太田述正コラム#4716(2011.4.30)
<皆さんとディスカッション(続x1188)>

<太田>(ツイッターより)

 <昨日日本時間の1600頃、>ウィリアム王子結婚の光景を見ようと、早くも世界中の人がアクセスしているせいか、BBCのサイトが重ーくなっちゃってるね。ボクが次にロンドンに行くのはいつになるか。宿舎のあった郊外のキングストンでのテームズ河畔の散歩がしたいな。

 軍人ウィリアム王子は、当然、軍服で結婚式に臨んだ。
 日本で皇族が軍服を纏う日は来るのだろうか。
 いや、それどころか、天皇が自衛隊施設を公式訪問するのはいつなのだろうか。
 墨守される吉田ドクトリンの下、日本とともに天皇制も衰亡へ?

<HanTennoBot> (同上)

 武烈天皇 500年9月 妊婦の腹を割いて胎児を見るという行為に及ぶ。この年以降、人の生爪を剥して山芋を掘らせる、人を木に登らせ、その木を倒して殺す、池の樋から人を流して矛で刺殺する、人を木に登らせて弓で射殺する、

<太田>

 日本書紀に依ってるんだろうが、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A6%E7%83%88%E5%A4%A9%E7%9A%87
このウィキペディアには、「血縁関係が薄い次代の継体天皇の即位を正当化する意図が『書紀』側にあり、武烈天皇を暴君に仕立てたとする説が一般的である。」とあるぜ。
 ところで、だから、天皇制は廃止すべきだ、もちろん、天皇と軍事との関わりは一切断ったままにしておかなければいけない、って言うわけ?
 冗談多いね。

<εξεξ>(「たった一人の反乱」より)

http://www.asyura2.com/10/music3/msg/463.html
 チェルノブイリでの原発事故による死者数が少ないのは当局が認めなかったため

<εεξξ>(同上)

 やはり政府は福島の子供達の命の優先順位を下げ、御用学者に圧力をかけて放射能被害を拡大させ続ける方針のようですね。

 『福島第1原発:内閣官房参与、抗議の辞任
 特に小中学校の屋外活動を制限する限界放射線量を年間20ミリシーベルトを基準に決めたことに「容認すれば私の学者生命は終わり。自分の子どもをそういう目に遭わせたくない」と異論を唱えた。
 小佐古氏は、学校の放射線基準を年間1ミリシーベルトとするよう主張したのに採用されなかったことを明かし、「年間20ミリシーベルト近い被ばくをする人は原子力発電所の放射線業務従事者でも極めて少ない。
 この数値を乳児、幼児、小学生に求めることは学問上の見地からのみならず、私のヒューマニズムからしても受け入れがたい」と主張した。』
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110430k0000m010073000c.html

<εξξε>(同上)

 ・・・小佐古参与が抗議の辞意 子供の被曝基準「容認できぬ」
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201104290314.html
 「とんでもなく高い数値であり、容認したら私の学者生命は終わり。
 自分の子どもをそんな目に遭わせるのは絶対に嫌だ」と訴えた。
  ↓これに対し、脊椎反応(痛いとこつかれたんだネ)
 「場当たり的ではない」=辞任の小佐古氏に反論−菅首相
http://www.jiji.com/jc/eqa?g=eqa&k=2011043000109

 案外、この件が管退陣のトリガーになるかも?

 <εξεξクン、>チェルノブイリから広島へ。
http://blog.goo.ne.jp/ryuzou42/e/a9d5c9d21d8a0cb307da530ca28a178d
 チェルノブイリ事故の被害の調査を、1990年から91年、国連のIAEA(国際原子力機関)は、国際諮問委員会(IAC)に調査させ、その結果を91年5月に発表した。
 このことは、他の本でも書かれていることですね。
 この調査が現地の実情とちがう。
 この発表はチェルノブイリ事故の後遺症は終わったのだという印象を与えた。

 重松氏は水俣病の調査責任者で、チェルノブイリ事故の被害の調査を、1990年から91年、国連のIAEA(国際原子力機関)は、国際諮問委員会(IAC)に調査させ、その結果を91年5月に発表した。
 このことは、他の本でも書かれていることですね。この調査が現地の実情とちがう。

