太田述正コラム#5435(2012.4.22)
<皆さんとディスカッション(続x1530)>

<太田>(ツイッターより)

 背の高い著名女性27選だ。
 ミシェル・ウィーやヴィーナスやシャラポワってこんなに高かったんだね。
http://blog.sfgate.com/hottopics/2012/04/19/my-height-keep-that-question-to-yourself/

 カナダを中心に1980年代から始まり、次第に盛んになりつつあるフェミニスト・ポルノ。そのココロは、「女優」自身が望む、気持ちいいセックスの映像を撮ることだって。
http://www.thedailybeast.com/articles/2012/04/21/can-porn-be-feminist.html http://www.goodforher.com/
 でも、できあがったものは同じかもね。

 米国で過去衝撃を与えたディスクジャケット10選だ。
http://entertainment.time.com/2012/04/20/top-10-controversial-album-covers/#nirvana-nevermind
 このうち、何たって…。

<忍法帖>(「たった一人の反乱」より)

 スタジオジブリのプロデューサーの記事だが、太田さんの持つ印象に近い。
http://av.watch.impress.co.jp/docs/news/20120420_527962.html ・・・

<太田>

 「アメリカに戦争で負けた日本という国を好きになれず、かといって、アメリカに尻尾を振るわけにもいかない。そうだ、もうひとつの西洋、ヨーロッパがあるじゃないか。アメリカと違って、ヨーロッパには、古い伝統と歴史がある。
 新しい“西洋かぶれ”の誕生だった。それは、ヨーロッパにあこがれ、ヨーロッパの文物に親しむ人々のことを指した。
 高畑勲と宮崎駿のふたりも、その例外ではなかった。
 ふたりとも、そういう時代の申し子だった。・・・
 しかし、時の経過は、ふたりに大きな変化をもたらす。日本を舞台に日本人が主人公の作品を作りたい。いつしか、そう願うようになる。・・・
  こうして、企画されたのが、「となりのトトロ」と「火垂るの墓」の2本立て興行だった。いまでこそ、日本が舞台の作品は珍しくないが、当時の日本のアニメーション界では、かなり画期的な野心作だった。企画から数えると、四半世紀、25年前の出来事である。
 最近の話だが、ある人が、こんなことを語ったのが印象的だった。
 日本は戦争に負けてよかった。
 もし、勝っていたら、本当に嫌な国になっていた気がする──。」

 なるほどねえ。↑

<忍法帖>(「たった一人の反乱」より)

≫やっぱそう思う? ≪(コラム#5433。太田)

 アニメや漫画を典拠にするのは、自分の趣味を詳細に吐露するようでやりたくない。
 ただ、自分の体験として言えるのは吉田ドクトリンに影響されたような奇形的な世界観や戦争観を持つ創作物に出会う事がよくあるって事です。
 コードギアスもその一つですが、あれはおそらく、制作当初はアメリカの帝国主義批判が含まれてて、裏には日本の帝国主義批判があったんじゃないかな。
 少なくともプロデューサーの竹田はその意図があったかのような発言をしていますね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E7%94%B0%E9%9D%92%E6%BB%8B

