太田述正コラム#5668(2012.8.18)
<フォーリン・アフェアーズ抄(その3)>(2012.12.3公開)

・マーク・プリス&マティアス・マタイス「世界はドイツの決断を待っている--1930年代の教訓」(2012No.7より)

 「Mark Bkyth<は、>・・・ブラウン大学教授(国際政治経済学)<、>Matthias Matthijs<は、>アメリカン大学准教授<で>専門は国際政治経済学」(27)

 「長くMITで教鞭をとり、今も高い評価を得ているアメリカのエコノミスト・歴史家の故チャールズ・キンドルバーガー(1910〜2003)<(注3)>・・・によれば。「経済覇権国は、買い手のつかない商品を受け入れる市場を提供し、安定した為替の維持を心掛け、最後の貸し手としての役目を担い、不況期に長期資金を提供し、マクロ経済政策の強調をまとめなければならない」。利他主義からではなく、既存の秩序から最大の恩恵を引き出している国として、経済覇権国はこの役目を引き受けなければならない、と。・・・
 「アメリカが大恐慌期に世界経済のリーダーとしての役割を果たさなかったことに対するキンドルバーガーの批判は、現在のドイツにもあてはまる・・・。・・・
 2011年末の時点では、ドイツは、ヨーロッパを危機から救い出すリーダーシップを発揮することができないか、あるいは、その気がなかったのか、この五つの指標をすべて満たしていなかった。」(23)

 (注3)Charles P. Kindleberger。ペンシルベニア大学卒、コロンビア大学修士・博士、MIT教授。「第2次世界大戦後数年間の西欧の爆発的成長に関し、旧東ドイツ、トルコ、ユーゴスラヴィア、スペイン、アルジェリアの外国人労働者輸入がなかったらドイツおよびフランスの「経済的奇跡」はなかったであろうと論じた。・・・<著書>『国際経済学』(原書1953年)は、新たに<2人の>共著者を加えて、現在も売れ続けている。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%AC%E3%83%BC

→経済覇権国は自利のためにも人間主義的に行動しなければならないにもかかわらず、戦間期の米国はそうしなかったばかりか、東アジアで人間主義的に対赤露抑止政策を展開していた地域政治経済覇権国の日本を、対米戦争を仕掛けざるをえないところまで追い詰めて叩き、その結果、赤露の東アジア席巻を許してしまったのですから、何度も口を酸っぱくして申し上げて恐縮ですが、米国の罪は万死に値します。(太田)

・アンドリュー・モラフチーク「危機後のヨーロッパ--圏内経済不均衡の是正か」、ユーロの消失か」(2012No.6より)

 「Andrew moravcsik<は、>プリストン大学教授(国際関係論)」(41)

 「ドイツが単一通貨の導入を望んだのは、一般に考えられているのとは違って、東西ドイツの統合をスムーズに進めるためでも、欧州政治同盟の連邦主義を実現するためでもなかった。むしろ、<それまでドイツが追求してきたところの、>開放的な市場、競争的な為替レート、反インフレの金融政策を、<引き続き維持するための環境整備をEU諸国を対象に行うことで>自国の経済的繁栄<の維持>につなげていくためだった。・・・
 <他方、>南ヨーロッパ諸国は・・・ドイツが「国内支出の増大、賃金引上げ、インフレをある程度許容するヨーロッパの構造」を受け入れることを期待していた。この二つの認識が歩み寄り、どこかで交わることが期待されていた。
 だがそうはならなかった。1985年から1995年まで欧州委員会の議長を務め、ユーロの父とみなされることも多いジャック・ドロール<(注4)>でさえ、マーストリヒト条約の交渉を終えた後に「ドイツに立場を譲るように説得できなかった以上、単一通貨構想は失敗すると思う」と語っている。」(29〜30)

