太田述正コラム#5269(2012.1.30)
<皆さんとディスカッション(続x1449)/映画評論33:ジョニーは戦場へ行った>

<太田>(ツイッターより)

 1987年にサッチャー首相(当時)は、「社会なんてものは存在しない」のであり、「社会」が自分達の面倒を見てくれるなどと期待せず、自分のことは自分で処理しなければならない、と語った。
http://www.bbc.co.uk/news/magazine-16740356
 今思い起こせば、すこぶるイカレたオバサンだったのね、彼女。

 世界で、中絶規制が緩やかな所ほど、中絶に伴う死が少ないことはもとより、中絶率そのものが低いことが分かった。
 このことを踏まえ、中絶規制強化を軒並み唱えている米共和党現大統領候補者達をなで斬りにしたコラムだ。
http://blog.sfgate.com/mmagowan/

 「ロシア航空大手、美女カレンダーを発表 「空の上の恋人」…」
http://j.people.com.cn/94638/94659/7713675.html
 何でカレンダーなのに15枚もあるんだよ。

<ΑΒΒΒΒ>(「たった一人の反乱」より)

≫<某テレ東>深夜のTV番組・・・≪(コラム#5267。太田)

→ジョージ・ポットマンの平成史
http://www.pideo.net/search?q=%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%BB%E3%83%9D%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%81%AE%E5%B9%B3%E6%88%90%E5%8F%B2

≫バービー人形・・・ドキッとする・・・≪(同上)

→ラブドール史は如何
http://www.dailymotion.com/video/xn2dxe_yyyy-yyyyyyyyy-yyy-yyyyyy_shortfilms#rel-page-2

 この番組は半分ふざけてて論理の飛躍が多く信憑性はないが、紹介される人物や文献は面白いぞなもし。

 ジョージ・ポットマンの平成史
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%BB%E3%83%9D%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%81%AE%E5%B9%B3%E6%88%90%E5%8F%B2

注意:共同制作のCBB放送→BBCのパロディ。ヨークシャー州立大学も実際には存在せず。
 テレビ東京がふざけ半分に作ってる番組です。

<太田>

 昨夜書いたコラム#5268(未公開)で「ジョージ・ポットマン」の「見解」ちょっと取り上げ、「早とちり」だとけなしておいたけど、そういうことだったのかあ。


 それでは、その他の記事の紹介です。

 いかに日本では監査法人が仕事をすることが期待されていないかがよく分かるね。↓

 「粉飾決算など企業の会計不祥事において、・・・公認会計士や監査法人が株主らから損害賠償を求められたケースは珍しくない。ただ・・・会計士が不正に加担したとして刑事事件となった場合を除けば、監査法人が不正を見過ごした責任を明確に認めた裁判例は少ない。
 過去の事例でも、訴えに対し最終的には和解に至った例が多い。例えば山一証券のケースでは、管財人側に5年間の監査報酬を返すことで和解した。
 一定の責任を認めた数少ない例では、01年に民事再生法を申請したナナボシのケースがある。管財人の訴えに対し大阪地裁が08年4月、監査手続きの過失を認めて監査法人トーマツに賠償を命じ、その後和解した。03年に一時国有化された足利銀行を巡り同行が旧中央青山監査法人を訴えた例では、和解の際に「果たすべき責任を全うするに至らなかった責任を認める」との文言が盛り込まれた。」
http://www.nikkei.com/news/headline/related-article/g=96958A9C889DE1EAE1EAE6E4E2E2E0EAE2E3E0E2E3E0869198E2E2E2;bm=96958A9C889DE1EAE1EAE6E6E6E2E0EAE2E3E0E2E3E0869198E2E2E2
 「・・・不正が明白ならば、監査法人にもある程度の権限はある。あずさは09年3月期決算を巡って1度、金商法193条の3の発動をちらつかせた。同法では法令違反を発見した場合には会社に通知し、適切な処理をしない場合は金融庁に報告することになっている。ただ、あずさの幹部は「疑いがあるというだけで上場廃止につながりかねないボタンは押せない」と胸の内を明かす。大和総研の吉井一洋・制度調査担当部長は「会社との守秘義務契約があり容易ではないが、『クロ』と言い切れず『グレー』という段階でも、金融庁に報告できるような仕組みが必要かもしれない」と指摘する。・・・」
http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C889DE1EAE1EAE6E6E6E2E0EAE2E3E0E2E3E0869198E2E2E2

