太田述正コラム#4452(2010.12.22)
<東と西(その4)>(2011.1.22公開)

 (6)将来展望

 「・・・モリスが予期する未来は尋常なものではなく、我々を安心させるものでもない。・・・」(C)
 「・・・氷河期<が終わって>からの紀元2,000年までの14,000年間で社会発展度は900ポイント上昇したが、今後の50年間だけで、このままだとそれが倍になって2,000ポイントに達するだろう。
 モリスの推計によると、東は、100年経てば再び世界を支配するだろうし、もっとびっくりすることには、その時点では、社会発展度は恐るべきことに5,000ポイントに達するだろうというのだ。・・・」(F)
 「・・・地理の違いが次第に無視しうるものなりつつあることから、モリスは、古の人々の「東は東、西は西」という見解は、現在の我々の状況を見る破滅的やり方であると見る。
 好むと好まざるとにかかわらず、東と西は、今や共通の無茶苦茶状況にあるのであって、「今後の40年間は、これまでの歴史の中の最も重要なものとなるだろう。」<とモリスは指摘する。>・・・」(G)

→以下に記したことを踏まえれば、モリスが将来について言っていることなど、歯牙にもかける必要はないでしょう。(太田)

3 終わりに代えて

 「モリスは、英国生まれの考古学者・古典学者・歴史学者」で、しかもこれらには「<モリス言うところの>西に関する」という形容詞を当然つけてよいでしょうから、彼は「西」についてさえ、中世以降の歴史に関してはシロウトに毛が生えた程度のはずであり、いわんや、「東」については、その歴史すべてに関してシロウトである、と言っていいでしょう。
 ですから、我々としては、モリスが評価されるとすれば、最初のうちは「西」が「東」よりも社会発展度で優っていたけれど、隋(581〜618年)が成立した6世紀末〜7世紀初から約1,000年間にわたって「東」、すなわち支那(漢人)文明が「西」に優る時代が続いた、という彼の指摘の一点にしぼってよいと思いますし、彼が本当に計量的なそれなりの根拠でもってそのことを証明しているのだとすれば、それだけでも彼は高く評価されるべきだと思います。

 他方、それ以外の点では、(彼による未来予測は論外として、)私としては、モリスのマクロ史観は、大幅に修正されるべきだと考えます。
 まず、エジプト・メソポタミア・古典ギリシャ、の各文明は、「西」、すなわち欧州文明の成立に大きな影響を及ぼしたけれど、「東」、すなわち支那文明の興隆にも、例えば、古典ギリシャの大乗仏教の形成への影響を通じてかなり影響を及ぼしたことから、これらを「西」の文明の一環とすべきではない、ということが第一点です。
 第二点は、よって、キリスト教を国教化した段階の古代ローマにおいて、初めて「西」、すなわち欧州文明(の原型)が成立したと考えるべきだ、ということです。(そう考えれば、「西」は「東」より、はるかに後発の文明である、ということになります。)
 第三点は、「東」が興隆した6世紀末〜7世紀初に、奇しくも、ゲルマン文化のイギリス中央部(現在のイギリスからウェールズ、コーンウォール、及び(北部の)カンブリアを除いたもの)におけるケルト文化に対する優位が確立(注3)し、イギリス(アングロサクソン)文明・・「東」よりも、また、「西」よりも後発・・がイギリスにおいて確立したところ、この文明は、「西」、すなわち欧州文明とは違って、最初から一貫して「東」、すなわち支那文明よりも社会発展度において優っていた可能性が大である(コラム#54、4009、4016)、ということです。(注4)

 (注3)577年のデォーラム(Deorham)の戦いで、アングロサクソン7王国の1つの西サクソン(West Saxon=Wessex)が勝利を収め、ウェールズとコーンウォール等(West Country)のブリトン人が分断され、616年前後のチェスター(Chester)の戦いでアングロサクソン7王国の1つのノーザンブリア(Northumbra)が勝利を収め、ウェールズとカンブリア(Cumbria)のブリトン人が分断された。
http://en.wikipedia.org/wiki/History_of_England
 (注4)確立時点においては、アングロサクソン文明は全くローマ文明の影響を受けておらず、ローマ文明の重要な構成要素たるキリスト教についても、その継受を始めたばかりであり、その後キリスト教化が急速に進展するも、アングロサクソン文明におけるキリスト教は、12世紀に至るまで、自然宗教と親和性のあるところの、(かつてブリテン島で普及していたペラギウス派キリスト教や、ローマの政治的支配を一度も受けなかったアイルランド島で信仰されていたところの、ケルト的キリスト教(Celtic Christianity)の強い影響下にあった。
http://en.wikipedia.org/wiki/Celtic_Christianity

(完)