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太田述正コラム#2753(2008.8.26)
<音楽の数学的分析>(2012.1.19公開)

1 始めに

 ずっと以前(コラム#454で)、「近代はことごとくイギリスの産物と言っていいのですが、唯一の例外がドイツの産物であるクラシック音楽、すなわち近代音楽です。近代音楽は、鍵盤楽器という特異な楽器と記譜法を持ち、平均率音階・和声法/対位法(和声(Harmony)の重視)等の特徴を有する、それまでの音楽に比べて格段に特異にして合理的な音楽であり、マックス・ヴェーバーの「音楽社会学」(邦訳。創文社1986年)がそのドイツにおける生誕の経緯を解き明かしています。」と申し上げたことがあります。
 既に約2,500年前、古典ギリシャ時代のピタゴラス(Pythagoras)が、鉄床等が単純な整数比の振動数で調和的な音を奏でると数学と音楽との関係を指摘していますが、上記のような合理的な音楽たる近代音楽生誕後、ライプニッツ(Gottfried Leibniz。1646〜1716年)は、「音楽とはわれわれの数学的資質(faculties)の無意識的行使である」と喝破しました。
 しかし、意外にも音楽の数学的分析が本格的に始まったのは最近になってからです。
 今回はこのことを取り上げることにしました。

2 幾何学的アプローチ

 第一が、数学者が言うところの商空間(quotient space)ないしバイフォールド(bifold)に係る幾何学(geometry)ないし位相幾何学(topology)・・順不同のコレクション(unordered collections)の幾何学・・を用いて音楽を分析しようとする試みです。
 このアプローチにおいては、近代音楽は究極的には諸異次元における点と線分のシリーズとして表されるのですが、残念ながらまだこの研究は2006年から始まったばかりです。
 しかし、一見全く異なった様式であるところの、ルネッサンス、古典、ロマン派音楽、ジャズ、ロック、及び他のポピュラー音楽は、上記幾何学的には極めて似た形で表すことができることが既に明らかになっています。
 ロマン派の作曲家のショパンなどは、当時の数学者達がまだきちんとは把握できていなかったところの、非ユークリッド高次元諸空間についての直感的感覚を有していたに違いない、ということになるのです。
 また、音楽理論と経済学の類似性を指摘する数学者も出現しています。
 (以上、特に断っていない限り
http://www.seedmagazine.com/news/2008/07/the_shape_of_music.php
(8月23日アクセス)による。)

3 統計学的アプローチ

 第二が統計学的アプローチです。
 ジフの法則を言語の分野に応用したサイモンのモデル(Simon’s model for Zipf ’s law)(注)を音楽にも適用できるという研究が1980年代末から現れてきたのです。

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<脚注>(2012.1.19)
 「ジップの法則(Zipf's law)あるいはジフの法則とは、出現頻度がk 番目に大きい要素が全体に占める割合が1/k に比例するという経験則である。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%83%E3%83%97%E3%81%AE%E6%B3%95%E5%89%87
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 (注)いかなる言語においても、特定の単語の出現頻度は、その順序の逆数に比例するという指摘。なお、研究の結果、「単語」を「単語とn-gram句の組み合わせ」に置き換えれば、この指摘は、少なくとも英語と北京官話については、正しいことが明らかになっている。(
http://en.wikipedia.org/wiki/Zipf%27s_law
http://www.aclweb.org/anthology-new/C/C02/C02-1117.pdf
。どちらも8月26日アクセス)
    n-gramについては、グーグル等の検索方式(
http://googlejapan.blogspot.com/2007/11/n-gram.html
。8月26日アクセス)をご存じの方にはお馴染みだろう。
    なお、同じ言語でも個人ごとに使用する「単語とn-gram句の組み合わせ」の出現頻度は微妙に異なるが、それが順序の逆数に比例する点では変わりがない。

 その結果文章を書くことと音楽を作曲することは、強い類似性を有することが明らかになったのです。
 (なお、この考え方は、遺伝子配列(genetic code)の分析にも応用できることが分かってきました。)

 (以上、特に断っていない限り、SCIENCE & MUSIC OPINION, NATURE|Vol 453|19 June 2008(バグってハニーさん提供)による。)

4 終わりに代えて

 米国の女性作家のエヴァ・ホフマン(Eva Hoffman)が、文章を書くことと音楽を(作曲ならぬ)演奏することの類似性を、彼女の経験に照らし、直感的に指摘しています。
 すなわち、彼女は文章を書くにあたって音楽がいわば雛形(template)となり、語彙と文法だけでなく、抑揚、リズム、及びその文章にふさわしい音楽性にも配意しているというのです。
 彼女は、ユダヤ系ポーランド人であり、青年期に両親とともに米国に移住し、10代においてはピアニストになることを目指し、その後作家に転身したという経歴の人物です。

 彼女が言っている他のこともご紹介しておきましょう。

 ウォルター・ペーター(Walter Pater)は「全ての芸術は音楽を模範としている」と述べた。
 自分は、ピアノの練習を通じ、軽々に興奮しないようにすること、間をとるべきこと、厳しい規律が逆に自発性を生み出すこと、何か、ないしは自分以外の誰かについて学ぶにあたっての努力と受容性(receptivity)の組み合わせの必要性、を学んだ。
 音楽の演奏にあたっては、肉体的、理性的、感性的能力の全てが駆使される。
 物理学者にして神経施療士(neurotherapist)たるオリバー・サックス(Oliver Sacks)は、音楽は重度の痴呆症状を治癒し、脳炎の予後の患者(post-encephalitic patients)の機能障害からの回復を助け、重度の記憶喪失患者もしばしば音楽の記憶だけは失わない、と指摘している。
 (以上、
http://www.guardian.co.uk/music/2008/aug/19/classicalmusicandopera.poland
(8月19日アクセス)による。)

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