軍事官僚とイデオローグの不安定な同盟に、更に、スカンディナヴィアでは、戦士と商人を意のままに操る社会民主主義的賢人による統治に、道を譲った。・・・」(B)

 「・・・これらの異なったカーストの中世における起源について論じてから、この本は次第に速度を速めて20世紀に入る。
 2つの世界戦争は、ハードな商人の興隆(ascendance)<によってもたらされた、>と<プリーストランドによって>解釈される。
 ハードな商人は、外国との競争から守ってもらうため、或いは、市場を拡大することを戦士に求めた<というのだ>。・・・
 ・・・米国は、「商人が単独で統治するに至りかけた唯一の国」だった。
 19世紀と20世紀初期の米国の社会的階統において、商人・企業家(entrepreneur)は完全に支配的(utterly dominant)だった。
 それに引き続く数十年間でその力は少し減少したが、リスクを取り利潤を上げることは引き続き大いに価値あるものとされた。
 こういうわけで、「米国の科学者でさえ、ドイツとフランスの科学者が純理論的研究に集中するのとは対照的に、自分達の「プラグマティズム」と企業との近しさに誇りを懐いた<ものだ>。」
 一つの章は、1920年代に焦点をあてる。
 当時は、米国における商人の王位は至高だった。
 「多数を占める無知で狭量な小農(peasant)の存在を許容するには生活と思考水準が高過ぎるところの自動車化した<米国のような>国で、果たしてボルシェヴィズムが繁栄することができようか」と1924年のシボレー車の広告は問いかけた。
 <そして、>当時の10年間に約2,000のロータリークラブが<世界で>設立され、米国の価値観を世界中に広めた。
 しかし、「何物によっても掣肘されることなきソフトな商人による統治」は、大恐慌をもたらし、その後、戦士が率いた諸体制が欧州の多くの箇所と日本で出現した。
 他の人々と同様、プリーストランドは、1929年の破滅(crash)の後に商人がどのように見られたかと2007〜08年の金融危機の後に商人がどのようにみられたかに関し、驚くべき類似性を指摘する。
 当時も、現在同様、商人は、「利己的で国際的選良で、国のために生産したり普通の人々の仕事を創造したりすることよりも、自分の懐を潤すことの方に、より関心があると見られていた。」
 商人の信用が毀損されることに、全球的共産主義は決定的役割を演じた。
 ソ連についての歴史学者として、プリーストランドは、ヨセフ・スターリンが、彼の、大量殺人者なる、十分それに値するところの、評判にもかかわらず、明確な経済哲学を持った男であったことを我々に思い起こさせる。
 スターリンは、支那人の同僚に対して、「米国人は商人だ。米国の兵士はことごとく投機家であり、買いと売りを生業としている」と語った。
 <また、>フランス人の同志に対して、スターリンは、「人はドルを得ると、頭が空っぽになる」という警句を提供した。
 <更にまた、>チェコ人とポーランド人の幾ばくかが米国の消費者主義によって言い寄られたと聞かされた時、スターリンは、「「欧米の生活様式」に憧れるこれらの紳士が説明できないことが一つだけある。それは、どうして我々がヒットラーを打ち負かすことができたのか」だ」と言明した。・・・」(A)

(続く)