太田述正コラム#4884(2011.7.22)
<人間主義・唯一神・人権(その3)>(2011.10.12公開)

 なお、どうして韓国が「キリスト教」国家化したのでしょうか。
 それは、戦前から朝鮮半島にプロテスタントを中心にキリスト教の宣教活動行われ、戦後は韓国は米国の強い影響の下に置かれたからです。

 次に米国ですが、これは韓国等よりも話は簡単です。
 米国は個人主義社会であり、最初から家族的紐帯は壊れているのですから、米国が宗教教原理主義社会であることは当たり前である、ということです。
 では、どうして米国は「キリスト教」原理主義社会なのか?
 更に言えば、その米国が、「カトリック」原理主義社会でないのはなぜか?
 それは、北米大陸への初期移民に、反カトリックのキリスト教徒たるイギリス人が多かったからです。
 (いわでもがなですが、イギリスがキリスト教原理主義化しないのは、イギリスは、そのイデオロギーこそ個人主義であるものの、イギリス社会は、実は一貫して人間主義(的)社会であったからです。
 前出のジョン・ボウルビーのことを思い出していただきたいが、彼は中流の上の階級の家庭に生まれ、個人主義者たるべく育てられたけれど、恐らくは個人主義者にはなっていないはずです。
 市橋被告に殺害されたリンゼー・アン・ホーカーさんは、高卒の父親という家庭で育ったわけですが、彼女の両親は、これまで何度も来日する等、貯金と年金を娘の無念を晴らすために惜しげもなく散じて来ました。
http://www.bbc.co.uk/news/uk-england-coventry-warwickshire-14234404
 また、リンゼーさん自身、very gregarious な女性でした。(彼女の高校の元校長の言)(同上)
 gregariousとは、一般に、「集団を好む」、あるいは「社交的な」と訳されます
http://ejje.weblio.jp/content/gregarious
が、私言わせれば、人間主義的である、ということです。
 私には、イギリス人の中で際立って人間主義者であった彼女が、人間主義社会である日本が大好きで、日本にやってきた気持ちがよく分かります。)
 
 では、ブログからの引用を続けましょう。
 
 「米国立衛生研究所(National Institutes of Health)の脳スキャンによる諸研究は、被験者達が宗教に関する文章を読み聞かせられてそれに同意か不同意かを聞かれると、我々が他人との関係を取り結ぶ(negotiate relationships)という人間としての社会的ふるまいを処理する場合と同じ脳神経網が活性化する(engaged)ことを示した。・・・
 エール大学の心理学教授のポール・ブルーム(Paul Bloom)<(注8)>は、「人間は、しばしば、一緒に作業をした方がうまくいく(beneficial)と記す。

 (注8)1963年〜。カナダで生まれ、そこで大学を出てから米国へ。現在、エール大学の心理学及び認知科学の教授。
http://en.wikipedia.org/wiki/Paul_Bloom_(psychologist)

 つまり、他の個人達のいい点、ダメな点を評価することは<我々の>適応に資してきたということだ」と記す。
 画期的な研究において、彼とそのチームは、幼児達は、生まれた最初の1年に、何が悪くて何が良いか、だけでなく、何が公正か不公正かに係る生得の感覚<を持っているか>の<ような>外見(aspects)を示すことを発見した。
 登山をしている操り人形を見せ、その人形がもう一つの操り人形によって助けられるか妨害されると、赤ん坊達は助けている操り人形の肩を持つ。
 赤ん坊達は、ある意味、道徳的反応であるところの、評価的な社会的判断を行うことができるわけだ。
 ドイツのライプチッヒのマックス・プランク進化人類学研究所の共同所長のマイケル・トマセロ(Michael Tomasello)<(注9)>は道徳性と幼児に関する研究もやってきた。