日本の権威として【重松逸造】がこの調査をしたわけですが、この方の今までされてきたことも書かれてあります。
 どうしてこのようなデータを作り出すことができたかも書かれてあります。
 大手マスコミはほとんど伝えていませんね。
 何回も書きますが、電力会社は大手マスコミの最大のスポンサーであるのです。
 現地の学者はどうして反論しなかったか、それも簡単なことらしいです。
 『お金が入れば批判なし』というわけだそうです。
 【重松逸造】対広島の学者の対立も起きます。
 広島県被団協の近藤幸四郎事務局次長は語りました。下「」引用。
 「良心的な学者だとか、研究者だったら、放影研へは来ないですよ。だから、あの人がチェルノブイリの調査責任者に選ばれたのは、最初から、ある結論を出させるためだったのではないか、と私は思います」
 【重松逸造】がどのようなことをしてきたかも新聞などでも概要は伝えられています。
・「環境庁の水俣病調査中間報告「頭髪水銀値は正常」、論議必至。(一九九一年六月二三日付読売新聞)重松氏は水俣病の調査責任者で、
 水俣病被害者とチッソの因果関係はないと発表したのです。
・「黒い雨「人体影響認められず」広島県、広島市共同設置の「黒い雨に関する専門家会議」(座長・重松逸造・放射線影響研究所長、十二人)は、
 十三日、「人体影響を明確に示唆するデータは得られなかった」との調査結果をまとめた。(一九九一年五月一四日付毎日新聞)ここでも重松氏は調査責任者。
・「イタイイタイ病について環境庁の委託で原因を調査していた「イタイイタイ病およびカドミウム中毒に関する総合研究班(会長・重松逸造放射線影響研究所理事長)とし、
 イ病の発症過程を解明するに至らなかった。イ病では、認定患者百五十人のうち、既に百三十四人が激痛の中で死亡している」(一九八九年四月九日付読売新聞。)

 重松氏は水俣病の調査責任者で、チェルノブイリ事故の被害の調査を、1990年から91年、国連のIAEA(国際原子力機関)は、国際諮問委員会(IAC)に調査させ、その結果を91年5月に発表した。
 このことは、他の本でも書かれていることですね。この調査が現地の実情とちがう。

<イチ>

 コラム#2808等を読んで、無性にコメントしたくなったので、書き込みしました。
 私は太田コラムを読み始めて2年ほどで、過去コラムも部分的にしか読めてませんが素晴らしい内容だと思います。
 無学な私ですが、太田史観や時事の論評等の見識は最も信頼していますし、なによりも共感するのは人間主義です。
 私のような一般人は、太田さんのような能力も知識もありませんので、結局は誰を信用するかだと思います。
 しかし、政治ブログランキングではくだらないブログが上位にあるのが理解できません(笑)。
 お体に気をつけてコラムを書き続けてください。これからも応援します。

<太田>

 ありがとうございます。

<XXXX>

 昨日、以前にお送りすると言っていた資料を発送致しました。
 以下はお送りました資料の詳細です。

細谷 千博ほか編『日英交流史 1600‐2000〈2〉政治・外交2』東京大学出版会 2000年
杉山伸也/ジャネット・ハンター『日英交流史1600‐2000〈4〉経済』東京大学出版会2001年サー・ヒュー・コータッツィ&ゴードン・ダニエルズ編『英国と日本 架橋の人々』思文閣出版 1998年

*『日英交流史2巻』からは以下の収録論文をお送りしました。
アントニー・ベスト「対決への道−一九三二-一九四一の日英関係」
石井修 「綿糸市場をめぐる日英の角逐−一九三○-一九三六年」
ジョン・ジャーキー「英日関係における経済外交−一九三一-一九四一年」
*『日英交流史4巻』からは以下の収録論文です。
杉山伸也/ジャネット・ハンター「日英経済関係史−一六○○-二○○○−」
ジョン・ジャーキー「一九二○年代における英国の対日経済認識」
ジョン・ウェスティ「東南アジア、ジェット・エンジン・エネルギー−一九五○年代の日英関係」
*『英国と日本』からは以下です。
サー・ヒュー・コータッツィ「ロンドン日本協会百年の歴史」
ジョン・パードウ「マルコム・ケネディー ある語学将校の日本体験」

