太田述正コラム#5212(2012.1.2)
<ダニエル・カーネマンの世界(その1)>(2012.4.19公開)

1 始めに

 ダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman)の新著 'Thinking, Fast and Slow' の書評をもとに、彼の業績を振り返るとともに、私のコメントを付そうと思います。
 実は私は、この本を取り上げることから逃げ回っていたきらいがあります。
 そのマイナーな理由は、既に部分的に過去、(コラム#4974と5071で)この本を取り上げたことがあるからであり、メジャーな理由は、彼の業績が多岐にわたっていて、この本の書評だけではその全体像が掴みにくいからです。
 とはいえ、カーネマンの業績の重要性に鑑み、逃げてばかりいるのは止め、年が改まった機会に、カーネマンにチャレンジすることとした次第です。

A:http://www.guardian.co.uk/books/2011/dec/13/thinking-fast-slow-daniel-kahneman
(12月14日アクセス)
B:http://www.businessweek.com/magazine/book-review-thinking-fast-and-slow-by-daniel-kahneman-10272011.html
(12月17日アクセス)
C:http://www.ft.com/intl/cms/s/2/15bb6522-04ac-11e1-91d9-00144feabdc0.html#axzz1gfeALWHB
(11月7日アクセス)
D:http://www.independent.co.uk/arts-entertainment/books/reviews/thinking-fast-and-slow-by-daniel-kahneman-6263560.html?printService=print
(12月17日アクセス)
E:http://www.slate.com/articles/life/science/2011/10/daniel_kahneman_s_thinking_fast_and_slow_reviewed_.html
(10月27日アクセス)
F:http://www.nytimes.com/2011/11/27/books/review/thinking-fast-and-slow-by-daniel-kahneman-book-review.html?_r=1&pagewanted=print
(12月17日アクセス)
G:http://www.nytimes.com/2011/10/23/magazine/dont-blink-the-hazards-of-confidence.html?ref=magazine&pagewanted=print
(10月24日アクセス)(コラム#5071参照)
H:http://www.psychologicalscience.org/index.php/publications/observer/obsonline/thinking-fast-and-slow.html
(12月17日アクセス)

 なお、カーネマンは、「経済学と認知科学を統合した・・・<米>国(ユダヤ人)の心理学者、行動経済学者。1934年<に>・・・イスラエル・テル・アヴィヴで生まれ、幼少時代をパリで過ごし、[ナチス占領時代に辛酸を舐める。]1948年にパレスチナに移住。エルサレムのヘブライ大学で数学[(副専攻)]と心理学[(主専攻)]を学んだ後、イスラエル国防軍[で士官候補生評価法の開発に従事。]1958年に<米>カリフォルニア大学バークレー校で博士号(心理学)取得。ヘブライ大学、ブリティッシュコロンビア大学、カリフォルニア大学バークレー校を経て、・・・現在、プリンストン大学[名誉]教授。[1971〜79年・・・にツヴェルスキー(Tversky)と共に期待理論(prospect theory)を発表、この業績に対して]2002年にノーベル経済学賞を受<与された。> [(ツヴェルスキーは1996年に死亡。)・・・1990年代に入ると、カーネマンの研究は次第に関心の中心を「快楽主義心理学(hedonic psychology)」に移して行<き、現在に至る]」という人物です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%8B%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%8D%E3%83%9E%E3%83%B3
http://en.wikipedia.org/wiki/Daniel_Kahneman([]内)
(どちらも1月1日アクセス)

2 ダニエル・カーネマンの世界

 (1)序

 「2002年にダニエル・カーネマンはノーベル経済学賞を受賞した。
 これが異例であった、というよりこの賞の歴史においてユニークであったのは、カーネマンが心理学者であったことだ。
 具体的に言うと、彼は、・・・<ツヴェルスキーと共に、>ホモ・エコニミクス(Homo economicus)として知られる超合理的意思決定者[ないしは「合理的エージェント(rational agent)]という経済理論家達にとって長らく愛顧された存在を取り除こうとしたのだ。
 人間の非合理性はカーネマンの大きなテーマだ。
 彼のキャリアには、かいつまんで言えば、三つのフェーズがある。
 最初のフェーズにおいては、彼とツヴェルスキーが独創的な諸実験を行い、20いくつもの「認知的偏向(cognitive biases)」・・我々の世界に関する判断を歪めるところの推理の無意識の誤り群を見つけた。
 これらのうちの典型的なものは、「碇効果(anchoring effect)」だ。
 すなわち、我々が向き合わされるところの直接関係のない数によって我々が影響される傾向があることだ。
 (例えば、ある実験では、経験豊かなドイツの裁判官達が、大きな数字の目を出すよう仕組まれた2個のサイコロをふったばかりの場合、万引き犯に対し、より長い服役刑を宣告する傾向が見られた。)
 第二のフェーズでは、カーネマンとツヴェルスキーが、不確かな状況下では、人々は、経済モデルが伝統的に仮定してきたところの、「効用極大化」など行わないことを示した。
 この二人は、意思決定についてのそれに代わる説明ぶりを作り出した。
 それは人間心理により忠実なものであり、彼らはそれを「期待理論」と呼んだ。
 (この業績に対してカーネマンはノーベル賞を授与された。)
 そしてカーネマンは、彼のキャリアの第三のフェーズ、すなわち、おおむねツヴェルスキーの死後、において、「快楽主義心理学」に分け入った。
 これは、幸福、及び幸福の本質と諸原因についての科学だ。
 この分野で彼が発見したもろもろは、穏やかならざるものだった。
 それは、その軸となった実験が意図的に長時間実施したところの結腸鏡検査(colonoscopy)に係るものであった、という理由だけではない。
 <この本>'Thinking, Fast and Slow' は、この三つのフェーズすべてを扱っている。」(F。ただし、[]内はBによる。)

(続く)