太田述正コラム#5098(2011.11.6)
<映画評論28:ザ・パシフィック(その4)>(2012.2.22公開)

 TPのDVDでは、オマケの「Special Features」ディスク中の「Anatomy of the Pacific War」の中で、TP中で放映された一部映像とともに、制作者達や学者達等を登場させ、どうして日本兵は徹底的に戦ったのかを語らせています。
 それを紹介しましょう。(随所に私のコメントを付しました。)

 TP中の映像では、準主人公の一人が、神風特攻攻撃なんてことを日本兵がやらかすのは、「天皇が神であり、それが神に対する義務だからだ」というセリフをしゃべらされています。
 ドナルド・ミラー(Donald Miller。ラファイエット大学(Lafayette College)歴史学教授)
http://authors.simonandschuster.com/Donald-L-Miller/1929995
は、天皇は神であると日本人は8歳の時から叩き込まれ、天皇のために死ぬまで戦うことを当然視している、と指摘しつつも、日本兵は、実際には家族や祖国防衛のために戦ったのだ、と物分かりの良いところを見せています。

→当時の日本人が(歴代天皇自身はもちろんですが、)天皇を現人神と考えていたという事実はありません。(コラム#1632、3001、3742、4836、4632)
 ただ、日本兵が「実際には<自分達同様、>家族や祖国防衛のために戦った」ことをミラーが認めていることは、それなりに評価はできます。(太田)

 武士道説を唱えるのはスティーヴン・スピルバーグ(Steven Spielberg。1946年〜)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%94%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%B0
であり、日本兵にとって投降は不名誉であった、と語っています。
 入江昭(1934年〜。ハーバード大名誉教授。米国籍を取得)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A5%E6%B1%9F%E6%98%AD
も、武士道という言葉は使っていないものの、投降することは自分自身や家族にとって不名誉だったので、降伏するより自殺を選んだと語っています。
 TPで主人公の一人として描かれたユージーン・スレッジ(Eugene Sledge。1923〜2001年)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%B8
も、日本兵が大義のために自らを完全に捧げたのは武士道の賜物だろうと語っています。 
→武士道と投降の是非とは直接の関係はありません。スピルバーグの念頭にあるらしい「武士道と云ふは死ぬこととみつけたり」(葉隠)は、「武士たるもの、いつ死んでも恥ずかしくないように、後悔が残らないように、日々精一杯、生きなければならない」といった意味
http://www.happy-1life.com/kakudo.htm
です。
 日本陸軍の非投降主義(『戦陣訓』(コラム#1433)参照)は、本来戦争忌避的な日本の庶民が大量に徴兵されるに至り、投降者の続出が懸念されたことから、上からと下からの阿吽の呼吸で形成されていった、と以前(コラム#4576で)指摘したところです。(太田)

 なお、日本の戦争目的を、リチャード・フランク(Richard Frank。1947年〜。弁護士・軍事史家)
http://en.wikipedia.org/wiki/Richard_B._Frank
は、東アジア全域を包含するところの、恒久的な経済的・軍事的自給自足圏の樹立であったとしていますが、ミラーも同じようなことを言っています。
 (なお、ミラーが、ローズベルトが、ドイツと日本をそれぞれ別個に処理しようとしていたので、日本との開戦は回避しようとしていた、と言っていますがとんだお笑い草です。)

→()内については、説明は不要でしょう。
 「恒久的な経済的・軍事的自給自足圏の樹立」は、それが、世界恐慌下、日本以外の欧米列強の当時の戦略であったため、やむをえずして日本も受動的に同様の、ただし短期的戦略を戦争の間とることを余儀なくされた、というだけのことであり、長期的な日本の戦略は、一貫して、欧米列強の「恒久的な経済的・軍事的自給自足圏」の打破でした。
 この長期的戦略目標を、敗戦後の日本は、日本自身の先の大戦での「貢献」もこれあり、米国等の戦勝国の手によって実現することになります(典拠省略)。(太田)

