太田述正コラム#5206(2011.12.30)
<リベラルなイスラムは可能か(その5)>(2012.4.16公開)

3 アキョール批判

 (1)コーランだけのイスラム教などありえない

 コーランは、(原文のアラビア語で)朗読すると耳に心地よいけれど、その中身は、ユダヤ教やキリスト教徒にお馴染みの旧約聖書由来の物語の焼き直しが多く(コラム#16)、しかも繰り返しが多く、無味乾燥で、面白くもなんともなく、かつ、現代人たる我々の感覚からすると、何とも好戦的であるとともに、時代遅れ、ないし野蛮な記述が多数見られます。(直接、コーランの邦訳にあたって確かめていただきたい。)
 だからこそ、と言うべきか、アラビア語を解する人を含め、イスラム教信仰でコーラン(の中身)が占めるウェートは低いのであって、イスラム教の魅力は、「強い社会・生活規制(宗教に由来する法、安息日・食物禁忌等)がある」(コラム#19)ところ、むつかしいことは何も考えず、かかる社会・生活規制に従って生きることで、最低限の社会的連帯意識が醸成されるとともに、個人的救済の保証という安心感が得られる、というところにあるのです。
 アキョールは、「強い社会・生活規制」を規定しているところの、ハディスやシャリアを否定し、コーランだけへの回帰を主張しているわけですが、そんなことをすれば、大部分のイスラム教徒にとっては、上述した社会的連帯意識や個人的救済保証感が失われるだけでなく、上述したコーランの様々な欠陥と直面させられて幻滅させられることとなり、その結果、イスラム教が壊滅するであろうことは日の目を見るよりも明らかでしょう。

 より根本的な点ですが、アキョールが、ロバート・R・レイリーの指摘、すなわち、イスラム世界の停滞は、コーランが「神の言葉」とみなされていることの論理的帰結である(コラム#4218、4220、4222、4224)、にも正面から応えようとする努力を放棄してしまっているように見えることも遺憾です。 

 (2)トルコの正義開発党政権への評価が高すぎる

 アキョールについて、もう一点指摘せざるを得ないのは、トルコの現正義開発党政権への評価が高すぎる点です。

 確かに、下掲のように、同政権には評価すべき点が多々あることは認めます。

 「トルコ・・・経済は、レセプ・タイイップ・エルドガン(Recep Tayyip Erdogan)が首相の座に就いてからというもの、三倍の規模になり、彼の政府は、トルコ革命100周年にあたる2023年までに、トルコを世界第10位の規模の経済にするビジョンを発表した。・・・
 ・・・トルコは、そのアイデンティティ・クライシスをほとんど解決した。
 欧州か中東か<(欧州)(太田)>、宗教的か世俗的か<(世俗的)(太田)>。東か西か<(西)(太田)>、地域的か全球的か<(地域的(?))(太田)>という対立軸でアイデンティティを構成することに代わって、トルコは、現在では、その優位をパートナーシップ・・イスラムと世俗、東と西、地域的と全球的<の総合(太田)>・・において構成する。・・・
 トルコは、若者に上昇移動の他の諸経路を提供するためにその歴史を通じての予算における最高の割合を教育に費やしている。」
http://www.foreignpolicy.com/articles/2011/12/27/the_turkish_roundabout?page=full
(12月29日アクセス)

 そして、下掲のように、トルコが欧州を部分的にではあれ、「凌駕」しつつある印象を我々に与えつつあることも事実です。

 「「フランスがアルジェリアでやったことはジェノサイドだった」とエルドガンは、極めて個人的な演説にフランス大統領のニコラス・サルコジへの批判をちりばめた。
 エルドガンは、1945年から62年までのフランス占領下で、アルジェリアの総人口の約15%が虐殺されたと述べた。
 「彼らは情け容赦なく殉教させられた。
 もしサルコジがそれがジェノサイドであったことを知らないのであれば、自分の父親のパル・サルコジに聞けばいい。1940年代に、彼は駐アルジェリア仏外人部隊員(legionnaire)だった。
 この父親は、息子にフランスがアルジェリアで犯した虐殺についてたくさんのことを教えてくれることだろう」と。
 パル・サルコジは、フランスのTVで語った。
 「私はアルジェリアにいたことなど一度もない。
 私は外人部隊に4ヵ月在籍したが、マルセイユより遠くに行ったことはない」と。
 この<両国間の>ケンカは、何週間にもわたって燻っていたが、22日にフランスの下院議員達がアルメニア人のジェノサイドを否定する者に一年間の投獄と45,000ユーロの罰金を科すことができるとする法案を可決したことで爆発した。・・・
 トルコは、サルコジの与党である右派のUMP党が、このジェノサイド法を翌年の大統領選及び下院議員選で500,000人のアルメニア系フランス人の投票者達を惹きつけるために用いていると非難した。
 仏社会党もまた、ジェノサイド否定を犯罪化することを支持した。・・・
 この、ジェノサイド否定を犯罪化する法律は、来年仏上院で審議される。
http://www.guardian.co.uk/world/2011/dec/23/turkey-accuses-france-genocide-algeria
(12月24日アクセス)