 (注9)1950年〜。米国の発達心理学者で1998年から現職。
http://en.wikipedia.org/wiki/Michael_Tomasello

 彼と彼の同僚達は、子供達に利他主義(altruism)の素地(capacities)があることを証明する多数の研究成果を生み出してきた。
 彼は、我々は生まれつきの利他主義者であるところ、生まれてから、戦略的利己心(self-interest)を学<び身に付けなけれ>ばなければならないのだ、と主張する。
 心理的な適応とメカニズムを超えて、科学者達は、その多くが神聖なる存在の証拠と解釈するところの、神経学的説明を発見してきた。
 脳の側頭葉(temporal lobe)を活性化する(stimulate)光景や音を遮断する「神のヘルメット」と彼が呼ぶところのものを開発した、カナダの心理学者のマイケル・パーシンガー(Michael Persinger)<(注10)>は、彼のヘルメットをかぶらされた被験者の多くが、「他者(another)」の実在(presence)の感覚を報告したことを記す。

 (注10)1945年〜。米国生まれの認知神経科学研究者で博士課程以降はカナダへ。
http://en.wikipedia.org/wiki/Michael_Persinger

 自身の個人的歴史と文化的歴史に依拠しつつ、この被験者達は、次いで、この感覚した実在を、超自然的な象徴(figure)または宗教的な人物(figure)である、と解釈した。
 ダマスカスへの路上における聖パウロの劇的回心(St. Paul's dramatic conversion)<(注11)>は、実際には、側頭葉のてんかん(epilepsy)によっておこった発作(seizure)であったと想像することができるのだ。・・・」
http://www.latimes.com/news/opinion/commentary/la-oe-thompson-atheism-20110718,0,314031,print.story 前掲

 (注11)「熱心なユダヤ教徒の立場から、初めはキリスト教徒を迫害する側についていた。
 ダマス<カス>への途上において、「サウロ、サウロ、なぜ、わたしを迫害するのか」と、復活したイエス・キリストに呼びかけられ、その後、目が見えなくなった。アナニアというキリスト教徒が神のお告げによってサウロのために祈るとサウロの目から鱗のようなものが落ちて、目が見えるようになった(「目から鱗が落ちた」という言葉の語源)。こうしてパウロ(サウロ)はキリスト教徒となった。この経験は「パウロの回心」といわれ<るが、>・・・この事件はあくまでパウロ自身の主張にすぎず、使徒達や他の歴史的人物達からの証言は一切無いという意味でイエス・キリストの復活劇よりも信頼性に問題があるとの見方もできる。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%82%A6%E3%83%AD

3 終わりに

 ざっくり整理すると、こういうことになりそうです。

 人間は、遺伝子的に、狩猟採集社会に適合的であったところの人間主義者として生まれるが、(現存する狩猟採集社会はもとより、日本のように、例外的に農業社会になっても、更には工業社会になっても、人間主義社会であり続けた所を除く国や地域においては、)他人(大人)は人間主義者ではない・・ただし、イギリスを始めとするアングロサクソン諸国の場合は、人間主義者でないかのように装っているに過ぎない・・ことを知り、自分を守るために利己主義的に行動するようになる。
 しかし、利己主義的に行動する人間ばかりで構成される社会は安定せず、各個人としても不安で仕方がないので、当該社会に共通の倫理体系や共通の宗教が自ずと生成し、それが親や社会や国によって、各個人にインドクトリネートされるようになる。
 前者の倫理体系の典型が支那発祥の(家族の紐帯を核とする)儒教倫理体系であり、後者の宗教の典型が(キリスト教を始めとする)アブラハム系唯一神教である。
 そのどちらも、(既存の支配構造を正当化する)非人間主義的要素とそれと抵触しない限りにおける人間主義的要素を持つ。
 しかし、工業社会においては、科学的思考の普及等により、必然的に漸次、この種の倫理体系や宗教は衰えて行くため、科学の装いを施したところの、民主主義独裁イデオロギーが一時的にそれらにとって代わりえた社会を含め、非人間主義社会(=日本及びアングロサクソン諸国以外の国及び地域)は、一般に長期崩壊過程を辿ることとなる。
 ちなみに、人権観念は、非人間主義社会中のキリスト教を共通の宗教とするところの、欧州文明が、その農業社会から工業社会への移行期の初期に、イギリス社会の理想化を通じてつくり出したところの、硬直化した人間主義とでも形容すべき観念である。

 (皆さん、まだ粗削りなので、遠慮会釈なきコメントをどうぞ。なお、細かいことですが、「他人との関係を取り結ぶ・・・という人間としての社会的ふるまいを処理する場合と同じ脳神経網」は脳のどの部位なのか、どなたかご教示いただけるとありがたい。)

(完)