 日本が、どうして、勝てるはずのない戦いを米国に挑んだのか、という点については、入江は、日本は、天皇を中心とする団結心という米国に対する優位があると思っていたとし、ジョン・ダワー(John Dower。1938年〜。歴史学者。妻は日本人)(コラム#2500、3253、3674、3784、3786、3789、3793、4193、4234、4262、4264、4268、4335、4840)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%80%E3%83%AF%E3%83%BC
も、日本は米国をバラバラで弱いと見ていたと指摘します。
 ミラーも、同工異曲ですが、日本は、大和魂(Japnese spirit)という米国に対する優位があると思っていたとします。

→とんでもない。
 余りにも不条理な米英による日本包囲網の形成を受けて、日本は、長期戦になれば確実に負けると分かっていて、それでも短期戦で決着がつくことに一縷の望みを抱きつつ、やむをえず開戦したのです(典拠省略)。(太田)

 また、米兵が日本兵に対し、その死者に対するものを含め、残虐行為を行ったことについては、トム・ハンクス(Tom Hanks。1956年〜)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%82%B9
は、日本人を人間ではないと米兵が思うようになったからであると指摘し、ヒュー・アンブローズ(Stephen Ambrose。1936〜2002年。歴史家で何人かの米大統領の伝記作者。BoBの制作者の一人でもある)
http://en.wikipedia.org/wiki/Stephen_E._Ambrose
は、暴虐(brutal)な日本兵に対して米兵が暴虐でお返しをしたということだ、と指摘しています。
 なお、ダワーは、ここでも、日米双方が互いに相手に対して人種差別的な見方をし、プロパガンダを行ったからである、という彼のかねてからの主張を繰り返しています。

→ダワーの主張については、白人系の米国民の大部分が当時一方的に抱いていた有色人種差別意識について、それを相互的なものであったかのように無理やり描くことで、自分達の原罪意識を少しでも緩和しようという姑息な試みである、と切り捨てざるをえません(コラム#3786、3789)。(太田)

 全般的コメントですが、私は、こういう話題において、米国人だけ・・入江も米国人です・・に語らせる、ということに著しい違和感を覚えました。(注3)

 (注3)スピルバーグやハンクスといった映画人が歴史を語っていること自体に一般の日本人は違和感を覚えるかもしれないが、それは米国の映画人の何たるかを理解していないからだ。
 「<ハリウッドという>夢工場は、<左翼と右翼の>両翼から同じくらいの数の政治に身を捧げた人々を輩出した・・・。チャーリー・チャップリン(左)から始まり、ルイス・メイヤー(Louis B. Mayer)(右)、エドワード・ロビンソン(Edward G. Robinson)(左)、ジョージ・マーフィー(George Murphy)(右)、ロナルド・レーガン(左から右)、ハリー・ベラフォンテ(左)、ジェーン・フォンダ(左)、チャールトン・ヘストン(左から右)、ウォレン・ビーティ(Warren Beatty)(左)、アーノルド・シュワルツェネッガー(右)と・・。
 「彼らは、リーダーであり、単にフォロワーではなかった。彼らは、自分達の名声と富に浴していることだけをもって潔しとはしなかったのだ。彼らは、銀幕上でそうしたのと同様に政治においても全力で仕事をした。・・・彼らは、自分達が実現したい世界に関するビジョンを持っており、かかる変革の先陣を切らんと欲したという意味で、建国の父達の市民政治家のモデルに合致していた。そして、そうであるからこそ、彼らは我々の尊敬に値するのだ。」」
http://www.latimes.com/entertainment/news/books/la-ca-steven-ross-20111106,0,6400805.story

 とはいえ、では、日本人の歴史学者等の誰に声をかければよかったのか、と聞かれてもすぐにはその名前が思い浮かばないところが、悲しいところです。

(続く)