太田述正コラム#4872(2011.7.16)
<イギリス大衆の先の大戦観(続)(その3)>(2011.10.6公開)

 当時の日本は、悪漢どころか人間主義の超善玉であり、また、英国以上の自由民主主義(的)国家であったことからすれば、この書評子が、最後の段落で、枢軸国を「悪漢達」と一括りにしたり、この本を「民主主義的(democratic)<的>・・・歴史書」と形容したりしている点は、嘆かわしい限りです。
 どうして先の大戦の結果大英帝国が崩壊したのか、どうして先の大戦末期から(少なくとも英国においては)冷戦が始まったのか、等を少しでもつきつめて考えれば、このような紋切り型の記述がなされるはずがない、と思うのですが、改めて英国の知識層の劣化を痛感せざるをえません。
 
 いずれにせよ、ロバーツの著述家としての能力が傑出している・・彼は小説(後出)も書いている・・ことは、別の書評の以下のようなくだりからもうかがえます。

 「・・・この本がすごく長いからといって、頁を飛ばして読もうなどとは考えない方がいい。
 飛ばすと、重要で面白い話の一かけらのいくつかを見逃すことになるだろう。・・・
 書評でこの本をきちんと紹介することはできない。
 私は、若干のハイライトには触れるけれども、この本に含まれている知識を得るためには、とにかくこの本を丸ごと読まなければならない。・・・」(g)

 この本に批判的な書評もないわけではありません。
 例えば、ケンブリッジ大学のリチャード・エヴァンス(Richard Evans)近代史王座教授(Regius Professor。英国王によって設けられた教授ポストで、就任には国王の同意が必要)
http://en.wikipedia.org/wiki/Regius_Professor
による書評がそうらしいのですが、この書評そのものはネット上になさそうなので、この書評を批判しているところの、また別の(ロバーツのこの本の)書評から、そのにおいをかぐことにしましょう。

 「エヴァンス教授がロバーツ氏の見解がどうしてお気に召さないかは、彼の書評の第二段落において見出すことができそうだ。
 ロバーツ氏の本はどれも常に「流暢に書かれ読みやすい」と記した上で、彼は、ホワイトハウスでジョージ・W・ブッシュ及びディック・チェイニーと夕食を共にし、イギリスをブッシュが訪問した時のうちの一回にも首相官邸で夕食を共にしたところ、それぞれの際、彼はイラク戦争に対する「熱烈なる支持」の念を表明した、と。
 それから、<教授は、>この問題の潜在的な根っこにあるものへと更に接近する。
 すなわち、ロバーツ氏はEUの反民主主義的性格に立脚した小説を書いているが、このことをこの教授は嘲笑する。
 彼はまた、<ロバーツ氏は、>「弁解する余地なき、ど保守的歴史家にして愛国者で、盲目的対外強硬主義者(jingoistic)ですらある」とも<記している>。
 我々は、この教授が、これらの形容詞を褒め言葉的な意味合いにおいて用いているとみなしてはならない。
 その上で、いかにも教授のお歴々がやらかすようなこと、つまり、「この本は極めて英国的な見地から書かれている」という(本当に衝撃的であるところの)追加的所見付きで、大昔に出版された史料や本の利用を鼻で笑う(rubishing)。どうして、そんなことが彼にはできるのかね、と<この教授は記す>。
 そして、力強く、傑出した専門家的結論が構築される。
 「これは、第二次世界大戦に関する新しい歴史書とは、この言葉のいかなるまともな意味合いにおいても言えない。
 それは、第二次世界大戦についての適切な歴史書ですらない」と。・・・
 古から存在する問題だが、学者は、部外者が自分達の領域を侵すことを妬ましく思うものだ。
 これが、果たして教授についてもあてはまるのかどうかは私には分からない。
 普通使われる技法は、彼らの学識に疑問符を投げかける(impugn)ことによって部外者達を罵る(damn)ことだが、それがまさにここで見られることだ。
 書評の中で、この教授は、ロバーツ氏がゲーリング(Goering)が元帥であったと言っていることを叱責している。
 しかし、ゲーリングは元帥であり、この称号をヒットラーから1938年に授与されている。
 このような間違った(off-beam)攻撃は、我々に対し、本件に係るこの教授自身の権威がいかほどのものかを教えてくれる。・・・」(i)

 この教授のロバーツ批判の本体を全く紹介せずに、人格攻撃・・ロバーツの本にベストセラーが多いのに、この教授の書いた本はほとんど売れない、といったことを含む・・に終始していることは、この書評子自身の人格を示すものですが、いずれにせよ、先の大戦に関して英国を美化する史観に少しでも疑問を投げかける者は、このような感情的な罵倒を受ける、ということがよく分かります。

 ところで、ロバーツが、太平洋戦域についても十分目配りをしている、というのは本当なのでしょうか。
 目配りをしている、というもう一つの書評をご紹介しましょう。

 「・・・アンドリュー・ロバーツは・・・第一級の歴史家であることを示した。
 エコノミスト誌の言葉によれば、「<彼は>英国の最も優れた軍事史家」なのだ。・・・
 ロバーツは、ガダルカナル、硫黄島、そして沖縄の信じられないほど血なまぐさい戦い等、太平洋戦域にもきちんと注意を向ける。(完全な叙述(treatment)を求める者は、マックス・へースティングス(Max Hastings)の『報い:日本との戦い 1944〜45(Retribution: The Battle for Japan, 1944-1945)』<(コラム#2127、3334)>を参照せよ。)
 彼のこの戦線についての議論には、太平洋戦争の転機となったミッドウェーの戦いに関する極上の章や、ビルマでの戦いの、<ミッドウェーの戦いよりも>更に過小評価されているところの一段階に関する胸がわくわくするような分析が含まれている。
 ビルマでの、熱帯の熱によるうだる暑さのやぶの中の眦を決した敵に対する英国の対応は、この戦争における他のどんな話にも比肩するものであり、ロバーツは、ビルマでの日本の敗北は、「英国がインドに与ええた最大の贈り物」であると称する。・・・」(f)

 この書評子は覆面書評子なので、プロフィールは分かりませんが、最後に出てくる引用は、「ビルマでの日本の敗北は」は、「ビルマから行われた日本のインパール作戦は」の書き間違えではないか、と揶揄したくなりますが、こんな箇所を得々として引用しているところを見ると、この書評子の程度も推し量れます。
 とまれ、ロバーツは、太平洋戦域に十分目配りしているとは言えない、という批判を投げかけているのが下掲の書評です。(書評子の名前は明らかにされている・・Cy Hilterman・・が、そのプロフィールは分からなかった。)

 「・・・<この本には、いくつか>欠点がある。
 余りにもよく起こることだが、イタリア<に関すること>が極めて軽く扱われ、ほんの少ししか触れられていない。
 北アフリカでの戦争に関する多くの説明においてそうなのだが、ドイツの司令官であるロンメル(Rommel)元帥が登場するや否や、イタリアの諸部隊と司令官達は見過ごされる。
 公平の観点から指摘すれば、ロンメルと対峙した大英帝国の諸部隊もまた、ようやくまともに戦うべき敵を得たと思った<ことは確かだが・・。>
 太平洋戦争と日支戦争にもまた、欧州での紛争に比べてはるかに少ない分量しかあてられていない。
 <あるいはまた、>英国内における戦争がらみの多くの諸問題は粗略に扱われているし、紛争全体を形作ったところの、国際政治や経済的な戦争指導(war-making)の形態(pattern)についても同様だ。・・・」(k)

(続く)