 キューバが一党独裁制の堅持を表明。
 ただし、救われるのは、北朝鮮のような「王朝」化を図るつもりはなさそうな点だ。↓

 Cuban President Raul Castro has defended the one-party system in a speech at the conference of the ruling Communist Party.
 Gen Castro said allowing other political parties would threaten Cuba's independence and the socialist system established by the 1959 revolution.
 But he said it was necessary to promote more democracy and open debate within the Communist Party.
 He also reaffirmed plans to limit political terms to 10 years. ・・・
http://www.bbc.co.uk/news/world-latin-america-16782264

 ホルムズ海峡におけるイラン海上兵力の配置等が分かる詳細図だ。↓
http://www.ft.com/intl/cms/s/0/e0edce8e-41e1-11e1-a1bf-00144feab49a.html#axzz1ktt8r1TC

 スタンフォード・ビジネス・スクールが世界ビジネス・スクール・ランキングで1位を回復。卒業生の3年後の平均年収の高さは際立ってるね。↓
http://rankings.ft.com/businessschoolrankings/global-mba-rankings-2012

 石岡瑛子(コラム#5263、65)の追悼記事が今度はロサンゼルスタイムスに出てた。↓
http://www.latimes.com/news/obituaries/la-me-eiko-ishioka-20120128,0,7335528.story

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                 --映画評論33:ジョニーは戦場へ行った--

 映画『ジョニーは戦場へ行った(Johnny Got His Gun)』を、昨日と本日(残りのほんのちょっぴり)の2回に分けて鑑賞しました。
 この話題作を鑑賞する機会を与えてくれた読者に感謝します。
 この映画の原作たる小説を第二次世界大戦勃発の1939年9月に出版し、ベトナム戦争の最中の1971年に自ら映画化したのは、赤狩りを逃れつつ、『ローマの休日』の脚本を他人名義で書いたことで有名な、ドルトン・トランボ(Dalton Trumbo。1905〜76年)(コラム#4762)です。
 第一次世界大戦に徴兵され、爆風で「目(視覚)、鼻(嗅覚)、口(言葉)、耳(聴覚)を失い、また壊疽をおこした両腕、両脚も切断されてしま」った米兵が主人公なのですが、原作の方はナショナル・ブック・アワォード(National Book Awards)を受賞し、また、映画の方はカンヌ国際映画祭審査員特別グランプリ等を受賞しました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%81%AF%E6%88%A6%E5%A0%B4%E3%81%B8%E8%A1%8C%E3%81%A3%E3%81%9F
http://en.wikipedia.org/wiki/Johnny_Got_His_Gun

 この原作は、もっぱら、第一次世界大戦を題材にした反戦小説である、ととらえられていますが、それは、当時米国共産党員であったトランボ(注)が、イデオロギー的観点から書いたものであり、第一次世界大戦のばかばかしさ、とりわけ同大戦への米国参戦のうさんくささは事実であったとはいえ、それだけでは、歴史の評価に耐えうる文学作品である、ということにはならないでしょう。

