太田述正コラム#4240(2010.9.7)
<アナーキズム(その2)>(2011.1.6公開)

 (3)活動実績

 「・・・1871年のパリ・コミューンと1905年の第一ロシア革命との間、アナーキストたる狂信者達によって、世界最初の国際テロリスト運動が展開された。・・・
 1878年には、・・・セルゲイ・クラフチンスキー(Sergei Kravchinsky<。1851〜95年。英国で汽車に轢かれて死亡
http://en.wikipedia.org/wiki/Sergey_Stepnyak-Kravchinsky (太田)
>)・・・がロシアの対革命任務に従事していた悪名高い第三部門(Third Section)の長のメゼンツェフ(Mezentsev)将軍にサンクト・ペテルブルグの公園で近づいた。
 小剣を丸めた新聞から取り出して、彼は、このスパイの長を刺殺し、賞金を稼いだほどの俊足の馬に引っ張られた馬車に乗って逃走した。
 この大胆な行為は、これに続く4分の1世紀の間、欧州を揺るがした暗殺計画と革命的陰謀の続発を呼び起こした。
 国家元首でさえ安全ではなかった。
 メゼンツェフの死から1年以内に、イタリアのウンベルト1世は「国際共和国万歳」と派手に書かれた旗から取り出した短刀でもって一人のアナーキストに傷つけられた<(下出)>し、ドイツのヴィルヘルム1世は、散弾銃を振りかざしたインテリ・アナーキストによってすんでのところで命を奪われるところだった。
 ロシアのアレクサンドル2世は、彼の列車を爆破する企みこそかわしたけれど、1881年に、彼のそりが、人民の意思として知られたアナーキスト一味の三人が投げつけた手榴弾の攻撃によって殺された。・・・」(D)

 「・・・アレクサンダー・バークマン(Alexander Berkman<。1870〜1936年。ユダヤ系。ロシア領リトワニア生まれで米国に移住。ロシアへ追放。ボルシェヴィキに協力するもその批判に回る。最後はニースで自殺。
http://en.wikipedia.org/wiki/Alexander_Berkman (太田)
>)の失敗したところの、米産業家のヘンリー・クレイ・フリック(Henry Clay Frick<。1849〜1919年
http://en.wikipedia.org/wiki/Henry_Clay_Frick (太田)
>)への攻撃、ガエターノ・ブレスチ(Gaetano Bresci<。1869〜1901年。トスカーナ地方で生まれて米国に移住。当時のイタリアは死刑を廃止していたので、終身重労働を課され、服役1年後に不審死を遂げる。
http://en.wikipedia.org/wiki/Gaetano_Bresci (太田)
>)によるイタリア国王ウンベルト1世の暗殺、そしてそれに今度はレオン・ゾルゴス(Leon Czolgosz<。1873〜1901年。ポーランド系米国人
http://en.wikipedia.org/wiki/Leon_Czolgosz (太田)
>)が鼓吹されて1年後に行ったウィリアム・マッキンレー(William McKinley)<米大統領>の殺害。・・・」(A)

 「・・・<しかし、>ロシアの内戦時のウクライナにおける数年、及びその後の、アナーキズムがスターリン主義によって破壊されたスペインを除き、アナーキズムが深刻な政治勢力になったことはない。
 <皮肉なことに、>歴史においてアナーキズムが果たした役割は、目に見えないけれど<欧州>全体に広がっていた敵を現状維持諸勢力に提供し、その勢力を強固にし強化したことであったと言えよう。・・・」(B)

 「・・・ロシアの抵抗運動は関与した女性の数において瞠目すべきものがあった。
 1870年代初期、ロシアの女性達は、自分達の国で教育を拒否され、スイスに勉強に行き、集団で互いに励まし合って、1970年代の女性解放を目指して意識覚醒運動を行った集団類似の様相を呈していた。・・・」(E)

 (4)各国の対応

 「・・・<各国の当局は、>最初の国際的な「対テロ戦争」<を遂行した。>・・・」(D)

 「・・・バターワースは、ボーナスで報いられたところの秘密エージェント達が、<アナーキストの陰謀を>発見しただけでなくでっちあげたことを指し示す。
 その一方で、彼等の上司達は、自分達の予算の削減を防止するために恐怖の雰囲気<が続くこと>を必要としていた。・・・」(E)

 「・・・ロシア皇帝の秘密警察のパリ支局の長はピョートル・ラフコフスキー(Pyotr Rachkovsky<。1853〜1910年。帰国後、ロシア諜報機関の長となる。
http://en.wikipedia.org/wiki/Pyotr_Rachkovsky (太田)
>)だった。
 ラフコフスキーは、アナーキストのネットワークに浸透し、(恐らくは)悪名高いあのシオンの議定書(Protocols of the Elders of Zion)・・ユダヤ人の世界征服の青写真と見えるけれど、実際には革命運動の信用を落とすために設計された反ユダヤ的インチキ話・・を偽造したことから、この本のクモのようなアンチヒーローとして登場する。・・・」(D)

(続く)