太田述正コラム#5033(2011.10.5)
<皆さんとディスカッション(続x1343)>

<太田>(ツイッターより)

 週刊ポスト的シンブンから脱皮を図っている(?)人民網、このところ元気がなかったが、9月末にこんなのが載ってたんだね。
http://j.people.com.cn/96160/7607776.html 
 この種催し、中共各地ではやってるみたい。
http://j.people.com.cn/94638/94657/7569609.html
 こっちは台湾との関係が何だか思わせぶり。

<ΖΡΡΖ>(「たった一人の反乱」より)

 <似顔絵問題で、太田は間違っていないと>威勢がいいのはいいけど最後まで具体的論理的反論はしないのなw。
 どんなしょうもない内容であれ、文句や異議があれば具体的論理的に論じるのが太田スレで、何だかんだ言ってもそれで論題が分析され収斂される、それが太田スレのいいところだと思ってたけど、最近はそうでもないらしい。

<ΡΡζζ>(同上)

 横からだが、程度ってもんがあるだろ。
 こんな些細なミスのたかが一例を示して、太田の人物像云々は分析できるものじゃないし、もしやったとしてもそれは妄想でしかないのであって、議論をして得られるものは何もない。
 そもそも太田コラムが提起している問題は様々だが、それら問題(政治、歴史...etc)を十分に議論してきたとは言えないのであって、議論すべき事柄がたくさんある中で、なぜそんな不毛な事にエネルギーを注ぐのかわからない。
 ぶっちゃけ「何か勘違いしちゃったのか?まぁ良いや」って感じ、議論の発展のしようもない。

<太田>(ツイッターより)

 米国の強い政府派:ワシントン、ハミルトン、ヘンリー・クレイ、リンカーン、セオドア・ローズベルト、アイゼンハワー、に対するに弱い政府派:ジェファーソン。
http://www.nytimes.com/2011/10/03/books/that-used-to-be-us-by-friedman-and-mandelbaum-review.html?_r=1&hpw
 <ちなみに、>ハミルトンは初代財務長官、クレイ(1777〜1852年)は下院議長、上院議員、国務長官<だ。>。

<太田>

 この話↑とも無縁じゃないが、米国のジェフリー・サックス(Jeffrey Sachs・・・コロンビア大学の開発経済学者・・・)はルソーの方を支持しているところ、私は、この二つの中では、アングロサクソン流の方を無条件で支持する。↓

 「・・・フランス人哲学者のジャン・ジャック・ルソーは、財とサービスの自由な交換と経済敵意アクターによる私益(self-interest)の競争的追求が全般的な繁栄をもたらす、という当時英国から来た観念を拒絶した。
 ルソーによれば、<英国的な>商業的社会においては、人々は「陰謀的で暴力的で貪欲で大志を抱き、隷属的でならず者的…に、零落と富裕の両極端のうちに生きる」こととなる。
 他方、「素朴な慣習[と]健全な嗜み」に生きる人々のみが有徳たりうるのだ。・・・

 <いずれにせよ、サックスは、なんでわざわざ「フランス型」なんか持ち出すのかね。米国は、一応同じアングロサクソンである「イギリス型(議院内閣制+官僚制)」を採用すりゃいいんだよ。↓>
 サックスは、・・・行政部門と立法部門を統合し強力な専門家群<(=官僚)>を擁する「フランス型」憲法に移行することで米国経済の諸問題に対処するようになれば、米国人は裨益する<、と主張する。>・・・」
http://online.wsj.com/article/SB10001424053111903703604576589090204327736.html?mod=WSJ_Opinion_MIDDLESecondBucket


 それでは、その他の記事の紹介です。

 ウソで塗り固めたヒットラーの生涯。↓

 「・・・私<(書評子)>は、何となくヒットラーは伍長か下級伍長(lance-corporal)だと思っていたが、この本は、ヒットラーには部下がいたことがないことを紛れもなく明らかにした。
 だから、この本では、彼は一貫して「兵士(private)ヒットラー」と記される。
 (4年を超える間、一兵士であり続けるとは、ちょっとしたものだ。)
 しかし第一次世界大戦後、彼が力をつけて行くに伴い、神話が形成され始め、彼と連隊で一緒だった者達は脅され、投獄され、あるいは殺された。
 彼自賛の自分の<戦時中に発揮した>勇気は、彼の自分自身についての信条と、従って、国家社会主義の<信条の>中核だった。
 <また、>ユダヤ人が戦時にドイツを裏切ったことがドイツを敗戦に追いやった、と彼は言った。
 (だが、戦争の全期間を通じて、彼が反ユダヤ的言及を行ったことを記憶している者は一人もいない。)・・・」
http://www.guardian.co.uk/books/2011/oct/04/hitlers-first-war-review

 改めて、気が遠くなるような歴史だねえ。
 (なお、どうしてこの筆者が、十字軍の後のエルサレム支配者をサラセン(Saracen)としたのかは不明。ちなみに、サラセンはイスラム教徒とほぼ同じ意味の言葉だ。
http://en.wikipedia.org/wiki/Saracen 
 ちなみに、タタールは言うまでもなく、モンゴルのことだ。)↓

 「・・・エルサレム・・・を征服ないし占領したのは、カナン、イスラエル、アッシリア、バビロニア、ペルシャ、マケドニア、セレウコス、ローマ、ビザンツ、ウマイヤ、アッバース、ファーティマ、セルジューク、十字軍、サラセン、タタール、マムルーク、オスマントルコ、英国、ヨルダン、そして最終的にイスラエルだ。・・・」
http://www.guardian.co.uk/books/2011/jan/29/jerusalem-biography-simon-sebag-montefiore-review

 英国の政府の一貫したフランコの擁護は、その、戦間期における、弱いながらも一貫した反共(反赤露)政策の表れである、と言えそうだ。↓

 「・・・英国の支配層のフランコ(Franco)への支援は、この将軍が<人民戦線>政府に対する叛乱を指導するために適切な場所に赴くことを可能にした飛行機をチャーターすることから始まった。
 いよいよスペイン内戦が始まると、英国は、労働党の貴族たるストラボルギ(Strabolgi)卿が言ったところの「悪意ある(malevolent)中立」という立場を採用した。
 親フランコの一連のロビイスト達は、英外務省で温かくもてなされた。・・・
 何百人もの若い男性達と、若干の若い女性達は、秘密裏にスペインに行って共和国側のために戦い、それよりはるかに少ない数の金持ちの人々がフランコのために戦うべくスペインに行った。・・・
 チャーチルの政策は、フランコの義理の弟や恐らくはフランコ自身に夥しい賄賂を贈ることで、スペインを第二次世界大戦の圏外に置き続けることだった。
 巨額の買収資金がサー・サミュエル・ホア(Sir Samuel Hoare)率いる在スペイン英大使館において直接運用された。・・・」
http://www.guardian.co.uk/books/2011/sep/30/francos-friends-peter-day-review
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太田述正コラム#5034(2011.10.5)
<歴代の駐日英国大使(その1)>

→非公開