 (注4)Jacques Lucien Jean Delors(1925年〜 )。[フランス銀行の走り使い(courier)の息子で1945年からこの銀行に勤め、その後パリ大学で経済学を学んだ。]「フランス出身の経済学者、政治家。フランス大蔵大臣を務めたほか、1985年から1995年まで10年に渡り欧州委員会委員長[(President of the European Commission)]を務め、欧州統合を強力に推進した。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%AB
http://www.britannica.com/EBchecked/topic/156721/Jacques-Delors/156721rellinks/Related-Links ([]内)

→ユーロ圏の政治統合(連邦化)を推進する熱意がドイツを含む主要ユーロ圏諸国において乏しかったことから、ドイツを筆頭とする北欧諸国と南欧諸国との間の思惑の違いが、ユーロ構想を失敗に導くことは、最初から予想できた、ということのようですね。
 (ユーロ構想を成功させるにはユーロ圏諸国の政治統合が本来不可欠であるところ、大陸諸国に嫌悪の念を抱いていて、これら諸国との政治統合などまっぴら御免、という英国がユーロ圏に入らなかったのは当然です。)(太田)

 「10年にわたって、南ヨーロッパにおける単位労働コストが必要以上に上昇し、北ヨーロッパの賃金が抑制される・・・ドイツの政府と組合は協調して、労働市場の規制緩和と賃金を抑えることに務めた・・・という状況が続いたために、ドイツと他のヨーロッパ諸国の競争力ギャップは25%拡大し、これが、もっぱらドイツの輸出産業を利することになった。つまり、ドイツ経済の一部だけがこの期間に実質成長の恩恵を手にした。他の諸国だけでなく、賃金がインフレに応じて上昇しなかったドイツの労働者や納税者も犠牲になった。・・・ 
 ユーロ価値が多少上昇した程度でドイツの対外的競争力が低下することはない。仮に現在もマルクを維持していれば、その価値は、現在のユーロ通貨の価値よりも40%は高いはずで、ドイツ企業にとって、これは、ユーロという相対的に安い通貨によって輸出競争力が高まることを意味した。その結果、ドイツの貿易黒字は、中国のそれさえ上回る世界最大の年間2000億ドルに達している。このうちの40%はユーロ圏内での貿易取引による黒字で、これは危機に直面している諸国が抱える赤字合計額とほぼ同じだ。
 巨額の貿易黒字を蓄積し、一方で国内消費を抑え込んだ結果、ドイツは莫大な資本を抱え込むことになった。ドイツの銀行や投資家は、長期的なリスクを無視して、歴史的な低金利で南ヨーロッパ諸国に資金を提供した。つまり、南ヨーロッパ諸国の財政赤字は、借り手である南ヨーロッパ同様に、北ヨーロッパ諸国の貸し手の責任でもある。・・・
 一般認識そしてドイツその他による公的な説明では、「ユーロ危機は一部の気前の良いユーロ諸国の政府支出によって引き起こされた」とされている。この理屈に従<い、>・・・現在ECB総裁を務めるマリオ・ドラギを含むエコノミストの一部は、経済成長には予算を削るのが好ましいと信じているようだ。
 だが、これは間違った処方箋だ。・・・
 ユーロ圏諸国<の>・・・財政赤字の規模は、日本、イギリス、アメリカに比べれば、・・・ギリシャ<を除き、>・・・まだましなレベルにある。・・・スペインの財政<に至って>は黒字だった。
 危機を引き起こしたもっと重要な要因は民間部門の短絡的判断と、銀行規制が緩すぎたことだ。」(31〜34)

→現在のユーロ圏の危機をもたらした主犯はドイツであり、その罪の重さは、戦間期における米国の罪の重さに匹敵する、という筆者の指摘は、かなり説得力があります。
 人間主義文化を体現している日本は、米国からの「独立」を果たしつつ、人間主義を日本から学んだ米国と手を携えて、先の大戦でたまたま敵の敵同士として一緒に戦ったところの、ドイツの政府と国民に対して、人間主義的であれ、と啓蒙する責任がある、と私は考えるのですが・・。(太田)

(続く)