太田述正コラム#5220(2012.1.6)
<ダニエル・カーネマンの世界(その5)>(2012.2.23公開)

 (4)認知的偏向による経済事象の解明

 (最初のものは、コラム#5071で取り上げたものの邦訳です。)

 「・・・平均的に見て、最も活発な<株式>売買者(trader)は最も冴えない結果が得られ、ほとんど売買しない者が最も高い収益をあげた。
 男性は、その役に立たない観念に振り回されて女性より頻繁に売買を行うが、その結果、女性の方が男性よりも高い投資結果を達成する。
 投資信託会社の少なくとも3分の2があげている利回りは、株式の平均利回りを下回っている。・・・
 金融上の助言等のサービスを大金持ちの顧客達に提供する、投資顧問会社の投資顧問は、・・・少なくともポートフォリオ(portfolio)の構築に関しては、<投資顧問会社は投資顧問の>技術(skill)に対して報酬を支払っているということになっているけれど、実は幸運に対して報酬を支払っているのだ。・・・
 <ところが、>技術の幻想は特定の<投資顧問会社において見られる>例外ではなく、この業界の文化に深く染み込んでいる。
 このような基本的な諸仮定に疑いを投げかける諸事実・・それは人々の生計と自尊心(livelihood and self-esteem)を脅かす・・は、それが故に、受け入れられることはないのだ。・・・」(G)

 「・・・ある実験で、企業の財務担当重役(chief financial officer)達に翌年のスタンダード&プアーズ指数(index)の収益率(return)<の予想>を聞いたところ、90%確かな予想値1つは高過ぎ、もう一つの90%確かな予想値は低過ぎた。
 67%において、実際の値は、この範囲からはずれていたのだ。・・・
 ・・・熟達(expertise)は、「予測可能であるほどの十分規則性がある」状況、そして熟達者(expert)が、自分がやったことが正しかったか誤っていたかを迅速かつ明確にフィードバックされる状況に、長期間晒されることで身に着けることができる。
 熟達者達は、こうして、正解を迅速に生み出す無意識の「パターン認識(recognition)」メカニズムを訓練することができる。
 だから、この話はチェスに適用することができる。
 他方、この話は、中東政治の道程を予想することには適用できないことは確かだ。・・・」(C)

 これに対しては、以下のような批判が提起されています。

 「カーネマンは、恐らく、ビジネスの世界を取り扱う時に最も説得力を欠いている。
 ビジネス界・・そしてスポーツ界でも・・トップクラスの人々が結局は平均値に収斂していくとし、彼は、成功はおおむね幸運によるとする。
 これは、これらの<トップクラスの>人が予想できないであろうところの偶然によって決定される事柄と混同している。
 一つの事例をあげれば、好成績をあげている小売店は、好立地にあれば、それは幸運のせいではない。
 そして、その売り上げが後に減少したからと言って、それは、必ずしも、以前の成功が偶然によるもの(random)であることの徴ではない。
 ビジネスは自己矯正的サイクルを持っており、それが平均値への回帰(reversion)を促進するのだ。
 成功は競争相手達を導き入れるからだ。・・・」(B)

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<脚注>(以下の分類は、仮のもの、とご理解ください。(太田))

一、認知的偏向(前出)より

 ・(偏向の一例であるところの)枠づけ(前出)偏向:
 被験者達は、「生存」率が90%であると言われた方が、死亡率が10%であると言われた場合に比べて手術を受ける可能性が高い。(B)

 ・(幻覚の一例であるところの)真実(前出)幻覚(illusion of truth):
 ボールド(bold)体かイタリック(italics)体で印字された単純で繰り返される文句は、我々をいい気分にしてくれる。
 それは正しいように思えるのだ。
 カーネマンに言わせれば、だからこそそれはまさに極めて危険なのだ。(E)

 ・(効果の一例であるところの)後光(前出)効果<は>・・・、特定のいくつかのことに長けている人が誤ってあらゆることに長けているとみなされることを指す。(C)

二、期待理論(前出)より

 ・(誤謬の一例であるところの)埋没費用(前出)誤謬(The sunk-cost fallacy):
 人は後悔することを回避しようとする。
 だから、疑わしい結果が生じつつある場合に、そのプロジェクトを途中で止め、自分が間違っていたことを認めるよりも、そのプロジェクトにもっとカネと時間を投資するものなのだ。(B)

 ・(誤謬のもう一つの例であるところの)計画(前出)誤謬(planning fallacy):
 人は効用を過大推計し費用を過小推計する。
 よって、人は愚かにも危険なプロジェクトに手を出す。
 例えば、2002年に米国人達は、台所の模様替え(remodeling)をするにあたって、平均的に、費用が18,658ドルかかると見込んだが、実際には38,769ドル支払っている。(F)
 <また、>エディンバラの新しいスコットランド議会の建物を計画した人々は、1997年には4000万ポンドかかると見積もった。
 しかし、2004年に完成した時、最終的な費用は〆て4億3100万ポンドだった。・・・(C)

 ・損失回避(Loss aversion):
 実験では、大部分の被験者は、100ドルもらえる50%のチャンスを与えられるよりも、確実にもらえる46ドルの方を好む。
 合理的な人物であれば、この賭けに乗るはずなのだが・・。(B)
 
三、「二人の自分」(前出)について

 意思の力は努力を要する。
 それはシステム2の様相だ。
 実験が示すところによれば、4歳の子供でオレオ(Oreo=ホワイトクリームを詰めたチョコレートクッキー)
http://ejje.weblio.jp/content/Oreo
を食べるのを先に延ばせる者は10年後のIQのテストで、より高い点数をあげた。
 カーネマンは、<システム1から自分の意思で>システム2に移行できる能力は、「積極的な心(active mind)」の徴であり、それは成功の予見者(predictor)であることを示唆している。(B)

(続く)