超要約版(以下、基本的に日英交流史2巻から引用)
「<1930年代前半、>英国には日本の行動に共感する人々<が>存在した。保守党員の間や右寄りの新聞のなかでは、中国が一貫して政治的に不安定である以上、日本が大陸アジアで勢力伸長を図るのは当然であり、<また、彼らは>東アジアでの英国の権益を脅かす最大の要因がソ連であるとみていたため、満州を日本がおさえることがソ連勢力に対する障壁になるとの考え方を受け入れ<る向きがあった>。」p31
<しかし、それ以後、結局の所は日英の間で、ソ連に対する安全保障という問題が議論の焦点になる事は無かった。英国政府の政策優先順位における問題として、>「英国が日本と妥協すれば、それは対ソ神経戦強化の方向に日本を誘う働きをもち、それが次には二正面戦争回避の方策としてスターリンをドイツもしくはフランスに接近させ、ヨーロッパでの危機が緩和するどころか激化するおそれが存在した・・・。」<という事からも窺えるように、ソ連の脅威を等閑視した。>p37
「<また、当時、大不況下という状況で、英国側は満州事変以後の日本の不人気に託けて>インドや英植民地に流入している日本の綿製品に対する対抗措置<として>・・・1933年4月にインド政府が1911年に日本と結んだ通商条約の破棄を通告し、5月には英国政府が西アフリカ植民地への日英通商条約の適用をやめるようになった。<それは、日英間の緊張を高めた。>」p32
「<以後、日英の間で、ソ連に対する安全保障という問題がないがしろにされる形で経済対立が深まっていった。もっぱら英国側>は日本の対外政策の根が、国際経済における『持てる国』と『待たざる国』の間の不均衡にある、と見ていた。」pp39〜40
「日本の宣伝家たちは<英国側の謬見を助長させるような宣伝を行い、また陸軍の対支政策の根幹を説明しなかった。>」pp34〜35
 「<また、ソ連の脅威を強く意識し、日英の提携を望んでいたマルコム・>ケネディ<等の>親日派の人々<がロビー活動に失敗した原因の一つは>日本大使館からの一貫性のない馬鹿げた宣伝活動によって、せっかくの彼らの努力が絶えず邪魔された<結果であった>。」(英国と日本p313)
<結局、日英間に根本的な問題として存在していたはずのソ連に対する安全保障という問題は俎上に載せられる事はなく、当然、日英間の問題は何一つ解決されるはずもなく、事態の進展と共に理解の欠如から謬見が広まり日英の対立は深刻化していった。>

 ちなみに、ジョン・パードウ「マルコム・ケネディーある語学将校の日本体験」は昨日配信された「日英同盟をめぐって(続)その3)」にも登場した『日本国内で日本の連隊に隊付になっていた』人物でありますし、先日送った資料に登場する中心人物でもありますので、併せてお読みください。
また、「日英経済関係史−一六○○-二○○○−」はお送りしましたが概説的な論文なので、面白くありません。

<太田>

 届きました。
 いつも、すみません。
 あなたの史観、私を知る前に形成されていたのか、その後なのかは知らないけれど、他人が私の史観をごく当たり前のように記してくれると、非常に心強い思いがします。
 先入観を捨てるように努力しながら、私の史観に接すれば、それがごく常識的なものであることに気づくはずなんですがね・・。

 話は変わりますが、本日午後、最寄りの警察署の巡査がやってきて、「警察官を名乗る者による振り込み詐欺防止のために、個々の家庭にそのIDをお配りしています。電話をかけてきた人間が本物の警察官かどうかは、このIDを知っているかどうかで判別できます」とIDが記載されたビラを渡されました。
 そこで、さっそく同署に電話し、これが間違いなく同署の巡査で、そういうビラを渡して歩いています、というので、新手の振り込め詐欺の予備行為じゃないことは分かりましたが、ビラを受けとった人物がたまたま留守番の人だったり、(このビラを電話機の前にいつも置いておいてくださいと言われていたので、)家に来た第三者(介護の人等)が悪い人で、目にしたビラを悪用したりする可能性は考えた上でやっているんだろうな、と懸念を伝えておきました。

 詐欺と言えば、先日申し上げたニューヨークタイムスの有料化フィッシングの件ですが、IEでそれが起こって記事が読めなくなった後、Firefoxでもしばらく読めた後にやはりフィッシング画面が出るようになって読めなくなり、試にChromeをダウンロードすると、やはりしばらく読めた後に、フィッシング画面が出るようになって読めなくなりました。
 そこで、ニューヨークタイムスを読むときだけ携帯パソコンを起動して読むという面倒くさいことを余儀なくされていました。
 システムの復元をやればいいと分かってはいても、それだと、一か月弱の間にダウンロードして入れ込んだ新ソフトが全部パーになってしまうので躊躇していたところ、新しく卓上パソコン(64ビット)を買ったことにより、問題は根本的に解決して現在に至っています。

 世の中には悪い奴がうじゃうじゃいる、という前提で、みなさん、気を付けましょうね。


 それでは、その他の記事の紹介です。

 まずは大震災関係から。

 半田さん、形式的にはその通りだけど、米軍基地問題は日本が米国の主権の相当部分を譲り渡している中での問題であるのに対し、原発問題は、日本の「残余」主権内での問題だから、そこは区別しなくっちゃね。↓