(注)「<トランボは、>いわゆる「赤狩り(マッカーシズム)」と呼ばれた運動の最初の標的とされたハリウッド映画界の著名な10人の映画人(ハリウッド・テン)の中に数えられ、1947年10月20日、反共キャンペーン非米活動委員会による第1回聴聞会に呼び出された。・・・<彼<は、「あなたは共産主義者か、あるいは、かつてそうであったか?」と問われたが、<米>国憲法修正一条(言論と集会の自由を規定した条項)を理由に証言を拒んだ。その結果、議会侮辱罪で逮捕され、禁固刑の実刑判決を受た。実際、トランボは<米国>共産党の党員であった。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%9C
 「本作は・・・反戦的な内容が「反政府文学」と判断され、<第二次世界大>戦・・・の激化した1945年、ついに絶版(事実上の発禁処分)となる。 戦後になって復刊されたものの、朝鮮戦争時には再び絶版とされ、休戦後に復刊されるなど、戦争のたびに絶版と復刊を繰り返す。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%81%AF%E6%88%A6%E5%A0%B4%E3%81%B8%E8%A1%8C%E3%81%A3%E3%81%9F

 また、トランボが、後に、ベトナム反戦を念頭にこの原作を映画化したことについても、米国がベトナム戦争に参戦したこと自体は愚かなことであったにせよ、参戦した以上は勝利しなければならなかったというのに、その後、勝利目前にして、国内世論に押される形で米国が撤兵することで米国が勝手に敗けてしまったことは、それに輪をかけた愚行であったわけであり、この「敗戦」にトランボが多少なりとも「貢献」したとすれば、これまた、この映画は歴史の評価に耐えうる映像作品である、ということにはならないでしょう。

 私の第一の感想としては、原作の方ですが、日本が先の大戦に参戦する1〜2年前の米国内の反戦・孤立主義ムードがいかに強かったのかを改めて痛感させられたというものです。
 日支戦争を戦っていた、当時の日本の対米プロパガンダが中国国民党政府のそれに比べてもう少しマシであったならば、英国のチャーチル政権の対日挑発に対してはともかく、(チャーチルに唆された部分もあったところの)米国のローズベルト政権による対日挑発を緩和することができ、日本の参戦も回避することができたのではないか、という気がしてなりません。

 私の第二の感想は、原作や映画の日英のウィキペディアに、そのような観点からの記述が全く見当たらないのですが、この作品、とりわけ原作は、女性とは何ぞやという問いを投げかけている、という点においてこそ、もっと注目されるべきだ、というものです。
 実は、原作と映画の間に、二点大きな違いがあるようです。
 一、一つは、主人公には、原作では最初の愛人と二人目の愛人とがいたけれど、映画では二人目の愛人だけが登場することです。
 最初の愛人は、何と彼をさしおいて、1人どころか、2人の男性と浮気をするのです。
 (主人公の友人も、その愛人に上記の2人の男性のうちの1人と浮気をされます。)
http://en.wikipedia.org/wiki/Johnny_Got_His_Gun 前掲
 二、もう一つは、原作ではそんな場面がないのに、映画では、看護婦が主人公の願いに応えて、(処罰覚悟で)彼を安楽死させようとする場面があることです。
http://en.wikipedia.org/wiki/Johnny_Got_His_Gun_(film)
 なお、主人公の(二人目の)愛人は自分が匿うからと主人公に戦死を免れるべく徴兵逃れの脱走をするように勧め、婦長は、軍当局の意向に逆らって、昼間は主人公の病室の窓を開け放ち、主人公に太陽の光と新鮮な空気を与えようとしますし、看護婦は、主人公に同情してただ一人涙をこぼし(以上、映画で鑑賞)、主人公に意識があることに最初に気付き、更に、主人公がモールス信号で意思を伝えようとしているということに最初に気付くのです。

 さて、一は女性の娼婦性(利己主義)に関わる部分であり、二は女性の天使性(利他主義)に関わる部分です。
 原作では、女性にはこの二面性があることが描かれているわけです。
 私見では、女性のこの二面性は、同じコインの表裏の関係にあって、できるだけよい相手と番ってできるだけよい子孫をつくり、この子孫をできるだけ慈しんで大切に育てるための手段であることを、トランボは示唆したかったのではないでしょうか。
 ところが、映画では、二の方だけが描かれているのですから、女性の描き方に関する限り、原作の方がクオリティが高い、と言わざるをえません。
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太田述正コラム#5270(2012.1.30)
<イギリス史とロシア史が共鳴した瞬間(その4)>

→非公開