太田述正コラム#5162(2011.12.8)
<映画評論31:ニュルンベルグ軍事裁判(その6)>(2012.3.25公開)

 (5)被告達はどう見たか

 「<米主任検事の>ジャクソン及びニュルンベルグ裁判に対して投げかけられる批判への最も有効な答えは、恐らく、この裁判の被告達によるものだろう。
 ナチスが占領したポーランドの総督であったハンス・フランク(Hans Frank)<(コラム#4834)>は、「私は、この裁判を、アドルフ・ヒットラーの下で苦しんだひどい時代を調べ上げ、それを終わらせるための善意の裁判所であると見ている」と述べた。
 同じ主題を、異なった点を強調しつつ、ヒットラーの軍需相であったアルベルト・シュペーア(Albert Speer)<(注7)(コラム#3267、3829)>は、「この裁判は必要だ。たとえ専制国家であってもこのように身の毛のよだつ諸犯罪は分かち合うべき責任がある」と言った。

 (注7)1905〜81年。「ナチス・ドイツの建築家、政治家・・・ヒトラー政権のもとで軍需大臣を務め、終身刑に処されたルドルフ・ヘスを除けば戦後を生きたナチ関係者の中で最もアドルフ・ヒトラーと親しかった人物として知られる。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%A2

 <また、>ドイツ側の弁護団の一員のデオドール・クレフィッシュ(Theodore Klefish)は、「このような手続き(proceedings)における裁判と判決は、当法廷に対し、最大限の公平さ、忠誠、そして正義の感覚を要請する。
 ニュルンベルグ法廷は、熟慮と威厳をもってこれらの要請に全て応えた。
 この大変な裁判の最初の日から最後の日までこの法廷が真実と正義によって導かれたことを疑う者は一人もいない」と記した。」(F)

 もちろん、このように見なかった被告等の発言や書き物はあえて引用されていないわけですが、彼らの中で上記のような見方をしていた者がいたことは頭に入れておいていいでしょう。
 極東裁判においては、被告や弁護団の中からこの類いの見方は全く出ていないのではないでしょうか。
 それだけ、ナチスの犯したホロコーストはひどかったということでしょうね。

5 TVシリーズそのもの

 いよいよ、肝心のTVシリーズなのですが、「『ニュルンベルク軍事裁判』(Nuremberg)は同名の小説を原作にした2000年のアメリカ・カナダ製作の海外ドラマであ<り、>前編後編各90分の計180分で構成され、ニュルンベルク裁判を題材にして<おり、>エミー賞などテレビ映画部門で多数の賞を獲得してい<ます。>」(A)
 そして、「被告たちのうち何人か、とくに国家元帥へルマン・ゲーリング・・・は、人間的な深みを持った人物として描かれており、このことは、1933年以降の大半の英米の映画に登場する「ナチ=悪の化身」という伝統的人物描写とはまったく訣別している」(C)と評されています。

 さて、これは、史実をほぼ忠実になぞったTVシリーズであるだけに、史実としてのニュルンベルグ裁判について、これまで、様々な角度から記してきたことで、評論すべきことはほぼ尽きています。
 残されたものと言えば、観客を呼び込むために、このTVシリーズが付け加えたフィクションの部分だけ、ということになります。

 米主任検事の、彼が米国から連れてきた女性秘書との、不倫のキスシーンを含む、からみ(B)がその最たるものですが、カナダ人俳優のジル・ヘネシー(Jill Hennessy)演じるこの秘書、実に魅力的です。
 もっとも、彼女についてのウィキペディア
http://en.wikipedia.org/wiki/Jill_Hennessy
(12月8日アクセス。以下同じ)
に載っている写真ではそのへんにいるオバサンみたいなので、ぜひDVDでご覧になる機会があったらご自分の目でお確かめください。

 よりシリアスな話で、恐らくこれもフィクションだと思うのですが、被告達を観察してきたユダヤ系米国人たる心理学者が、ナチスドイツの背後にある悪の源泉は共感能力の完全な欠如である、と彼の観察結果を総括する場面があります。(B)

 精神病学の言葉で言えば、ナチスの指導者達は、下掲のような反社会性人格障害(コラム#5140)者だ、というわけです。<(注8)>

 「反社会性人格障害<の>・・・特性は、社会規範(法規範)に違背して『他人の権利(生命・財産・安全)』を無視する反社会性(破壊的な衝動性)<にあり>、他人の苦痛や恐怖に共感することができない『感情麻痺(情性欠如)の要素』を持っています。『他人の痛み・恐怖』を想像して共感する倫理的感性が鈍磨しているため、他人を不条理に傷つけても『良心の呵責』を覚えることが殆どなく、同じ過ち(加害行為)を繰り返さないための反省や後悔をしにくいという問題があります。」
http://www5f.biglobe.ne.jp/~mind/griffin/anti-social.html

 (注8)ただし、ヒットラーに関してだけは、「元々の性格はそんな兆候のない者でも、成り上がった独裁者は必然的に妄想性人格障害になり、ならない独裁者の方が少ない」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A6%84%E6%83%B3%E6%80%A7%E4%BA%BA%E6%A0%BC%E9%9A%9C%E5%AE%B3
というのだから、反社会性人格障害者以上に妄想性人格障害者であった可能性が高い。

 しかし、そんなことを言い出したら、ナチスドイツ当時のドイツ国民の大部分は反社会性人格障害者だということになってしまいます。
 というのは、ドイツ国民の大部分はホロコーストを知っていて、加担するか、それから目を逸らせていたからです。(典拠省略)

 ですから、ホロコーストについては、個々のドイツ人にその原因を求めるのではなく、ドイツ社会にその原因を求めなければならないのではないでしょうか。
 その手がかりになるのが、ちょっと前に(コラム#5155で)言及した、オキシトシンの効果についての最新の研究です。

 「(それがオキシトシンというホルモンなのか偽薬なのか教えずに)オキシトシンを鼻に噴霧すると、人は他人を、より信頼し赦すようになる。
 経済ゲームをやらせてプレヤー達に協力するか情け容赦ない競争をする(be cutthroat)かを選ばせる場合、オキシトシンは協力を増進させる。・・・
 <ところが、>オキシトシンは、「身内」だと思う人に対してはより温かく(warm)、<そして少なくとも>より曖昧な(fuzzy)気持ちにさせるけれど、「よそ者」に対しては、それはより悪辣な(crappy)な気持ちにさせるのだ。・・・
 <これは、>社会的文脈の力がいかに大きいかを示すものだ。」
http://www.latimes.com/news/opinion/commentary/la-oe-sapolsky-oxytocin-20111204,0,2388200,print.story
(12月5日アクセス)

 このことから、ドイツ人、いや、より一般的にはキリスト教徒は、その大部分が、異教徒たる「よそ者」であるユダヤ人に対しては、共感能力が欠如してしまう、ということであって、その逆ではない、と私は思うのです。(注9)

 (注9)ただし、「ゲーリングは代父がユダヤ人の血を半分うけついでいたこと、パイロットなど友人にユダヤ人が多かったことでユダヤ人には同情があった。そして裁判でもユダヤ人虐殺は知らなかったと証言<した。>」(D)

(完)