太田述正コラム#5190(2011.12.22)
<阿部泰隆論文を読む(その1)>(2012.4.8公開)

1 始めに

 フリンジドピンクさんが引用した、阿部泰隆「国家賠償法上の求償権の不行使からみた行政の組織的腐敗と解決策」(自治研究 第87巻第9号 2011年9月10日発行)の評論を行いたいと思います。
 何の関わりもないXXXXさんが、進んでこの論文のコピーを送ってくれたことに感謝します。
 阿部泰隆は、1942年生まれで東大法卒。東大助手、神戸大法助教授・教授を経て、現在、中大総合政策学部教授をしている行政法学者です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BF%E9%83%A8%E6%B3%B0%E9%9A%86

 以下をお読みになる前に、防衛庁リスト事件をご存じない方は、コラム#38、51をあらかじめ読んでおいてください。
 (フリンジドピンクさんとのやりとり(コラム#4975、4977、4979、5011、5013、5015、5123、5125、5129)については、必ずしも読んでいただく必要はありません。)
 取り上げたのが法律学に係る学術論文ですから、一読しただけでは分かりにくい箇所があると思いますが、あしからず。

2 評論

 (1)背景

 防衛庁リスト事件でリストに載せられた約140名のうち、プライバシー侵害等を理由として国家賠償請求訴訟を提起したのは、これまでに東京都在住者1名と新潟県在住者1名であり、それぞれが提起した訴訟を、阿部は、「リスト東京訴訟」、「リスト新潟訴訟」と呼んでいます。

 「<東京訴訟では、>東京地判平成16年2月13日・・・で、自己が欲しない他者にみだりにこれを開示されたくないとの法的保護に値する原告の期待を侵害するもので、請求者のプライバシーの侵害に当たるとして国に10万円の賠償が命じられた。
 ここで、この三等海佐の故意が認定されている。彼は、本件リストに入力する個人情報が情報公開業務を行う上で必要とされる範囲を超えるものであることを自覚しつつ、本件リストを作成したものであり・・・、また、自分が以前海幕調査課で勤務した経験があることから、本件リストを同課及び海上自衛隊中央調査隊の担当者に活用してもらえるのではないかと考え、情報公開室以外の職員である海幕調査課情報保全室員1名及び海上自衛隊中央調査隊員1名に、それぞれ本件リストを配布したが、配布を受けた者と当の三等海佐とは顔見知りであったこと、及び当の三等海佐には調査関係部署への仲間意識があったことも、本件リストを配布した理由であったというのであ<る。>」(9)

 上掲中の事実認定に係る箇所についてですが、どうして内局への配布の話(コラム#51)が出てこないのか不思議です。
 内局の場合、その情報公開部局への配布であったので、たとえ配布されたリストそのものが違法な内容のものであったとしても、問題にはならないと認定されたのでしょうか。
 いずれにせよ、海自の情報保全部局にこのリストを配布した行為にどれほどの意義があったのかはともかく、この三等海佐は大変仕事熱心な人物であったと思いますね。
 情報保全部局は、当然、防衛庁にとって好ましからざると思われる人物のリストはつくり、持っているわけであり、かかるリスト作成に、情報保全部局に属す者以外の人物が自発的かつ積極的に協力してくれることは、その持ち込まれた情報に価値があったかどうかは別にして、一般論としては、歓迎すべきことであったはずです。

 (2)首をひねり、頭を抱え・・

 さて、これに続く下掲の箇所で私は首をひねり、次いで頭を抱えてしまいました。

 「両当事者が控訴しなかったため<東京訴訟の>本判決は確定し、国は原告に賠償金10万円を支払い、国賠法1条2項に基づき、リストを作成・配布した三等海佐に利子込みで全額(10万7,038円)求償した。」

とここまではいいのですが、この先が問題なのです。

 「平成20年10月の内閣総理大臣答弁(後述三)では、リスト新潟訴訟について「違法があるとされた公務員の行為が故意によるものであることが明らかであるとして求償権を行使した」とされている。判決が故意を認定していれば国賠法1条2項で求償権が発生し、いったん発生した以上は、行使する以外に選択の余地はない(財政法8条)、というまっとうな流れである。
 他方、「リスト新潟訴訟」については、新潟地判例平成18年5月11日・・・で国に12万円の賠償が命じられ、東京高判平成19年6月20日も控訴を棄却した。最高裁平成20年4月25日決定も上告棄却、上告受理申し立て不受理としたので、一審判決が確定した。
 この新潟地裁判決では明確に故意とは記載されていない。」(10)

 首をひねったのは、どうして東京訴訟と新潟訴訟とで、判決の内容が違うのか、という点です。
 賠償金額が違うのは、件のリストに掲げられていた情報が、東京都在住者に比べて新潟県在住者の方が詳細だったから、ということなのかもしれませんが、それはともかく、前者では件の三等海佐の故意が認定され、後者では故意が認定されなかった、というのは、何とも奇妙だと思いませんか。
 もちろん、個々の裁判はあくまでも別個のものなので、賠償金額といい、故意の有無といい、判決の内容が違ってくることは、理論上は・・換言すればクロウト的には・・ありえるのですが、日本の民事裁判って、常識に照らして・・換言すればシロウト的には・・なんだかおかしいですよね。
 (なお、この点にも関連しますが、どうして国が東京訴訟では控訴せず、新潟訴訟では控訴しただけでなく、上告までしたのか、も不思議です。)

 さて、頭を抱えたというのは、上記引用中の第2段落では、新潟訴訟で判決が故意を認定したと言い、第3段落では、新潟訴訟で判決は故意を認定していない、と記述に相互矛盾があるからです。
 もう一つ。
 第2段落で新潟訴訟について記述しているのに、第3段落で同じ訴訟について記述するにあたって、「他方」という、それから違ったことを書く場合に使用する言葉で始めていることです。

 この論文は、学術雑誌に掲載された学術論文のはずですが、一体、第三者による査読は行われたのでしょうか、また、出版社による校正は行われたのでしょうか。
 校正には、通常、単に誤字脱字等の是正だけでなく、事実の誤りや論理の通らない箇所の指摘も含まれます。
 査読や校正が行われておれば、私に頭を抱えさせるような事態にはならなかったはずです。
 いや、そもそも、誤字脱字・・こいつは筆者には思い込みがあるので見つけにくい・・とは違って、こういった論理の通らない箇所については、筆者の阿部がゲラ刷りをきちんと読んでさえおれば、自身で気が付いたはずです。
 阿部はかつては学者だったかもしれませんが、(ご高齢のため?)もはやその任に堪えないのではないか、と大変失礼ながら言いたくなります。

(続く)