太田述正コラム#4828(2011.6.24)
<先の大戦における蛮行(その2)>(2011.9.14公開)

 (2)米国

 「米海兵隊員は、金歯を入手するために日本兵捕虜の顔を切り裂いた。
 <他方、>日本占領下のニューギニアで見つかった少年の死体の「頭は火炎弾で燃やされており、銃剣がその肛門から突き出ていた。」」(F)

 ここでは、書評子自体が、米国による蛮行を日本による蛮行と並置することで、前者のインパクトを弱めているわけです。
 しかし、前者は、米国人の人種主義とそれと表裏の関係にある殺人志向(コラム#3686、3694)に基づくところの、米国人にとって「平時の延長」たる戦地における自分達にとって安全な環境の下でのごく自然な行為であったのに対し、後者は、日本人の人間主義とそれと表裏の関係にある平和志向に基づくところの、日本人にとってそもそも「異常」な戦場における、しかも自分達にとって危機的な環境の下での狂気に蝕まれた行為であり、同列に論じることは全くできません。

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<脚注1>

 ここで、パプア・ニューギニアで日本軍が犯した戦争犯罪についてまとめておこう。
 このサイトの素生も典拠もはっきりしないことをお断りしておく。
 
 「42年3月以降、東部パプアニューギニアは日本兵とアメリカ・オーストラリア連合軍の戦場となった。日本軍は制海空権を失い、食料補給路を断たれて孤立。44年8月の「アイタぺの決戦」の敗退から1年後の敗戦まで、日本軍はトリセリ山系とプリンス・アレキサンダー山系の南側の山間部に立てこもり、食料を自給しながらの戦いを強いられた。東部ニューギニアに上陸した日本軍16万人中、帰還したのは1万人ほど。兵の消耗率は約94%にのぼった。日本軍によるパプアの人々の悲劇の大半は、この1年間に起こったという。 
 ・・・極度の飢餓状態で日本兵が同僚の遺体の肉を食べた<という話まである。>・・・。
 現地で戦争被害の究明と補償問題に取り組むガブリエル・ラク氏<は、現地で>・・・日本に補償を要求するために、戦争被害を「補償を求める会」に登録するよう呼びかけた<ところ、>・・・すでに被害登録は約6万5000人にのぼるという。・・・
 最も多いのは「武器や食料の運搬に駆り出された」約2万6000人だが、人肉食犠牲者1817人、胸を切断され死亡した女性19人、性器を蛮刀でえぐられて殺された女性8人、強姦されて殺害された女性5164人など<だ。>・・・
 田中利幸メルボルン大学教員は、「東京裁判でオーストラリア側が日本軍の人肉食を戦争犯罪として明示したのに、審理からは抜け落ちた。オーストラリアでは、食べられたと見られる自国兵の死体について約100のリポートが出ている。だが、戦闘中なので目撃証言が乏しく、裁判は難しかったようだ。これらの史料に、わずかだが現地の人たちの人肉食被害が出てくる。現地の人たちについては集落のなかでの出来事なので、むしろ目撃者は多かったのでは」・・・
 <ただし、その一方で、>日本軍の表彰状や腕章を見せ、思い出をうれしそうに語る人たちもいた。短期間だが村で簡単な学校を開き、文字や農漁業技術などを教えた日本兵もいたという。」
http://www.midori-kikaku.com/mariko/j-ist01.html
 なお、そのお隣の地域での話だが、海軍の民政府職員としてニューギニアに渡り、情報要員として陸軍に派遣されていた、飯田進・・現地住民(非戦闘員)殺害の罪に問われ、オランダ(ニューギニアのうちオランダの植民地だった地域だった)による戦犯裁判にかけられ、20年の有罪判決を受ける・・による、『地獄の日本兵 ニューギニア戦線の真相』(新潮新書)という本があるようだ。
http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20080814/p1

<脚注2>

 金歯の話が出てくる、比較的信頼性の高い資料が下掲だ。
 (『正論』2000年5月号で紹介された『リンドバーグの衝撃証言』(邦訳。新潮社 1974年)の抜粋より。ちなみに、チャールズ・リンドバーグ(1902〜74年)はニューヨーク・パリ単独飛行で有名な人物。彼は、日米開戦後、彼は軍の技術顧問として南太平洋で戦闘任務についていた。)

 「捕虜にしたがらない理由は殺す楽しみもさる事ながらお土産を取る目的。金歯、軍刀はもとより、大腿骨を持ち帰りそれでペン・ホルダーとかペーパーナイフを造る、耳や鼻を切り取り面白半分に見せびらかすか乾燥させて持ちかえる、中には頭蓋骨まで持ちかえる者もいる。」
http://www1.u-netsurf.ne.jp/~ttakayam/beigunzangyaku.htm

 これは、戦争犯罪と言うよりは、ナチスによるホロコーストと根は同じ、人種主義的な人道に対する罪だと言うべきだろう。ナチスのそれとの違いは、ナチスの場合、異人種殺害が国家によって行われた犯罪であったのに対し、米国の場合、異人種殺害が兵士達によって集団的・自発的に行われた犯罪であったことだ。
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 「ルメイ(LeMay)」<(コラム#213、3553、3562、4266)>の「我々は本件の道徳性など気にかけなかった。戦争を早く終わらせることができるものならそうしたかったというだけだ」という言を引用しつつも、<この本では>広島と長崎への原爆投下は倫理的根拠から強く弁護されている。
 バーレイは、道徳性にこだわって、次のように結論付ける。
 「米国は、それまでに既に広島と長崎に落とされた爆弾による破壊の30倍もの破壊をもたらした一方で、長期にわたる放射能による被害を人々に与えることのないところの、在来型爆弾による日本の爆撃を単に続けることもできた。・・・」。
 B-29爆撃機のエノラ・ゲイ(Enola Gay)が原爆を<広島に>投下した時、その下には280,000人の一般住民とともに43,000人の日本兵が駐屯しており、天候はさわやかな27度だった。その直後に広島は何個もの太陽よりも明るい閃光によって爆破された。一人の男性は広島で生き残り、長崎へ行き、驚くべきことにそこでも生き延びた。」と。」(L)
 
 バーレイが、ハセガワの本(コラム#2657、2659、2661、2667、2669、2675、4444、4454)を読んでいないとは考えられないところ、彼が、ハセガワの問題提起を全く無視しているように見える点は、批判されてしかるべきでしょう。
 また、一般の戦略爆撃と原爆投下とを区別して論じることは必ずしも妥当ではないというバーレイの主張はそれなりに分かるけれど、日本のどの都市にも兵隊はいたからといって、(また、どの都市にも多かれ少なかれ戦争遂行に関係する工場等があったからといって、)バーレイが示唆したがっているように、それだけで、大量の一般住民をも爆撃の対象とすることの犯罪性を阻却できるはずがないでしょう。
 ドイツに対するもの以上に、原爆投下や、焼夷弾を多用した日本への在来型戦略爆撃の戦争犯罪性は高いだけになおさらです。

(続く)