 いささか、勇み足気味のところもあるけれど、エルドガンの主張の方が筋が通っていると思われることでしょう。
 国家が特定の歴史解釈を押しつけるだけでなく、かかる歴史解釈を否定することを犯罪とするなど、その対象がユダヤ人に対するドイツによるジェノサイドだろうがアルメニア人に対するトルコによるジェノサイドだろうが、当該国家が近代国家を標榜するのであれば、あってはならないことだからです。

 他方、下掲のようなことがエルドガン政権下で行われているのは、到底看過するわけにはいきません。

 「9.11同時多発テロ以来、トルコは、13,000人近い人々をテロがらみの罪で有罪としたが、これは中共を含む66カ国中、最も数が多い。・・・
 裁判前の勾留は長く、警察権限は広範であり、薄弱な証拠で捜査が開始され、逮捕者を代理する弁護士達の逮捕が次第に増大していること、はトルコが被害者/被告の権利について深刻な問題を抱えていることを意味する。」
http://www.csmonitor.com/World/Middle-East/2011/1226/Is-model-Turkey-sliding-into-authoritarianism
(12月27日アクセス)
 「現在、100名近くのジャーナリストがトルコの牢獄に入っている。
 彼らの大部分はテロ裁判待ちで勾留されており、残りの多くは対テロ諸法で有罪となったものだが、新聞の諸機関は、これらの法は、解釈の幅があるし、政府とその対テロ諸政策に対する批判を抑圧するために用いられていると見ることもできる、としている。
 過去においては、多くのジャーナリストや著述家達がトルコ刑法の悪名高い第301条に基づいて告発されてきた。
 同条は、「トルコ性に対する侮辱(insulting Turkishness)」を犯罪としている。
 また、長い勾留期間は、それ自体が一種の刑罰と化しており、既に9カ月も勾留されている、ジャーナリストのアハメト・シク(Ahmet Sik)とネディム・セネル(Nedim Sener)の事例<(注18)>はまさにそうだ。・・・

 (注18)シクは1970年生まれ。
http://en.wikipedia.org/wiki/Ahmet_%C5%9E%C4%B1k
 シクはセネルらと共に、世俗主義者達と超ナショナリスト達によるテロでもって正義開発党政府を転覆するためにニュース・ウェブサイトをフロントとして用いたとの、いわゆる「エルゲネコン」陰謀("Ergenekon" plot)に関与した嫌疑がかけられている。
http://www.freemedia.at/awards/nedim-sener/

 投獄されているジャーナリストの多くはクルド人であり、トルコ、米国、そしてEUにおいてテロ組織に指定されているところの、クルド労働者党、ないしはPKKのプロパガンダを広めたと非難されているものだ。」
http://blogs.wsj.com/emergingeurope/2011/12/26/turkeys-ak-party-democratization-package-to-free-expression/?mod=WSJBlog&mod=emergingeurope
(12月27日アクセス)
 「・・・アラブの春の蜂起以来、トルコは発展途上の中東諸民主主義国がマネをすべき青写真として喧伝されている。
 しかし、多くの観察者達は、トルコの少数民族のクルド人に対する扱いからして、同国が果たして模範例とみなされる権利があるかどうかについて、疑問を呈している。
 今年、4,000人を超える<クルド>人達が、恣意的なテロ嫌疑の下に逮捕された。
 その中には、先週逮捕された何ダースものジャーナリスト達が含まれている。
 そして、クルド分離主義者達に対する軍事作戦は激しくなり、12月だけで少なくとも27人が殺され、ゲリラ達は治安部隊や一般住民に対する暴力的攻撃をエスカレートさせている。・・・」
http://www.guardian.co.uk/world/2011/dec/28/kurds-turkey-arrests-violence-radicalise
(12月30日アクセス)

 私見では、現正義開発党政権下のトルコの瞠目すべき資本主義的高度経済成長も、憂うべき人権状況も、中共におけるそれと好一対であり、同政権が今後、一層中共の顰に倣って、選挙制度や議会制度を蔑にするファシスト政権化する可能性を誰も否定することはできないでしょう。
 アキョールは、現政権に対して甘すぎる、と断定せざるを得ないのです。

4 終わりに

 以上を読まれて、アキョールの標榜するリベラルなイスラムなど、矛盾語法(oxymoron)以外のなにものでもない気がされてきたのではありませんか。
 それはさておき、正義開発党も、このアキョールも、(後者が前者と比較して、イスラム的「社会・生活規制」志向がゼロ、かつ、人権をより重視する、という違いこそあるものの、両者ともに、)トルコがケマリズムという国家宗教を廃棄するにあたって、いきなり世俗化の道をつきすすむことに不安を覚えるトルコ国民が多いことから、ケマリズム以前の(オスマントルコ時代のトルコの)国家宗教であったイスラムを掲げることでこの不安を緩和する役割を果たしている、と我々は理解すべきでしょう。
 我々としては、正義開発党政権が微妙な舵取りに失敗して、(悪くすると)イスラム原理主義政権化したり(それほど悪くしなくても)ファシスト政権化するようなことのないよう、トルコ内のイスラム廃棄論者やアキョールのような(本人はむきになって否定するでしょうが)隠れイスラム廃棄論者に声援を送る一方で厳しい監視の目を光らせて行く必要がある、と思うのです。

(完)