<無頼>

 <反逆のルルーシュについての太田さんの「とりあえずの感想」(コラム#5433)を読みました。>
 どうもいろいろとお調べいただいたようで恐縮です。制作者が、日本の朝鮮統治をモデルにしていたということは聞き及んでおりましたので、「制作者の無知蒙昧ぶり」は、まさしくおっしゃるとおりだと思います。
 太田様にも作品の概要がおわかりいただけたという前提で議論をすすめます。この作品は二人の登場人物ブリタニア国王を憎む「ルルーシュ」と、ブリタニアとの戦争当時の日本の首相の息子であった「スザク」という登場人物がいます。ルルーシュはタイトル通り、ブリタニア王国に反旗を翻すのですが、スザクはブリタニア王国の内部に入り込んで、改革を志すという物語の軸があります。
 つらつら見ていますと、これまでの日本の政治家や官僚には「スザク」、あるいは劣化した自己保身のことしか考えない「スザク」のような人物が多すぎたのでは、という印象も持つのです。
 私が、ギアスを紹介したのは、第一に「日本が既に植民地統治下にある」という前提を導入している点です。この点は、太田先生から紹介のあった「宇宙戦艦ヤマト」には、まったくなく(これは戦争の物語ですから)、また、「沈黙の艦隊」の方も現実をベースにした物語だったので、ここまで極端な設定がなされているわけではなかったと思います。
 その理由の第二がこの「スザク」の存在です。
 太田先生は「マインドコントロール状態は一層昂進」しているとおっしゃっていましたが、この作品は、全体を通しでごらんになればわかりますが、日本が置かれた植民地的状況を強く意識させるものです。単純でもあり、かつまた奇妙なバイアスがかかっていることは認めた上ですが、自国の独立を意識させる面もあるように思います。
 とはいえ、この作品はフィクションなのですから、この物語の粗筋を楽しむのが本旨であろうとはおもいますが。
 結局のところ、「マインドコントロール状態は一層昂進」という文言に一番違和感を覚えたのだと思います。果たして、「マインドコントロール状態」ですばらしい作品がうまれうるものなのかは是非伺いたいところです。
 例えば、これは漫画ですが、森薫の「乙嫁語り」という作品があります。これも知り合いから借りて気に入ってしまい、思わず現在出ている3巻はすべて購入しました。この作品はウィキペディアにもあるとおりフランス・アングレーム国際漫画祭2012、世代間賞受賞、それにアメリカ・全米図書館協会、10代向けグラフィックノベル・ベスト10に選出されています。
 もう一つ例を挙げましょうか。それは惣領冬実の「チェーザレ」です。これは言わずと知れたチェーザレ・ボルジアの伝記漫画です。現在は8巻まで刊行されているようです。特にハインリッヒ7世とダンテの関わりを扱った7巻は、文字通り圧巻でした。ピサの聖堂の石棺に11人しか使徒が描かれていない理由がこんなところにあったとは・・・。私も歴史にはそう詳しい方ではありませんが、おもしろかったのも事実です。
 ああ、ここまで書いて気がついたのですが、これらの作品は「英米史」でも「日本史」でもありませんでしたね(笑)。乙嫁は19世紀の中央アジアですし、チェーザレはイタリアですからね。
 おまけでもう一つ、「武装中学生」を挙げておきましょうか。
 こちらの方は、オーディオドラマで
http://animetore.blog84.fc2.com/blog-entry-6433.html
こちらの方から聴くことができます。ギアスにかんしては、いろいろとお調べになっていましたので、こちらの作品の方も制作者にかんして調べられれば、「マインドコントロール状態は一層昂進」したかどうかに関する判断材料が得られることと思います。

<太田>

 「マインドコントロール状態<が>一層昂進」してたって、「すばらしい」フィクションは生み出せますよ。
 「左翼」の大江健三郎はノーベル賞とったし、「アメリカかぶれ」の村上春樹も世界で売れっ子になってるじゃないですか。
 「日本は戦争に負けてよかった」と言っている宮崎駿もアカデミー賞等をとりましたよね。
 それに対して、「反逆のルルーシュ」はダメ・フィクションだと言っているのです。
 歴史フィクション(近未来フィクションを含む)が「すばらしい」ものであるためには、改編された歴史に蓋然性があるか、蓋然性がなくても風刺が効いているかじゃなくっちゃいけませんや。
 米国がイギリスから独立できなかった可能性や、イギリスがフランスに奪取されることはありえても、「<欧州大陸>諸国が市民革命と議会制度化により停滞していたのに対し、イングランド王国は絶対君主制を固持」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%89%E3%82%AE%E3%82%A2%E3%82%B9_%E5%8F%8D%E9%80%86%E3%81%AE%E3%83%AB%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A5
という想定はひど過ぎます。
 これ一発でアウトでしょう。
 
<無頼>

≫「洋楽」、67位に初めて登場するだけじゃあーりませんか。≪(コラム#5433。太田)

 申し訳ございません。丁寧に列挙しておいた方がよかったですね。
 私の見るところですと、27位のノーランズのダンシングシスター、57位のブロンディのコール・ミーなどは洋楽のジャンルに属すると思うのですが、いかがでしょうか。
 ブロンディは当時良くラジオでも聴くことができたように思います。
 昔は、アメリカのポップスでも良く耳にしたような気がします。
 最近では、ブリトニー・スピアーズ(これも古いですね)、レディ・ガガ(こちらは聴いたことがありません)などでしょうか。
 残念ながら、90年代以降は、少なくともシングルで売れるほどの印象深い曲はかなり少なくなったと思います。

