太田述正コラム#5388(2012.3.29)
<黙示録の秘密(その3)>(2012.7.14公開)

 (3)黙示録の著者の狙い

 「・・・パゲルスは、啓示<、すなわち黙示録>がユダヤ人たるキリスト教徒がユダヤ法を廃止しキリストのメッセージを異教徒(Gentiles)にもたらすというパウロの使命に対して反転攻勢をかける文書である、との近代理論を提示する。・・・」(D)
 「・・・報復を恐れ、ヨハネは、このローマに対する非難をはではでしい暗号で書いた。・・・」(C)
 「より挑発的なことに、パゲルは、ヨハネは、「イエスはイスラエルの救世主(messiah)であって新しい「宗教」に改宗した誰かさんではない、と認めた一人のユダヤ人である、と自分自身をを見ていた」と主張する。
 この区別は重要なのだ。
 というのは、ヨハネは、ローマを獣として描きつつも、同時に、「無名から登場して、イエスのユダヤ人たる追従者達に対して「福音」を極めて違った形で説教し始めたところの、かのタルソス(Tarsus)のパウロ<(注6)>と呼ばれた一匹狼(maverick)」によって鼓吹された異教徒たるイエスの追従者達と関わりを持たないように、との警告も発していたからだ。

 (注6)[5?〜67?]年。「初期キリスト教の理論家であり、新約聖書の著者の一人。・・・古代ローマの属州キリキア(Cilicia)の州都タルソス(今のトルコ中南部メルスィン県のタルスス)生まれのユダヤ人。
 ・・・新約聖書の『使徒行伝([Acts of the Apostles])』によれば、パウロの職業はテント職人で生まれつきのローマ市民権保持者でもあった。・・・もともとファリサイ派([Pharisee])に属し、エルサレムにて高名なラビ・・・のもとで学んだ。パウロはそこでキリスト教徒たちと出会う<が、>・・・、初めはキリスト教徒を迫害する側についていた。ダマスコ<[Damascus]> への途上において、「・・・なぜ、わたしを迫害するのか」と、復活したイエス・キリストに呼びかけられ、その後、目が見えなくなった。アナニア([Ananias])というキリスト教徒が神のお告げによって<彼の>のために祈ると・・・目から鱗のようなものが落ちて、目が見えるようになった。こうしてパウロ・・・はキリスト教徒となった。この経験は「パウロの回心([conversion=metanoia)])」といわれ、紀元[31〜36]年頃のこととされる。・・・。『使徒行伝』によれば3回の伝道旅行を行ったのち、エルサレムで捕縛され、裁判のためローマに送られた。伝承によれば皇帝ネロのとき・・・にローマで殉教したとされる。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%82%A6%E3%83%AD
http://en.wikipedia.org/wiki/Paul_the_Apostle ([]内)
 
 この解釈においては、黙示録は、イエスの信者達の間の初期の権力闘争の一部であって、善と悪、誠信(faithfulness)と背教(apostasy)、救済(salvation)と破滅(damnation)、というくっきりした言辞でもって定義される内ゲバ(internecine conflict)<を描写したものな>のだ。・・・」(A)
 「・・・ヨハネが獣の七つの頭を「7人の王達」と言う時、それは恐らくアウグストゥス(Augustus)から彼の時代までを統治したローマの皇帝達<(注7)>を意味しているのだろう。

 (注7)アウグストゥス、ティベリウス、カリグラ、クラウディウス、ネロ(以上、ユリウス・クラウディウス朝 )、ガルバ、オト(在位:69年1月〜4月)。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E7%9A%87%E5%B8%9D%E4%B8%80%E8%A6%A7

 「獣の数」であるところの、身の毛のよだつような666<(注8)>については、原文が親切にもこう付け加えてくれている。

 (注8)「皇帝ネロ(Nero Caesar)のギリシア語表記(Νέρων Καίσαρ, Nerōn Kaisar)をヘブライ文字に置き換え(נרון קסר, Nrwn Ksr)、これを数値化し(ゲマトリア)、その和が666になるというもの。ヘブライ文字はギリシア文字のように、それぞれの文字が数値を持っており、これによって数記が可能である。この説は、直前の皇帝崇拝らしき記述とも、意味的に整合する・・・。写本によっては、獣の数字は666でなく、616と記されているものもある・・・。この場合は、ギリシア語風の「ネロン」ではなく、本来のラテン語発音の「ネロ」(נרו קסר Nrw Ksr)と発音を正したものと解釈できる。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8D%A3%E3%81%AE%E6%95%B0%E5%AD%97
 「<666は、>転じて、俗に悪魔や、悪魔主義的なものを指す数字とされる。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/666

 すなわち、「分かっている者に誰でもよいから獣の数を数えさせて見よ、それは一人の人物の番号なのだ」と。
 ユダヤの数霊学(numerological)システムであるゲマトリア(Gematria)によれば、それが当時の皇帝のネロへの言及であることはほとんど間違いない。
 <また、>ヨハネによる、大きな山が爆発するヴィジョンは、その頃起こったばかりの79年の<ポンペイを壊滅させた>ヴェスヴィウス火山の噴火への話の種的な言及なのだ。・・・
 パゲルスの本がより独特なのは、啓示<、すなわち黙示録>が、要するに反キリスト教的激論である、との見解だ。
 すなわち、非割礼の非コーシャ(traif=treif)食<(注9)>の異教徒が自分の宗派に入ることを歓迎した聖パウロによって発明されたばかりの「キリスト教」に反対したところの、<イエスの>運動が完全にユダヤ的文脈内にとどまることを欲した、イエスの追従者でユダヤを離れた一人物によってそれは書かれたというのだ。

 (注9)コーシャ(Kosher)。本来はカシュルート(Kashrut)。「ユダヤ教の食事規定のことで、・・・カーシェール<は、この>食事規定・・・で食べてよい食物のことを指す。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%88

 近代的な意味合いで自分自身を「キリスト教徒」と呼ぶ者が、まだ、まずいなかった時にあって、ヨハネは、もし人々が「キリスト教徒」になったら一体何が起こるかを予言しているのだ。
 それは、この書の未来を見据えた懸念なのだ。
 「振り返ってみると、我々は、ヨハネが、巨大な変化の起ころうとしている瞬間(cusp)に佇立していたことを見てとることができる。
 それは、<イエスの>運動全体が、ユダヤ人の救世主的宗派から異教徒達だらけの新しい宗教たる「キリスト教」へとやがて変容するという、巨大な変化だったのだ」とパゲルスは記す。・・・

(続く)