太田述正コラム#5142(2011.11.28)
<映画評論30:時計じかけのオレンジ(その4)>(2012.3.15公開)

5 つけたし

 (1)『時計じかけのオレンジ』と英国

 ところで、『時計じかけのオレンジ』の原作は、英国人のバージェスが、近未来(当時)の英国について書いたものだというのに、この映画、ひいてはその原作が、英国の実態を反映していないと言い切れるのか、と思われた方もおられるかもしれません。
 その答えを探ってみましょう。

 まず、第一の手掛かりは、バージェスが、この小説のヒントを何から得たかです。 
 「彼の反ユートピア小説の『時計じかけのオレンジ』は1962年に出版されたが、それはもともと第二次世界大戦中に起こったある事件から着想を得たものなのだ。
 当時、彼の奥さんのリン(Lynne)が灯火管制下のロンドンで、米陸軍からの脱走兵によって物を盗まれた上暴行され(assaulted)、それが彼女の流産をもたらした可能性があった。」(D)
 つまり、主人公アレックスの原型は、実在の、英国人ならぬ米国人たるならず者であったわけです。

 そして、第二の手掛かりは、バージェス自身の言です。

 「バージェスは、『炎から実存へ:D・H・ロレンスの人生と作品(Flame into Being: The Life and Work of D. H. Lawrence)』(ハイネマン。ロンドン)を1985年に出版し、『チャタレー夫人の恋人』についてその最終章で論じた際に、この小説の悪名高さを『時計じかけのオレンジ』といい勝負だとし、「知られている人物を悪名高くしてやりたいという欲望を大衆が抱いていることによって我々すべてが迷惑をこうむっている。
 最もよく知られた私の本、というか、知られている唯一の私の本は、私が絶縁したいと思っている小説だ。
 それは、四半世紀前に、若気の至りで、カネのためにわずか3週間で書き上げた代物だ。
 ところが、それが、セックスと暴力を礼賛しているように見える一本の映画のもとになったものとして知られるようになった。
 この映画は、この本の読者達に、この本が何についてのものであるかを容易に誤解させ、その誤解は私が死ぬまで私につきまとうことだろう。
 私は、この誤解の危険性故、この本を書くべきではなかった。
 同じことが、ロレンスの『チャタレー夫人の恋人』についても言えるかもしれない。」(C)

 注意すべきは、バージェスが『チャタレー夫人の恋人』が『時計じかけのオレンジ』と同じく駄作であると思っていたわけでは恐らくないということと、彼が、この映画が原作の(罪からの救済を示しているところの)最終章を削除した形で制作されたことに言及していないことです。
 つまり、バージェスは、『時計じかけのオレンジ』描くところのセックスと暴力の描写は、ただただ、大衆の低劣な嗜好にこびることで売り上げを伸ばしてカネを稼ぐための手段以上でも以下でもなかったことを告白しているわけです。(最終章は、単なるエクスキューズであったことを暗にバージェスは認めていると言ってよいでしょう。)
 要するに、このようなセックスと暴力は、当時(1962年)の英国とは何の関わりもない、ファンタジーに過ぎない、と我々は受け止めて間違いない、ということなのです。
 (米国を含めた広義のアングロサクソン諸国においてのみ、「酒に酔うと暴力的、性的等の反社会的言動を行うようになる」(コラム#5049)こととこのこととは次元の違う問題です。念のため。)

 皮肉なことに、「1998年に、<英国>近代図書館(Modern Library)は、『時計じかけのオレンジ』を20世紀の英語小説百選の65位にランキング」しています。(C)
 これは、バージェスの自評が間違っていて、実はこの小説が佳作であることを示しているのでしょうか。
 私は、バージェスは、この小説を純文学として駄作であると判定したのに対し、近代図書館の選定者は、映画『時計じかけのオレンジ』の評判にも影響され、大衆小説として、しかも(『ハリー・ポッター』シリーズのような子供向けファンタジー小説ならぬ)大人向けのファンタジー小説として佳作であると判定したのであろうと考えています。
 そして、更に皮肉なことに、ロンドン・タイムズ(The Times)紙は、2008年に、バージェスを、1945年以降の英国の最も偉大な作家50人の中の17位に選出したのです。(D)
 これは、間違いなく、バージェスが『時計じかけのオレンジ』の著者なるがゆえであり、その理由についても、近代図書館がこの小説を選定した理由と同じでしょう。
 この二つの「栄誉」が与えられることをバージェスは知るすべなく、既に1993年に逝去していた(D)わけですが、さぞかしあの世で苦笑していることでしょう。

 (2)音楽

 そうは言っても、バージェスとキューブリックの出会いには運命的なものを感じます。
 バージェスは、その生涯で250を超える作曲を行っています。
 18歳に時に、最初の交響曲を作曲しており、大学でも音楽を専攻したかったのですが、マンチェスターのヴィクトリア大学の音楽学科に願書を出したものの、物理学の成績が悪かったために入学が認められず、仕方なくこの大学で英語・英文学を専攻した、という人物です。
 (作曲/学理を専攻するためには理数系ができなければならないのです。)

 キューブリックもまた、大変な音楽通でした。
 彼が『アイズ ワイド シャット』でショスタコーヴィッチの『ジャズ組曲 第2番 ワルツ2』を用いた話を以前(コラム#3083で)したところですが、この映画でも、以下のような曲が、彼自身の選定で用いられています。 
 とりわけ、※をつけた2曲は重要な役割を演じています。

交響曲第9番ニ短調(作曲:ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン)※
 (さすがにユーチューブを添付する必要はないでしょう。)
『泥棒かささぎ』序曲(作曲:ジョアキーノ・ロッシーニ)
http://www.youtube.com/watch?v=nDBzi1aHbKY
『ウィリアム・テル』序曲(同上)
http://www.youtube.com/watch?v=xoHECVnQC7A&feature=related
『威風堂々』第1番、第4番(作曲:エドワード・エルガー)(コラム#3269)
http://www.youtube.com/watch?v=oONWgcvPutE&feature=related 
『メアリー女王の葬送音楽』(作曲=ヘンリー・パーセル)
http://www.youtube.com/watch?v=xWRcx9LHBJU
『太陽への序曲』(作曲=テリー・タッカー)
http://www.youtube.com/watch?v=MsYmMZ6X0kU
『灯台守と結婚したい』(作曲=エリカ・エイゲン)
http://www.youtube.com/watch?v=x4TJNtleKBE
『雨に唄えば』(作詞=ナシオ・ハーブ・ブラウン、作曲=アーサー・フリード、歌=ジーン・ケリー)※
http://www.youtube.com/watch?v=e23o2mnd_eI
『シェヘラザード』第三楽章(作曲=ニコライ・リムスキー=コルサコフ)
http://www.youtube.com/watch?v=OBk4cVR3IPw
 (このほか、プロの作曲家による電子音楽の作曲・編曲が用いられている。)
 (以上、特に断っていない限り、Aによる。)

 (ただし、『雨に唄えば』は、アレックスを演じた俳優が空で歌えるのがこの歌だけであったために、選定されたものです。(B))

(続く)