太田述正コラム#4844(2011.7.2)
<ナチの逃走(その2)>(2011.9.22公開)

→血は水より濃いといったところですね。
 血(人種)というより、(言語を共にする)文明と言った方がより適切ですが・・。(太田)
 

 このほか、この本は、国際赤十字(International Committee of the Red Cross=ICRC)<(注8)>に厳しい目を向ける。

 (注8)スイスのジュネーヴ生まれのアンリ・デュナン(Henry Dunant)が中心となって設立。1876年に現在の名称となる。本部はジュネーヴ。
http://en.wikipedia.org/wiki/International_Committee_of_the_Red_Cross

 この組織は、その影響力と権力を、何よりも、その中立的な人道的仲介者としての道徳的立場から引き出していた。
 私の研究において、この現実政治の世界の下で、<赤十字が>果たしてこの地位を維持できるのかという問いかけが何度も行われる。
 赤十字が、欧州のユダヤ人の上に何が降りかかっているかについての明確な情報を持っていながら、ホロコーストに対して異議申し立てをするに至らなかったことは良く知られている。
 この組織が、ドイツ占領下の欧州において救援活動を遂行するその能力を危殆に瀕せしめることを恐れ、抗議しないとの戦術的意思決定を行ったことは明らかだ。
 道徳的権威が、かくして、実際的考慮に屈したわけだ。
 しかし、連合国の正義を逃れるためにナチスと戦争犯罪者達が赤十字の諸機関を使い始めた時に、<赤十字は>どのように現実に対応したのだろうか。
 中心的要素は、このジレンマに関してジュネーヴの赤十字本部で行われた韜晦された議論を解き明かすことだった。・・・
 この本は、赤十字によって発行された旅行証明書(travel paper)類が、何千人というナチス、戦争犯罪者達、そして欧州全域からのその共犯者達が正義の手を潜り抜けて北米、南米、スペイン、そして近東に逃げ隠れ先を見つけることを可能にしたことについて、証拠を提供する。
 1951年の中頃までには、赤十字は、少なくとも120,000通の旅行証明書を発行しているところ、これは極めて問題のある処置であったとみなされなければならない。
 身分証明書類を発行するための赤十字の審査手続きはまことにいいかげんなもの、かつ実際極めて不十分なものであったかもしれないけれど、<限られた数の>赤十字の職員に対して巨大な数の避難民が殺到したことを考えれば、この措置は驚くほどうまく機能した。・・・
 当時の国際赤十字会長のパウル・ルエッガー(Paul Ruegger)<(注9)>が、赤十字の旅行証明書類が常に正当な人物に渡っていないことに気づきつつも、彼が介入することを選択しなかったことは、疑う余地がない。・・・

 (注9)1897〜1988年。スイスのルツェルン(Luzern)生まれの法学者にして外交官。。ローザンヌ(Lausanne)大学卒。その間、ミュンヘン大学にも留学。国際赤十字会長:1948〜55年。
http://de.wikipedia.org/wiki/Paul_Ruegger


 明らかに、赤十字が、醜聞に関係する諸事例を、単に若干の「悪い林檎」が巨大な強制追放者 (DP=displaced person)達の一群の中に紛れ込んでいただけである、と見ていたことは明らかであって、<赤十字は、>本件が難民救援計画全体の足を引っ張ることを欲していなかったのだ。
 本件の話が持ち上がるたびに、赤十字の係官達は、連合国と法王庁が疑いのある事例を除去することについて究極的に責任を有するということをすぐに繰り返した。・・・
 <ルエッガーの前任の国際赤十字>会長のカール・ヤコブ・ブルックハルト(Carl Jacob Burckhardt)<(注10)>に、ドイツびいき的心情を持っていた過去があり、また、彼が少なくとも潜在的に反ユダヤ的であったことは明白だ。・・・

 (注10)1891〜1974年。スイスのバーゼル(Basel)生まれの外交官・エッセイスト・歴史家。ウィーン大学卒。国際赤十字会長:1944〜48年。
http://de.wikipedia.org/wiki/Carl_Jacob_Burckhardt

 しかし、この本は、強い反共産主義信条と憂慮が赤十字の意思決定者達に影響を与えていたことを明らかにしている。
 この組織は、厳格に中立的な線で活動をしたことがなく、しばしば、冷戦初期において<西側の>武器として先導役とされることに甘んじた、と言っても過言ではなかろう。・・・

→ブルックハルトは、生まれたのがドイツ語圏ですし、名前からして明らかにドイツ系である一方、ルエッガーは生まれたのがフランス語圏ですし、名前からしてもドイツ系かフランス系か微妙ですが、ドイツ留学をしているところから、ドイツ系であるか、ドイツびいきであった可能性が大です。
 やはり、ここでも血は水よりも濃い、ということになりそうです。(太田)

(続く)