<太田>

 ありゃー、ひでえ見落しをしてました。
 ですが、「ダンシングシスター」
http://www.youtube.com/watch?v=Q5w8EooYar8
は、クラシック的とまでは言えなくても、ロック的という意味での現在の洋楽とは違いますよね。
 でも「コールミー」
http://www.youtube.com/watch?v=aH3Q_CZy968&feature=related
はロックくさいし、もう一つ私が見落としていた、66位のアバの「ギミー・ギミー・ギミー」(スウェーデン人のグループだけど)
http://www.youtube.com/watch?v=RLtU7aOnp2U
は、まさに、日本における洋楽の流行のはしりですね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ABBA

 しかし、仮にこれらを全てカウントしたとしても、67位までに4曲しか、非日本人の曲が入って来ていなかったのですからねえ。

<ねこ魔人>

 --ヒンデンブルクの失策から分かる石原の功名--

 ・・・私は、石原の満州事変の意義を理解するには、ヒンデン<ブル>クの政策を見ればすんなり理解できるように思<います>。

 ヒンデン<ブル>クは、ドイツの大統領であり、ナチス政権樹立を阻止しうる立場にいたにも関わらず、ナチスの台頭を許しました。彼は、シュライヒャーの国会解散と軍事政権樹立の提案を違憲であるとして却下しました。

 一方、石原は、大佐に過ぎず、本来は関東軍を動かしうる立場にはなかったが、独断ではあるものの、関東軍を<動かし>、ソ連とシナの緩衝地帯として満州国を樹立。以て全体主義勢力である、ソ連のシナでの拡大を防ぎました。

 以上の通り、ヒンデン<ブル>クはナチスを弾圧しなかったので、ナチスの全体主義が普及するのを防げなかったが、他方で、石原は満州国を樹立することで、ソ連のシナでの伸長を抑制しました。よって、ヒンデン<ブル>クの失敗をみることで、石原の行動は、中国での全体主義勢力の拡大を防ぐためには必要であったと理解しやすいと思います。さもなければ、ドイツでのように、全体主義政権が樹立<され>てしまうからです。いわば、ヒンデン<ブル>クは反面教師みたいなものです。

 ここから、全体主義勢力を防ぐためには、同勢力を徹底的に抑制することが必要である、という一般則が見えてきそうです。

 もし石原の行動が侵略だ、という主張をする人がいれば、こういう説明をすれば、相手にも納得してもらえそうです。

<太田>

 当時のドイツの歴史を振り返ってみましょう。

 「<1932年>11月6日の総選挙でナチ党は議席を減らしたが、<608議席中>196議席と第一党の座を維持した。しかもヒンデンブルク<大統領>やパーペン<首相>にとってナチ党よりも憎むべき敵ドイツ共産党が初めて100議席を獲得した。・・・パーペンはヒンデンブルクに<戒厳令を施行して憲法を停止し、全権を掌握することを勧め、>ヒンデンブルクは・・・<それに>一度賛成した<が、>シュライヒャーがそのような事をすれば必ずナチ党と共産党が反乱を起こ<し、>[ポーランドが侵攻して来るだろうが]、軍にそれを鎮圧する能力はないとして反対した<ため、>・・・パーペン内閣は・・・総辞職せざるをえなくなった。ヒンデンブルクはシュライヒャーに・・・内閣をつぶした責任を取って後任の首相を引き受けるべきであると・・・組閣を命じ、12月3<日>に彼がヴァイマル共和国最後の首相に就任した。・・・
 <しかし、>ヒトラーは<自分を首相にすべきだとして>・・・シュライヒャー内閣への協力を拒絶した。・・・一方、すっかり反シュライヒャーの立場になっていたパーペンはヒトラーと連携をはかった。・・・ヒンデンブルクはなおもヒトラーの首相就任には抵抗があったが、・・・パーペンらに説得された。・・・パーペンや<ナチ党以外の政党の政治家>も入閣するので・・・ヒトラーを掣肘出来ると・・・。
 1933年1月30日・・・、ヒンデンブルクはついにヒトラーを首相に任命した。
 ヒトラーが首相に就任して2日後の1933年2月1日、ヒンデンブルクはヒトラーの要請に応じて国会を解散し、総選挙が始まった。さらに2月4日にはヒトラーの要請で「ドイツ国民保護のための大統領令・・・を発令し、国民の集会・出版・言論の自由を停止した。さらに2月27日に国会議事堂放火事件が発生したことを受けて、翌28日に「国民及び国家保護のための大統領令」・・・を発令し、国民の権利停止の範囲を拡大した。・・・<そして、>共産党の活動は禁止され、同時に社民党の機関誌も発行禁止処分を受けた。
 3月5日の国会選挙の結果、ナチ党は43.9%の得票率を経て288議席を獲得した。またヒトラー内閣の与党である国家人民党が52議席獲得したため、与党は過半数を獲得した。更に3月9日には共産党の国会議員81名が資格停止処分の受け・・・たため、ナチ党が単独過半数を獲得した。・・・
 <こうして、>ヒトラーに国会の承認も大統領の署名も必要無しに憲法を除くすべての法律制定・条約締結の権限を与える内容の「全権委任法[(Enabling Act)]」が提出される。賛成441票、反対94票で可決された(社民党のみ反対)。ヒンデンブルクはこれに異議なく署名し、ドイツの議会政治は止めを刺された。・・・
 この頃、ヒンデンブルクの健康はかなり悪化しており、7月頃には前立腺の切除手術が検討されたが、手術に耐える体力がないとされて中止している。彼はほとんどを・・・別荘で過ごすようになっていた。・・・1934年7月末頃にはたびたび昏睡状態に陥るようになる。・・・1934年8月2日、ヒンデンブルクは死去した。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%82%A6%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%92%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%B3%E3%83%96%E3%83%AB%E3%82%AF
http://en.wikipedia.org/wiki/Paul_von_Hindenburg ([]内)