 「・・・沖縄に基地負担を押しつけ、安全・安心を受け取ろうとする本土の構図は、福島に原発の負担を押しつけ、電力を享受してきた東京とうり二つではないか。負担はともに分かち合うか、その元を絶つ以外に解決策はない。」
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/ronsetu/CK2011042702000035.html

 次いでアラブ革命関係です。

 <体制派部隊が反体制派と戦いつつチュニジアに越境した。しかし、国境の関門を反体制派が奪回した。↓>
 ・・・Pro-Gaddafi troops made incursions over the border into Tunisia in a battle to retake a key crossing from rebel hands, drawing condemnation from Tunis.
Libyan soldiers were captured by Tunisian forces after firing indiscriminately in clashes that lasted about 90 minutes・・・
 Rebels later claimed the Wazin-Dehiba crossing was back in their hands.・・・
 <ミスラタでは、港の周りに体制派が機雷を敷設しようとしてNATO軍に阻止された。↓>
 Nato said its warships had caught government naval forces trying to lay mines in the harbour <ofb Misrata>.
http://www.guardian.co.uk/world/2011/apr/29/gaddafi-troops-captured-in-tunisia
 <同市では、空港付近と西方の郊外で激戦が続いている。↓>
 ・・・The main clashes in the latest fighting centred on the area around the airport, the last position held by Gaddafi's forces in the city after they were defeated in the centre.・・・
 On the western side of Misrata, where rebels have been slowly forcing Gaddafi's forces back along the road to Tripoli, there was close-quarter fighting near the satellite town of Zawiya al-Majhoub.・・・
http://www.guardian.co.uk/world/2011/apr/29/libya-fighting-erupts-outskirts-misrata

 シリア「革命」だが、引き続きアサド政権による虐殺が続いている。↓

 At least 62 people have been killed across Syria as thousands of anti-government demonstrators rallied in several cities・・・
http://www.bbc.co.uk/news/world-middle-east-13234557
 <初めて首都ダマスカスで大きな騒擾が起きた。↓>
 ・・・for the first time, large protests broke out in the heart of Damascus・・・
http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-syria-protests-20110430,0,4326694,print.story

 米国における対無神論者差別意識が糾弾されている。↓

 ・・・Those who don’t believe in God are widely considered to be immoral, wicked and angry. They can’t join the Boy Scouts. Atheist soldiers are rated potentially deficient when they do not score as sufficiently “spiritual” in military psychological evaluations. Surveys find that most Americans refuse or are reluctant to marry or vote for nontheists; in other words, nonbelievers are one minority still commonly denied in practical terms the right to assume office despite the constitutional ban on religious tests. ・・・
 <むしろ無神論者の方が倫理的。↓>
 On basic questions of morality and human decency — issues such as governmental use of torture, the death penalty, punitive hitting of children, racism, sexism, homophobia, anti-Semitism, environmental degradation or human rights — the irreligious tend to be more ethical than their religious peers, particularly compared with those who describe themselves as very religious.
 <殺人率は無神論者が多い国や州の方が低い。↓>
 Consider that at the societal level, murder rates are far lower in secularized nations such as Japan or Sweden than they are in the much more religious United States, which also has a much greater portion of its population in prison. Even within this country, those states with the highest levels of church attendance, such as Louisiana and Mississippi, have significantly higher murder rates than far less religious states such as Vermont and Oregon.
 <無神論者の方がIQが高いし、理性的な問題解決をするし、人生について確固とした考えを持っているし、危ない道は渡らないし、安全なセックスをするし、かつ、ナショナリスティックでも自己文化優越視的でもない。↓>
 As individuals, atheists tend to score high on measures of intelligence, especially verbal ability and scientific literacy. They tend to raise their children to solve problems rationally, to make up their own minds when it comes to existential questions and to obey the golden rule. They are more likely to practice safe sex than the strongly religious are, and are less likely to be nationalistic or ethnocentric. They value freedom of thought. ・・・
 <無神論者の多い国の方が幸福度が高いし、無神論に転換した人はより幸福度が高くなる。↓>
 ・・・Denmark, which is among the least religious countries in the history of the world, consistently rates as the happiest of nations. And studies of apostates — people who were religious but later rejected their religion — report feeling happier, better and liberated in their post-religious lives. ・・・
http://www.washingtonpost.com/opinions/why-do-americans-still-dislike-atheists/2011/02/18/AFqgnwGF_print.html 
------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

太田述正コラム#4717(2011.4.30)
<英国人の日本観の変遷(その1)>

→非公開