太田述正コラム#5514(2012.6.1)
<私の現在の事情(続x9)>(2012.9.16公開)

1 始めに

 本日は6月2日であり、昨日のことを書こうとしているわけですが、何だか遠い過去のことのような気がします。
 それにしても、新居は、夜になると、前が私道であることもあって、静かで、ほとんど何の物音もせず、東京の23区内どころか、山奥って感じですし、窓を開け放しておくと風がよく通り、とても涼しいんですね。
 坂を下って少し左へ並木道を行ったところに地域スーパーがあり、道の右手が食料、左手がそれ以外の日用品、という店構えです。
 この店、お惣菜の種類がとても多く、しかもヘルシー志向であり、2000になると、これらを一斉に半額にするのですね。(2200まで営業。なお、旧宅の最寄駅前のイオンとオオゼキは8時半以降、ものによっては半額になるという感じでした。)これじゃ、全く料理をしなくてもお年寄りは生活できそうです。(私はまだお年寄りじゃありません。念のため。)

2 ワケあり物件の悲哀

 とまあ、ここまではいいことずくめでしたが、1日の0900頃、家電量販店から注文した家電一式が届いた時に、ワケあり物件の悲哀を味わうことになりました。
 大型冷蔵庫が階段を上がる途中で閊えてしまうこと、これをクレーンでつり上げることも、前の私道が狭いため、クレーン車が入ってこれないので不可能であることから、2階の台所には入れられないというのです。
 一旦キャンセルしようかと思いましたが、1階に設置してもらうことにし、練馬のマンションにある小型冷蔵庫はアートコーポレーションに処分してもらうことにしてもらっていたのを、5日の引っ越しの時に、新居に運んできてもらって台所にこれを置き、毎日使うものはこちらに入れ、貯めこんでおくものは、階下の大型冷蔵庫に入れておくことにしました。
 旧宅から取り外し、昨日他の引っ越し荷物とともに搬入されていた空調機の取り付け工事が、1100頃には始まりました。
 工事は一台約1時間かかるので、終わるのは早くて1500頃だというので、1400までには戻ると言って1200に出かけました。
 目的は、私が裁判の相手方に寄託していた△△△万円を、判決に従って、私のものとして回収するためです。
 相手方は、私名義で三菱東京UFJ銀行の某支店の貯蓄口座に入れてあるが、通帳・キャッシュカード・印鑑の全てが行方不明である、ただし、口座番号だけは分かる、というふれこみです。
 そこで、本人証明の一環として上記支店の係員に見せるため、改めて区の出張所で住民票を入手しようと池上の出張所を目指したのですが、途中、地元の人とおぼしきおばさんに出張所の場所を聞いたところ、教えてくれたのはいいのですが、それが、何と私が目指したのではない出張所だったのです。
 (恐らく、このおばさん、自分のウチから一番近い出張所を教えてくれたのでしょうね。)
 これで時間をとられ、三菱東京UFJ銀行に着いて、上記口座を解約し、私の三菱東京UFJ銀行の口座に上記△△△万円を振り込んでもらうことにしたのですが、振込先の口座の住所変更に・・事情を書くと長くなるのではしょりますが・・住民票が必要だとして、住民票をとりあげられてしまいました。
 (練馬のマンションの裁判の相手方との共有名義から私の単独名義へ変更するのを司法書士にお願いしているところ、その手続きのために私の住民票が必要。)
 そこで、新居に向かう途中にあるはずの、区の出張所を探したのですが、この出張所の方向表示のできが悪かったため、あらぬ方向をさまよい、やっとのことで、この出張所に到着し、住民票をもらいました。
 係官に、方向表示ひどいねえ、と言ったところ、毎日この出張所に出勤しているはずの係官は全く気付いておらず、住民票の交付を終えてから、私とともに、外に出て確かめ、確かにこれじゃ間違っちゃいますね、と頷いていました。
 方向表示を設置した係官も、毎日この出張所に出勤してくる係官も、いわゆるお役所仕事しかしていない、ということになりそうです。
 その後、曲がるべきところを曲がり損ねたらしく、再び、今度は、地元の人とおぼしきおじさんに曲がるべきところにあるはずのバス停留所の場所を聞いたのですが、自信ありげに、しかしとんちんかんなことを言って埒があきません。
 多分、通り過ぎたのだと自分に言い聞かせて道を引き返し、ようやく件のバス停留所を発見しました。
 おばさんもおじさんも、この界隈の人達は、一体どうなっちゃってんですかねえ。
 結局、1400に新居を来訪することになっていたインテリア業者の女性を10分待たせてしましました。
 そして、ただちに、カーテン/シェード及び照明具の選定に着手しました。
その間の、1500過ぎに空調機の設置工事が終わり、追加料金を支払ったのですが、額の多さにいささか驚きました。(基本的に、アートコーポレーションに支払った料金に空調機関係も含まれているという認識だったため。)
 1630頃だったですかね、カーテン/シェード及び照明具の選定が終わりました。