 ヒンデンブルグは当時のドイツの国家元首であり、しかも、首相に匹敵あるいは首相を超える権限を有していました。
 当時の日本で言えば、天皇と首相の権威と権限を併せ持ったような存在です。
 しかも、ヒンデンブルグは、昭和天皇同様、国民及び軍の多数から厚い信頼を寄せられていました。
 他方、当時の石原莞爾は、軍の一出先部隊の、しかも主任参謀に過ぎません。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E5%8E%9F%E8%8E%9E%E7%88%BE
 ですから、いくらこの二人が強い反赤露意識を共有していた軍人・・ヒンデンブルグの場合、元軍人・・であって、遵法と超法規との間を揺れ動いた・・「1936年・・・の二・二六事件の際、石原は参謀本部作戦課長だったが、戒厳司令部参謀兼務で反乱軍の鎮圧の先頭にたった。」(ウィキペディア上掲)・・という点でも共通していたからといって、この二人を比較する意味は全くありません。

 私見では、ドイツにおける、少数派であったところのナチスによる全権掌握は当時のドイツの自由民主主義が未成熟・・上掲を読んで改めてそう思いませんか?・・であったためであるのに対し、日本における世論を背景とするところの直接民主主義的な満州保護国化は当時の日本の自由民主主義がドイツに比べてはるかに成熟していたからこそなのです。
 前者の責任を高齢で殆ど瀕死の状況であったヒンデンブルグに負わせることは余りにも酷であるというものでしょう。

<オフ会支援グループ>

 5月26日(土)に太田述正講演(オフ)会を開催します。
 やまもとさん、恐縮ですが、申し込みフォームの作成をお願いします。

13:00 準備・参加受付
13:15 講演「私の歴史観・・様々な補助線について考える」
14:15 自己紹介
14:35 休憩
14:50 質疑応答
17:00 片付け

●二次会 17:30〜
場所 鳥良 新大久保店
http://www.samukawa.co.jp/toriyoshi/shinokubo/index.html
予算 3,000円程度

●三次会 19:30頃〜
場所 喫茶室ルノアール 新大久保駅前店
http://www.ginza-renoir.co.jp/renoir/116.htm

一次会(講演会)のみの参加はもちろん、二次会・三次会からの参加も大歓迎です。
※二次会への参加をご希望の方は、5月20日までにお申し込み下さい。

<太田>

 それでは、その他の記事の紹介です。

 また、野田政権が安全保障分野で業績をあげそうだな。↓

 「韓国国防省は、韓国軍と自衛隊との間で軍事情報を共有するために、その前提となる防衛秘密の保全手続きを定める協定を了解覚書(MOU)の形で結ぶ方針を固めた。金寛鎮(キム・グァンジン)・国防相が軍事情報包括保護協定(GSOMIA)と物資などを融通し合う物品役務相互提供協定(ACSA)のMOU締結に向け、5月中にも訪日する見通しだ。・・・」
http://www.asahi.com/international/update/0421/TKY201204210554.html
----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

太田述正コラム#5436(2012.4.22)
<人間主義と経営・経済>

→非公開