太田述正コラム#2353(2008.2.8)
<審議官時代の空自パワハラ事件(その2)>(2012.1.22公開)

 内局の2人の課長は、免職処分を維持すべきだが、情報公開への時代の流れから、慎重に対応する必要がある、という例によって事なかれ主義的な姿勢であり、空幕の2人の課長は、このような事案の審査に空幕の人間が関与してよいのかと正論を吐きつつも、Aは組織から排除すべき人間である、と空幕の考えを代弁しました。
 いずれも基本的に、私の予想した通りでした。
 その後私は、前述した私の感触が正しいかどうか検証すべく、事案発生当時の内局関係者や空幕関係者に自分で電話したり面会したりして事情聴取を行いました。
 しかし、本件についての2回目の公正審査会が開かれる前に、私は仙台防衛施設局に異動することになってしまいます。
 そこで私は、人事第一課の担当者や審査会メンバーの内局課長らに、以下のようなメモを残し、仙台に赴任しました。
 
                所見

1 B1佐(事案発生当時の空幕総務課渉外班長(太田))は処分されるべきであった。(セクハラ事案のことを想起せよ。)

2 <空幕>監理部長以下が、直接内局国際室にAの採用を働きかけたこと、かつ、このことをAに伝えたことは軽率のそしりを免れない。

3 Aが、B1佐の謝罪を求め続け、かつ、相応の処遇を求め続けたことに対し、監理部が、当初はAの希望を(瑕疵の治癒の形で)実現してやろうとしていたにもかかわらず、中途から、突然Aの組織からの排除を企図するに至ったことは、著しく一貫性を欠き、不当である。
 この監理部の対応の「落差」の大きさがAの耐えうる限界を超えたことが、本件がこじれるに至った最大の理由であると思われる。
                  
4 仮に、Aが苦情処理手続きに訴えたことが3に言及した態度急変につながったとすれば、これは「苦情の処理に関する訓令」12条違反であり、また、同訓令の運用実績(陸一件、空Aの一件のみ)に照らし、将来、苦情処理手続きの死文化をもたらしかねず、重大な問題である。

5 Aは、あくまでも前例に照らし、処分されるべきである。その際、いくつか情状酌量すべき事項がある。
 一、形式犯であり、実害が生じていない。
 二、動機において、理解できる部分がある。しかも、その動機も、利己的なものだけであったとは言い難い。
 三、官側がAの排除を企図し、それに成功したというとらえかたもできる。

6 以上を総合的に勘案すれば、Aを懲戒免職にしたのは問題がある。せいぜい(何日が妥当かはともかく)停職相当であると考える。
(以上)

 もちろん、免職処分不当、停職処分妥当、という結論が出るとは私は全く思っていませんでした。
 仙台では、審議官時代に手がけた行政系コンピューター・ネットワーク・システムの問題がどうなったのか、大変気になりましたが、Aのこの事案についても、時々思い出しては、Aに申し訳ない気持ちに苛まれたものです。
 2000年12月初旬、宮城県の松島基地の新司令に発令されたC1空将補が、Aの事案当時の空幕総務課長(1佐)であったことを思い出した私は、就任挨拶に訪れた彼に、上記「所見」を手交して折があったら感想を聞かせて欲しいと頼みました。
 翌年2月初め、同司令は、A事案については、初動を誤ったと反省の言葉を口にした上で、Aが起こしていた民事訴訟で、第一審に引き続き控訴審でもAが敗訴したことを教えてくれました。
 日本の裁判官の目は節穴か、と当時慨嘆したものです。

3 終わりに

 2001年3月に防衛庁を辞める時点では、航空自衛隊における装備品調達をめぐる政官業癒着のひどさについては全く知りませんでしたが、この事案を通じて航空自衛隊の組織全体が病んでいるという印象を抱くに至っていました。
 このことに気付かせてくれたA、しかしその彼を救ってやれなかった私として、一度彼に会って「お気の毒なことでした。私の力が至らず申し訳ありませんでした」と伝えたいと思いつつ現在に至っています。

(完)